ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

騎士と魔法使いは

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 春に近づくにつれ、雪は氷の塊になる。
 丘に積もったその氷の壁は、人の背丈を遥かに超えていた。

「兵団の人間からシェリーの護衛に10人残れ。
 グラントの隊が扉を破って突入する。ケイレブは後方で残りの兵団員と援護を」

 峠道でレイが指示を出す。
 
 
 雪の回廊を作りながら行くグラントの足元にはフットマンがいた。
 道案内をしている。
 精霊の主は丘全体に魔力を広げながらトンネルを掘っていた。
 

 重い。

 もう、ややげんなりした顔になっている。
 この冬はよく雪と格闘することになった。
 

 地面と雪の間にはわずかに隙間ができている。
 どこからか溶けた水が流れて雪を溶かしたのだ。
 春が近づいている。

「ねえ、扉って、そんな簡単に開く?
 みんなで体当たりする?」

 グラントの後ろでウーシーが質問した。

「簡単に開くよ。中に木の棒を通すだけの作りだ」
「冬の初めは鍵すらかけてありませんでした。
 不用心ではなく、もしもの時に体の不自由なシェリーが脱出できるようにだと思われますよ」

 フットマンがウーシーに補足する。

「鍵がかかってたらグラントは遭難してたけど。
 シェリーは泥棒にあうこともなかったのかな」

 ウーシーはがちゃがちゃいうカバンを上から軽く押さえた。

「私たちはそのおかげでシェリーに都で会えました。
 泥棒に僅かながら感謝しています」

 悪いことばかりではないというフットマンの顔に、修道士は嬉しい顔をする。

「敵を愛せる者は強いよ」
「お褒めいただき嬉しいかぎりです」

 素直な会話が終わり、扉が姿を現した。

「みんな、前に出て、扉を破る準備をして。
 合図は、雪を打ち上げる音だからね」

 グラントが数歩下がり、シュトラールの人間が15人ばかり扉の前へ集まる。

「レイ、そっちは、どう?」

 杖を振るう準備をして魔法使いが尋ねた。
 騎士は大きく頷く。

「扉が開けば突入する。グラントのタイミングでいい。
 行け」
「承知しました」

 グラントが一瞬息を止めた。

 雪原に亀裂が走る。

「音が聞こえたら、視界がなくても前へ突っ込んで」

 杖が地面を強く叩いた。

 丘の雪が、雪崩のような音を轟かせる。
 どどぉっという音とともに跳ね上がった雪は屋根まで達した。
 空中で砕け、雪煙を高く舞いあげる。

「行って」

 グラントが一番後ろの背中を押した。
 びっくりして慌てたその人間が勢いよく前の者を押す。

 扉はやはり簡単に開いた。

 ギャラリーの壁に寄りかかっていた兵士が跳び上がる。
 シュトラールの隊員が棍棒で襲いかかった。

 少し後から入ったケイレブの隊がホールへ入る。
 またたく間に戦場と化した。
 ため息をついたグラントを、レイが促す。

「早く勝負をつけてしまおう」
「……」

 敵の隊長を見つけ出す。

 グラントは杖を握り直すと向かってくる敵兵を打ち倒した。

 




