その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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背を預ける時

未来を描く

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 今年の議事録にリロイは驚いた。
 後ろに立つクレイグと顔を見合わせる。

「王子の議題にすごい時間かけてるんだな」

 一日目から少し触れる予定だ。

 議題の提出者はリーン王子。
 リロイたちよりは少し歳が上というくらいしか印象がない。

 亡くなった前王妃との間に生まれた姉が一人いた。
 リーン王子は現在の王妃の長子で、すぐ下には妹君がいる。

 男子優先で継承権が与えられる国とはいえ、その立場は盤石ではなかった。
 二人の王妃の派閥争いも、未だ尾をひいていた。

 それにこの国は王に近い人間たちが集まって実績を評価して決めるという習慣がある。
 現在の状況下では、オーヴェに気に入られなければ王座は危うかった。

 そんな中、改革案とも呼べる議題をいくつも出す。

「どんな方なのかな」
「去年、いたか?」
「いなかった」

 一年前は初めての年次評議会でいろいろあった。
 何もできず、帰ってから悔やんだ。

 せっかくの機会を無駄にして帰ってきたような。



 論功行賞ではたくさんコラリー師団へ褒美を賜った。
 シメネスに目録を手渡して保管させる。

 続いて各領地の収支報告が始まった。 
 リロイが各領地の収支や課題などをメモしていく。

 両隣の領主が唖然とそれを眺めた。

 ロードの収支は営農領主の中でも抜きん出ている。
 これは確かな実績だった。
 あとで懇親会の時に使う。

 都の貴族たちが王に近く、外の領主たちは離れた席にいた。
 ロードは末席の方。

 これがアレスティアでの扱いの差なんだろう。
 これをいつかひっくり返してやりたい。


 営農領主たちの多くがオーヴェに一言礼を言って締めた。



 『家業を手伝わせていただいたおかげで』



 オーヴェは子分にした領主たちを小遣いで繋いでいる。

 各領地で経済的に自立できれば、オーヴェの独断も通らなくなるはずだ。
 それはひいてはロードの守りにつながる。

 オーヴェは今年の収支を発表した。
 略奪を悪びれもしない。そんな姿を王の隣で見つめるリーンは真顔だった。



「今年は初めて参加するもので、少し議題が多くなってしまった」


 リーンはあいさつの後、やや早口に話し出した。

「私の議題について、難しい面もあると思うがどうか……」
「声が小さい! 聞こえません!」

 突然リロイの近くの領主が怒鳴る。
 驚いた顔のリーンはもう一度言い直そうとした。

 父のテオフィリュス王に似た顔立ちである。
 まだ二十二歳ながら国政を考え始めた青年に、領主たちは大きな声を浴びせた。


 そりゃあ、戦場でいつも声を張り上げてる人間からすれば。


 王子自身、変革を求める議題が反発を食らうのは覚悟していただろう。
 しかし発起もさせないのは。



 リーンが提出しようとしていたのは、一に税制の改革。
 これは領主たちのこれまでのやり方を改めさせるもの。

 次に、インフラの整備。
 公共事業を推し進めるには、現状都の貴族の経済力に頼っている。

 そして、最も大きなものが軍事運用方法の見直し。
 これはオーヴェから独裁権を奪うものだ。



 反発どころか、命を賭けなければならないような議論を、ここでしようとしている。



「……」

 やじの中、リロイが立ち上がった。

「聞こえないなら、前へ出ましょう」

 丸い目が穏やかな青年は、資料を持ってリーンの近くへ歩く。

「ここならさすがに聞こえますよ」

 リーンより静かな声だった。
 それでも、なぜか耳に届いた領主たちはムッとなる。

「議題の発起を止めてしまって申し訳ありません。
 どうぞ、普段のお声でお話しください。殿下」

 なんでもないことのように立ったままリロイは資料に目を落とした。
 もうやじは飛んでこなかった。

「現在用いている人頭税を廃止したい。
 税額が一定で公平なように思えるが実際は違うでしょう。
 各領地で作物のとれ高が大きく違う。
 現金納付でなく現物納付を選ぼうにも、不作や凶作が起こればそれも厳しい。
 都の貴族を頼って略奪まがいの横暴を続ければ、周辺国との軋轢は増すばかりだ」
「なんのことを言っているのか」

 誰かが声を上げるのを、リロイが落ち着いて遮る。

「わかります」

 視線は反論しかけた領主を見ていた。

「たとえば、卿の領地はこの一年の収支では税金は払えなかったはずです。
 それでも現金納付したんですね。その財源は武器の転売です」

 転売、とメモした文字を自分で指す。

「なぜ収支が悪かったのか。特産品は畜産。
 餌代が高かったのですか? ……その原因は隣だ。
 飼料作物の不作が畜産業に連鎖して結果十分な利益が出なかった。
 いかがでしょう?」

 確認するように首を傾げると、その領主は頷いた。

「この課題は何も一領地のものではありません。今年だけの問題でもない。
 これまでとこれからを考えないと解決しません。
 まず水の安定確保や販路の整備など、国として整えるべき生活網が弱いことが……」

 クレイグの矢のような視線が来て目が合う。
 そっち見ろ、と空気だけで言っていた。

 きょとんとしてそちらを見た先には、リーンがいる。
 唖然とした表情でリロイを見つめていた。
 

「……だから、殿下はこれらを議題に挙げられた」

 王子の発言を奪ってしまっている。
 そのことに気づいてリロイは顔を赤くした。
 書類をよく読むふりをして陰に隠れる。

「そうだ。私が話し合いたいのは、この国の将来のことなんだ」

 貴族たちに向き直ったリーンは少し緊張を緩めたようだった。

「今までは良かったのだろうが、しくみの限界がきていると考える。
 崩壊する前に変革したい。
 今までの生活が変わることに不安は大きいだろう。
 しかしあえて今、これらの課題について話し合いたい」

 クレイグの顔はまだ複雑である。
 言葉だけならなんでも掲げられると思っているようだった。

 どれだけ本気なのだろう。
 リロイもちらっと王子を見た。

 若くまっすぐな顔つきの王子である。
 隣の父王とは真逆の。

 その若々しいまっすぐさが、ここでは誰よりも浮いていた。

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