その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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背を預ける時

目ざすところ

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 会議の後は日没まで展示会の店に話を聞いた。
 サトウキビは乗り気で、見込みありだ。
 芋や果物の輸送の舗装や販路の相談にも乗った。

 交通網が弱いと言えば、バストルなど山間の国もそうだ。
 集落に至る道が限られている。
 ちょっとしたことですぐ孤立してしまうのだ。

「ロード伯」

 忙しく頭を動かしているのに、オーヴェに声をかけられた。

「体調はすっかりよろしいのですか」

 リロイは穏やかな顔で問う。
 どこも具合の悪いところはなさそうだ。
 
「おかげで元通りだ」

 リロイよりも大きな都の実力者は、こんな日でも大ぶりの剣を携えている。

「会議ではは勇ましかったな。
 いつの間に王子に取り入ったのだ。
 王宮を訪れていた姿など全く見かけなかったが」

 冗談めいた口調の中に冷たい怒りが潜んでいた。
 刃を当てられたような感覚に立ち向かうために笑顔を作る。

 リロイと同じ伯爵位だが、あちらは百年以上の伝統ある家の貴族だ。
 しかも倍ほど生きている。
 その顔は傷だらけ。

 スカーフで隠している喉元を見た。

「王子とは初対面です。
 私には王子の声が届いた。それだけ」


 まだ慣れないのか。

 リロイは歯がゆい自分の動揺が表に出る前に押さえつけた。
 




 布の下の傷を見てしまった日を思い出す。


 一年前、十八歳になったリロイは初めて年次評議会に出席した。
 クレイグと一緒に来たけれど、右も左もという感じで慌てていた。

 初めての儀礼服は落ち着かず。
 小さな剣は心許ない。

 どうやって夜の懇親会までたどり着いたのか記憶がない。

 もうその頃にはぐったりしていて、早く帰りたかった。
 コラリー伯を探して歩いていたとき、オーヴェに呼び止められた。

 いつも遠くから見ている怖い上官。

 なぜそんなに周りに厳しさを押し付けるのか。
 リロイはこの将軍が、なんというか、好きになれなかった。


「ロード伯はついに成人か」

 その声を聞いて、今は機嫌がいいのだと思った。

 薄い素材の夏の儀礼服。
 なのに襟の中には首元を覆う布がある。

 夏の夜は暑苦しい。
 なぜスカーフなんかしているのか不思議だった。

「ゲルトはまだ帰らないのかな」

 父の名が出た。
 親しかったのだと知らず、リロイは静かに頷いた。

「旅が満足なのだと思います」
「臆病者だったのに、妻の気性でこうも変わるのだな」
「オーヴェ伯は、父をご存知なのですか?」

 ロードに訪ねて来たこともないはずだ。

「見習いの時に一緒の家だった」
「左様でございますか。
 まったく存じ上げませんでした」

 父は自分の話をほとんどしない。
 臆病者。
 確かにそうだ。

 いつも何かに怯えている。

 それが父だ。

「母上にも困ったものだ。
 自分勝手がすぎるな。領地を放って行方知れずとは」
「三年経ちました。領地は落ち着き始めています」

 母のことを言われても腹が立たなかった。
 どこかで捨てられたと思っていたからだ。

 十五歳の夏、見習い期間を終えて家に戻った。
 その時両親はすでにロードを出て行った後だった。

  冒険に行ってくる。

 母の字で、一言書き残してあった。

 封爵官がやってきていて、早く帰りたそうにしていた。
 家人が探してきた父の儀礼服に体を押し込んだ。

 呆然としたまま伯爵位を継いだ。



 話したいことがあった。
 母に聞いてほしいことがあった。

 母が言っていた。

  悪者は知らないうちに近寄ってくる。

 見習いの最後の最後で油断したのだろうか。
 自分たちは悪者に出会った。

 その話を聞いてほしかった。






「ロードには未だ魔獣が出るか?」

 オーヴェの声に意識を戻された。
 リロイは幼く見える丸い目で笑った。


「一緒に暮らしています」


 その答えにオーヴェはわずかに目を見開いた。

 何か期待するような光が見てとれた。
 リロイには全く心当たりがない。

「たくさん?」
「数は多いです。
 都の人が驚くから、ロードの森の外に出してはいけないと……」

 母が小さい頃から忠告していた。

「今、見せてもらえるか」

 からかっているのではない。
 妙な迫力にリロイは戸惑った。

「大きいものは本当に人より背丈がありますので……。
 ここでは無理です」
「ならば小さいものは? 小鳥や虫なら気づかれまい」
「……」

 ずっとずっと上の官職の人。
 その人が真剣に頼んでいる。

 困りながらリロイは手のひらを差し出した。

「ギー、出て来てご挨拶」

 手のひらほどの大きなトンボが出てきてオーヴェの胸にくっついた。

 将軍という役職を、長い間独占している実力者が、トンボの魔物に笑みをこぼす。
 そのおかしな状況にリロイは居心地の悪さを感じた。

「魔獣が人と暮らすのをご存知なのですか?」

 都の家つき伯爵がロードを知っている。

「知っている。ロードには若い頃何度も訪れた」

 そう話すオーヴェの胸をよじ登り、ギーは喉元のスカーフに止まった。
 これ以上上へ行けないと見てかさっと飛び立つ。

 小さな羽音が耳に残る。ギーの脚が、布地にかすかに引っかかった。

 オーヴェのスカーフが、ゆっくりとほどけていく……。


「ギー、下がれ。
 オーヴェ伯、失礼を……」

 布が床に落ちる前に拾ったリロイは、目の端に見えた喉元の傷にこわばった。
 恐る恐る視線を上に送る。

 探るような目とかち合った。
 倒れそうなくらいの眩暈がする。



  ロードには敵がいるから。



 魔獣を隠す理由を母がそう言った。


  かつて魔獣を見慣れていない都の人がロードで魔獣を見かけた。
  とても驚いたけれど、魔獣を欲しくてたまらなくなった。

  そういう人がリロイの友だちを見つけたら取り上げようとする。
  だからロードの森に隠しておくの。
 



 一度瞬きをして、その間に意識を現実に戻した。

 その後どんな顔をしたのか知らない。

 できるだけ表情を動かさないようにして廊下へ出た。
 頭がくらくらと回っている気がした。

 マルテが負傷した時の言葉が浮かぶ。
 あれは小さな叱責のことではなかった。

 犯人はあの時から告白していたのだ。

 迂闊だった。



 理不尽に剣をとった日のことがよみがえる。
 あの夜も暑かった。

 なのにその人は首元にスカーフを巻いて石のブローチでしっかり留めていた。
 その時は必死で思い至らなかった。

 

「リロイ、どうした」

 様子を見ていたクレイグが追ってきた。
 リロイは廊下のガラス窓に寄りかかって目を忙しなく動かしていた。

「傷があった。喉に残った刀疵。
 同じだった」

 クレイグの表情が変わった。
 その言葉が何を指しているのか気づいた。



「あれだ」


 
 外国で降りかかった凶事の犯人がここにいる。
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