 シェリーの屋敷の外では、いつの間にか雪煙がおさまった。

 階段の下では民間の兵団に所属している人間たちが戦っている。
 普段は交易に出る商人を護衛していた。


 廊下の先に進むレイを見やる。
 二人とも長剣を握っているが、相手の刃の方が少し広かった。

 強そうだけど、あれは敵の隊長じゃないな。

 グラントは、先につかまえた兵士の幻を思い起こした。
 今、屋敷の通路の先でレイと対峙する男は違う人間である。


 レイが先に相手の剣を上から叩いた。

 がん、と金属の音がする。

 正面から弾かれた。
 相手が剣を突き出してくる。レイはそれを受けて左にそらした。

 左腕を回して刃をわきにとらえ、相手の頬を殴る。
 敵はのけぞって廊下に体を打ちつけた。

 すぐ体勢を直して剣を握り直す。レイも両手に剣を握り直していた。
 切先が壁にかかって火花が散る。

 副官かなー、あれ。

 グラントは重い剣を何度も繰り出す騎士の戦いを見ていた。


 剣が空を薙いだ。
 レイが頭を低くして避ける。そこを蹴られてレイは後ろへよろめいた。

 お互いに一旦離れ、剣の長さ分の間が開く。

 レイが前かがりになるのが一瞬早かった。
 剣は上段から振り下ろされて、敵の肩口から真っ直ぐに切り裂く。
 叫び声が上がった。
 膝が折れ、敵は目の前に崩れかける。
 レイは柄を握り直し、こめかみを狙って振りかぶった。


「レイ……」

 命はいらない、とグラントは叫びかけた。
 その時にはもう、レイは敵の頭をうち抜いていた。

「……」

 勝負がついて、肩で息をするレイと目が合う。
 口を出す気かと、怒られた気がした。

 相手の剣を取り上げて遠くへ流すと、レイは戻ってきた。

「……あれは隊長か」
「違う」

 グラントの答えを受けてケイレブを呼んだ。
 
「捕虜に紛れているのかもしれない。探してくれ」
「わかった」

 ケイレブは隊員を率いて下へ行く。エムリンをついて行かせた。

「シェリーが今後怖がったらどうするんだ」

 ここを取り返した後、彼女にここを引き渡す。それがこの戦いの目的だった。

「ちゃんと綺麗に整える」

 騎士の戦いのあとが壮絶で、グラントは嫌そうな顔をする。
 レイが腹立たしそうにそれを見た。

「剣で戦っているんだ。流血は仕方ない」
「……」

 魔法使いだって、出る時は出るけど。血。

「責めてないよ。レイは強い騎士だと思う。
 わたしが苦手なだけだ」

 命のやり取りが。どうも苦手だ。
 仕方がない時はやるけれど。

 レイはグラントの通ってきたあとを見た。
 隊員がせっせと縛り上げている。打撲傷だけで全員生きていた。

「魔法使いの戦い方か、これが」

 それはただの呟きにも聞こえ、嫌みにも聞こえる。
 
「勝敗は、命を奪わなければつかないのか?」

 グラントが耳の後ろを掻きながら尋ねた。

「そういう場合が多い」
「ああ、そう」

 わたしは正規の軍人としての訓練は受けていないからね。

 グラントは自分にそう言い聞かせ、押し問答をやめにする。
 
「隊長は大柄な男で、武器は長剣。
 ……レイと同じような腕の太さだったなあ。ケイレブほどじゃない感じで」

 ケイレブは投擲部隊なので上腕がものすごく太い。

「長剣を持った大柄な旅人なら、目立つな」

 レイは考え込んだ。
 グラントはシェリーと屋敷を歩いた時のことを思い返す。

 上の階は全部部屋の中を確かめた。
 主人の出入り口から真っ直ぐ入れる2階はみんなで確認中。
 地面に隠れている1階は、貯蔵庫だ。

「シェリーの寝室は見た? 2階の、図書室の隣だ。あの部屋だけは外への脱出扉があって」

 グラントはただ記憶を辿って言っただけなのに、レイがすごく険しい目で見てくる。
 なんで人の寝室入ってる、みたいな顔。

「ストーブに石炭を入れるときに、入った、よ」

 なんで言い訳しなきゃならないのか、本当に面倒。

「シェリーから聞いてる? わたしが来た時、ここには使用人がいなくて燃料が尽きかけていたんだ。大嵐だった。全ての暖房器具や照明に補充したんだよ」
「そうか」
「何なの」

 レイの導火線が面倒くさい。
 騎士のマナーとか、グラントはてんで知らない。

「次からはそういう仕事はフットマンに任せろ」
「そうします」

 グラントはため息と共に返事をした。
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