その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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手にした戦果

「医療部隊の方ですね?」

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 追い討ちにしては、随分深く入って来た。

 アーヴィンと似た布鎧を着て、やはり同じようなフードを被った者が走る。
 旗印はセージの輪。

 足の速い敵将の行手には、未回収の負傷者がいた。
 将軍の隊の中に守られている。

 身分の高い貴族の子息たち。
 見習いとして随行してきた彼らは、初めての正面突破の波に呑まれた。



 それがよりによってあの気狂いじみた勢いの若者の進路に待機している。



「早く! 台車を早くして!」

 急がせる声は女性のものだ。
 人混みの中をうまく進めない駄馬が見える。

「隊長、無理です。これ以上早くは進みません」

 御者をしている剣士が叫んだ。

 苛立ったように隊長、ディアドラは将の通り道に立ちはだかる。

 近くで長剣が低い音を発した。
 その度に重い鎧を装備した兵士の体が吹っ飛ぶ。

「怪力」

 ぞっとして兵士の放物線を目で辿った。

「隊長! 逃げてください!」

 隊の剣士の声に振り返る。
 兵士の間から割って出てきた大きな影が視界を覆った。

 幅広の刃が、頭のうんと上から振り下ろされる。

 咄嗟に腕を上げた。
 布鎧の素材の一つは木の繊維である。
 刃を受けた瞬間に成長し、ディアドラの体を守った。
 腕に現れた木の防御に剣が食いこむ。
 
 重い。

 荒地の硬い地面にもめりこんでいくかと思うくらいの衝撃があった。
 痺れる腕の向こうの将を見る。

 その顔をよく見た時、ディアドラは叫び声が出そうになった。

 リロイだ。

 普段の彼からは想像もできない。
 ひとを驚かせないようにゆっくりした動作で、にこにこ笑うリロイはいなかった。

 背後から追ってくる剣を弾き上げる。
 軽装備とはいえ、鉄を纏っている者とは思えないくらいに動きは敏捷だ。

 踏み込んだ足が大きな音を立てる。
 低く唸って迫る腕に兵士の何人かが捕まった。
 後方へ突き飛ばされて地面へ倒れる。

 再びこちらを向く。

 ディアドラは慌てた。
 何を慌てたのかは定かではなかったが。

 リロイは目の前にいるのがディアドラだと気づいていない。
 それなら知らない人としてやり過ごしたいと思ったのだ。

 先ほど対峙したせいで、リロイはこの小さい兵士が立ち向かう者だと認識している。
 赤褐色の瞳がディアドラを見下ろした。冷徹にも見える目だ。

 腕を怪我しているのにいつも弓を背負っていたのを思い出す。
 これは獲物を仕留める時の目。


 リロイは今、狩りをしている。



 冷たい汗に息を詰める。
 腕の木に紋様を描いた。

 まっすぐ突き出される切先。
 怯まず小さな足を踏みだす。

 剣の腹が弾かれて高い音が鳴った。

 それはまるで、しなる木の枝に下から打たれたよう。
 爆発的な衝撃にリロイの体が吹っ飛んだ。

「あ……っ!」

 驚いた声と同時に、剣の柄の石を押すのが見える。

 宙に投げ出されながら剣を立てた。
 魔法に反応したのだ。
 その刹那、魔力は石に吸われて消え失せる。


 どすんという重い音が響いた。
 仰向けにひっくり返ったうちの将を見て、周りのロード兵が唖然としている。


 やったのはあの小さい兵士?




 リロイは目を見開いて相手をよく見る。
 魔法使い。

 リボルがリロイの前に立った。

「待って、リボル」

 鎧を軋ませながらリロイが立ち上がる。
 顔つきは普段の彼に近かった。

 視線の先には小さな兵士の背後の台車。
 そして薬草の匂いに何か気づく。

 リロイは剣を収めるとその人の前に駆け寄った。




「医療部隊の方ですね!?」



 両肩に手を添えて確認する。

「ヘイデンのイシュナ隊だ! 治癒の魔法を使う魔法使いの部隊なんだ!」

 馬車を御す剣士が怒鳴った。

「その人は隊長だぞ!」
「失礼しました」

 大真面目にリロイは謝る。

「負傷者の元に向かっていたのですか」

 膝をつき、覆面の隊長を見上げた。

「リロイ、それは……」

 リボルが何か言いかける。
 フードの下からディアドラがそれを睨んだ。

  言ってはだめ。

 肩をこわばらせて大鳥は黙る。

「退避を手伝います。申し訳ありませんでした」

 丁寧に謝ると、ひょいと小さな人を抱え上げて荷台に乗せた。

「負傷者の搬送を行います。
 医療部隊の搬送対象者はどこですか?」

 歩兵の何人かがその場を退く。
 負傷した少年たちの一団が見えた。

 ロードの騎兵たちも集まって荷車に乗せるのを手伝う。

 普段やっていることと変わらない。
 ロード兵は剣を置いた人間を安全な場所に運んでいる。

 ヘイデンの兵士たちは呆気に取られていた。

 将軍ヨーリスまで訝しそうに様子を見ている。

「いつもありがとうございます」

 最後の一人を乗せて、リロイは馬車を送り出した。
 アレスティアにはそんなもの、ないのだが。



「リロイ……」

 もう話していいかとリボルが呼びかける。

 他人行儀にしているが、あれはリロイの知っている人間だ。
 のんびりした主はまだ気づいていない。

 しかし、振り向いたリロイはリボルまで視線を戻さなかった。

 馬上のヨーリスと目が合ってしまう。


 その途端、瞳はまた射抜くような光を宿した。
 狩りに戻って剣を抜く。

 
「ロード旅団、騎乗っ!」


 リロイの大声が、戦闘再開を合図した。

 一気に緊張感が戻ってくる。
 身構える敵兵の中でリロイの口元は笑っていた。

「目標は、将軍ヨーリス」

 見据えた瞳は馬上の指揮官をとらえている。

「ロードが手柄をもらう!」

 ぶん、と音を立てて剣が振り下ろされた。

 リロイの足元から地面がめくれ上がっていく。
 馬の腹に激突した衝撃でヨーリス将軍は滑り落ちた。

 そこへさらにリロイが剣を振り上げる。
 切り裂くような音がした。

 斬撃が将軍の腹に当たる。

「爆ぜろ!」

 リロイの怒号とともに将軍の近くで小さな爆発が起きた。
 爆風に地面へ叩きつけられた将軍はそのまま起き上がらない。


 捕らえて連れ帰りたいけれど、それは無理だった。
 まだまだ兵の層が厚い。
 

「退けえっ! 将軍は落ちた!
 ロード旅団! 全員全速力で帰還せよ!」

 リロイは近くに立っていたリボルを仲間の馬へ押し上げた。
 自分は手近なヘイデン兵の騎馬を借りて走り出す。

「ヨーリス将軍を倒したのはロードだ!」

 軍旗を掲げてロードの騎兵は走った。
 

 将軍の周囲が慌て始めた。
 今戻っていったばかりの医療部隊を呼び戻す。


 リロイは振り返らず自陣を目指して行った。
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