その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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手にした戦果

沈黙

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 リロイが戦場で何か拾った。
 小さい生き物だ。
 返してきた。
 

 クレイグはそっとフードをかぶる。
 顔が笑ってしまって、このままだと怒られる。



 団長たちは本陣から戦況を見守っている。



 各団長の集まるテントの下には大きな水の樽がいくつか置かれていた。


 もう少し兵数を削ってからオーヴェは出るつもり。
 今日じゃないかもしれない。


 もはや夕刻に近づいている。
 ロード旅団の旗が元気に走り回るのを、眺めているのは相当に退屈だった。


 また捕虜を連れてくる兵士の姿が見える。

 フードを被った兵士たちだ。
 荒地の土埃に塗れている。

 クレイグは水を杯にとるとテントを出た。



「捕虜の怪我の状態は?」

 若い将が声をかけてきた。

 アレスティアの鎧をつけた兵士たちは驚いたように見る。
 二人がかりで引きずってきた。

 捕虜は意識がない。
 倒れるほど抵抗した割に目立つ傷はなかった。



 覆いをかけた捕虜の柵はいっぱいだ。


 この夏の気候の中に意識のない捕虜を放っていくのは気が引ける。
 兵士たちのためらう様子に将は笑った。

「一緒に覆いをかけてくれないか? 布を持ってくる。
 その間、これでも飲んでいてくれ」

 手にしていた杯を預けて一旦どこかへ立ち去る。

「……仕事頼まれちゃった」
「そうですね」
「僕、力仕事できないよ?」
「私がやるから手を添えていてください」

 布の下でひそひそと会話する。
 アーヴィンとランパートだ。

 ランパートはともかくアーヴィンは早く鎧を脱ぎたい。
 奪えたのはプレートの部分が多いもので、重かった。

 捕虜の扱いに安定の悪評があるアレスティアで気遣いをする将に絡まれるとは。
 ちょっと予想外。

「僕は力仕事向いてないからね……」

 アーヴィンが片手に一つガラス玉のようなものを乗せた。
 何度か目の高さに投げて弄ぶ。

 先ほどの将が両手に布を抱えて戻ってきた。
 玉は天高く放られてどこかへ飛んでいく。
 
「どこの隊?」

 布を広げながら将は聞いた。

「……です」

 布の端を受け取ったランパートが必要以上にはためかせながら誤魔化す。
 半眼になった将はそれでも自分も名乗った。

「私はコラリーのクレイグ。手伝ってくれて感謝する」

 柵の高い位置に布を取り付けてクレイグは礼を述べる。

「戦況はどうだ? こちらの負傷者はどのくらい増えたのか」
「今日の負傷者は両軍とも同じ程度です。
 ヘイデンは追加の派兵を… …」

 役に立ってないアーヴィンを、ランパートが手伝いに来た。
 クレイグの瞳の疑いの色にぎくっとなって後ろに隠れる。

「検討するんでしょうね」
「そうかもな。積極的に傭兵を動員する国だ」

 ヘイデンは経済大国。
 傭兵を多用するので兵数が尽きることはない。

 徴兵を受けた貴族は自分の親族を戦地に送らないためにも傭兵を雇ったりする。
 属国で取り立てることもあった。
 または個人的に貸し付けしている集落などから借金のかたに連れてくる。

 民間人を。



「日陰ができた。ありがとう。
 ちょっとそこで見張っていてくれるか」

 クレイグはそう言うと柵の中に入った。
 あと何人かいる捕虜に水に浸した布を配る。

 意識のない兵士には額に乗せた。
 ずいぶん装備がちぐはぐな兵士だと首を傾げる。



 ブーツは金属製なのに、上はシャツだけ?



「……」

 違和感がある顔で立ち上がった。

「すまないが、あそこの樽を一つ、ここへ運んでくれ」

 ベルトにつけた鞄から、葉を一枚取り出して見せてくる。

「気になることがあるから薬を与えたい」

 アーヴィンはフードの下で息を呑んだ。

「わかりました。……行くよ」

 ランパートに促されて団長たちのテントへ向かう。

「あの将はなんだ。どうしてあんなフツーの顔して聖木の葉を持ってる」
「わかりません。でもほら、アーヴィン。
 見てください? 敵の将軍ですよ」

 人の頭の向こうに、立って何やら話すオーヴェがいた。
 アーヴィンは首を振る。

「それより僕はあのアズルニスの葉が欲しい。
 軍部では常識なの? あの葉の作用」
「わかりませんが、今それをしている場合では」
「いや、あの将の元に一度戻る」

 杯が無造作に浮かぶ樽の端を掴んでアーヴィンは主張した。
 ランパートはやれやれと言った感じで樽を掴む。

 ほとんど彼女一人で運んだ。



「ありがとう」


 待ちかねたようにクレイグが手を伸ばす。


 杯に汲んだ水の中へ葉を浮かべた。


「それは時間がかかりすぎるのでは?
 薬効が水に溶ける前に意識が戻りますよ」

 つい口を出したアーヴィンをランパートが睨む。

「そうなんだけど、ここはかまどがないから煎じてやれないだろう?」

 日常会話のようにクレイグが応じた。
 対処に困ってランパートは黙る。


 今や存在を知られていない植物の薬効。
 アレスティアの軍内ではその情報が共有されているものなのか。


「クレイグ、樽はもう必要ありませんでしたか」


 そんな声と共に、ランパートの肩に手が乗った。

 自分の陣所から水の入った樽を運んできている。
 シメネスが鈍い音をさせて地面に樽を下ろした。

 フードの下で彼女の目が鋭く変わる。

「こいつはなんです? 魔物がなぜ」

 かかり気味のシメネスの手は、早くも竜の鉤爪になっていた。

「クレイグを柵に閉じ込めてる?」

 閂に触れていた指が離れる。
 甲高い声がした。
 テントの中の人間たちが驚いてそちらを見る。

 大きな黒い竜と、同じくらい大きい、人間。
 ただし上半身は鷹の姿だ。

 空気が凍りついた。
 そして、次の心臓の鼓動で、竜と鷹は旋風つむじかぜを起こして空へ飛び上がる。

 夕闇の迫る陣営の近くで喧嘩を始めた。

「魔物だっ」

 人間たちは武器を取ったものの、闘いに参加できずに立ち尽くす。

 クレイグの両腕が柵の中から素早く出てきた。

「ヘイデン」

 アーヴィンの首を捕らえて柵にはりつける。

「誰から聞いたんだ。この葉で意識が戻るなんて」

 クレイグは腕で喉を締めつけた。

「そんな常識、アレスティアにはないぞ」
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