ただの魔法使いです

端木 子恭

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戦火の記憶

燃える山岳

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 ある日、祖父に来客があった。

 お客様は珍しくはなかったが、その方は特別だった。


「久しぶり」

 にこっと笑うその人は、軍服を着ている。

 夕食を済ませたあたりだった。
 丘から見渡せる領地内にも、家の明かりが灯っているのが見える。

 祖父はしばらく外で話していた。
 グラントの手を繋いだまま。

「孫が生まれてたんだ。大きいな。いくつだ?」
「……6歳です」

 顔を近づけてきたその方からは嗅いだことのないにおいがする。
 グラントは嫌なにおいだと思いながら答えた。
 その方は明るい笑顔なのに、どうしようもなく不安で焦る。

「悪いなあ。おじいさまを呼びにきたんだよ。
 ぼうずも一緒に来るか? おじいさま大好きそうだ」

 祖父はグラントを庇うように抱き上げた。
 背中に背負われた杖の石が見える。
 黒くて綺麗な、グラントの瞳の色みたいな石だ。

「グラントはほぼ人間なんだ。祖国には私と娘だけ戻ればいいだろう」
「まあ、そうなんだが……。
 家族で越してきた方が気分もいいかと思ったんだ」
「ここに来るなんて。脅しのつもりか」

 否定するように肩をそやすその背後には、大勢の魔物がいる。

 丘を埋め尽くす軍勢だった。

 昼間はたくさんの動物が放ってある。
 その場所に、魔物がひしめいていた。

 領地でよく見る者たちではない。
 人間と暮らす魔物とは明らかに違った。

 体が大きい。人の姿に似たものが多い。
 何かの化身たち。それぞれが力の強い魔物だ。

「来ないでやりたかったんだよ? だけど、こちらも危機的な状況だ」


 すまないなあ、という口調である。
 けれど、要求を通そうとしているのは明らかだ。

 祖父はグラントを誰かに託そうと踵を返す。

 丘の麓から音がした。
 暗くてよく分からなかったが、土煙が上がっている。
 それはグラントが知っているどんなものより高かった。

「……追いつかれた」

 苦々しく、お客様は呟かれる。

「王よ……」

 祖父は怒りにきらめく目を彼に向けた。

「私の家族に傷をつけたら……」

 その先は幼児に聞かせるには憚られたようで、祖父はグラントの耳を押さえた。
 王と呼ばれたその人は自分の胸のあたりをちょんと指す。

「みんなこの家を出るまで堪える」
「……反乱などに巻き込んで。覚えていろ」
「主従だっだよな? 私たちは」

 王さまの方が呆れている。

 麓では魔物たちが戦いを始めていた。
 地面から競り上がってきた石に、軍勢が潰される。
 グラントは祖父の肩にしがみついた。

「あれは何? おじいさま」
「魔物の国の戦だ。領内はとばっちりを受けている。
 呼びにきたのは国王だ。
 反乱が起きて、負けそうになってここへ逃げてきた。
 おじいさまとお母さまは従者だから、行かなくてはならないんだ」
 
 祖父はまず御者を呼んで厩舎を開けさせる。
 使用人を手分けして領内に走らせた。
 ここから逃げなければ命がない。

 急を告げるためにみんな去った。

 祖母はすでにひとりで身を隠した後だと報告を受ける。

 母がグラントを受け取った。

「国に子どもは連れて行けません」

 母は祖父に言う。
 
「母さまも行くの?」

 グラントの質問に、そうだと返事が来た。

「母さまは父さまと結婚するときに王の従者となったの。
 その代わり魔物の国で戦争が起きない限り人間の世界で暮らせることにしてもらった」

 戦争が起きない限り。

「戦争……?」

 今、家の前で起こっているのが戦争。

「祖国は怖いところでね、とても人間は連れて行けないよ」

 祖父がグラントに言った。
 それから父を見やる。

「グラントと二人で、近くの都市に逃げろ」
「嫌です」

 拒否したのは母だった。

「彼は連れて行きます。
 離れて暮らせと言うなら、王の命令を拒否します」

 祖父が何言ってると怒った。
 しかし母は聞かない。

「人ひとり守りながら戦うことはできます。
 けれど子どもを育てながらは無理です」

 石が飛んできて、家の壁が大きく崩れた。
 祖父が忌々しげな顔になって外を見に行く。

 その手の甲から肘にかけては、紋様が描かれていた。
 長いグローブで覆う。
 生え出てきた甲殻がそれをのみこんでいった。

 表が真っ赤に輝いた。

 祖父が戦っている。
 両腕が赤く光っていた。
 麓の魔物に火の玉が襲いかかった。

「グラント、人間の世界で生きなさい。
 母さまと父さまは魔物の世界に行く」

 グラントは混乱したまま父を見た。

 学者をしていた父は、グラントの方へ手を伸ばしてくる。
 一緒に行こうとしているようだった。

「祖国で戦が終わったらまた人間の世界へ来ておくれ。
 それでいいでしょう? グラントはまだ小さい」
「……だめですよ」

 母が首を振った。
 それだけで父はグラントに差し伸べる手を止めてしまう。

 父は支配されている。

 グラントは幼いながらずっとそう思っていた。
 母は父を支配している。
 
「グラント、我々はもう行かねば。
 あなたは魔物の子なんです。ひとりでも、人間の世界で生き延びられる」



 母の周りに霧が立った。
 それは瞬く間に戦車の形になる。

 父をさらうように抱いてそれに乗り込んだ。

 大きな馬が引く戦車。
 それは丘を駆け、敵軍を蹂躙して暗闇に消えていく。

 祖父が外で何か怒鳴った。

 慌てたようにグラントの元へ戻ってくる。
 そばに膝をついた。

「これをつけて。グラント、こうなっては、ひとりで行くしかない」

 自分の杖とケープを外す。
 杖はずっしりと重くて、ケープはまだ引きずるほど長かった。

「このケープは、着ている者を守る。
 グラントは今から丘を下りて逃げなければいけない」
「ひとりで?」
「そうだよ」

 また石が飛んできて、家のどこかを崩す。
 祖父は廊下の壁にあった家紋の旗をとった。
 グラントの右手に結ぶ。

「グラント、一緒に行ってあげられないが、どうか無事で。
 おじいさまの杖なら、思い切り魔法が使えるからね。
 人間の世界で生きなさい」

 嫌だ、怖い、と言った。
 泣いても、その時には遅かった。

 家は崩壊しだしていて、グラントは放り出されるように坂道を走った。

 丘の半面はすぐに真っ赤に燃えた。
 祖父が王から杖を取り上げて振っている。
 敵のど真ん中に溶岩が溢れ出して、地面を溶かしていった。

 赤い光は徐々に見える側にも広がってくる。
 グラントが領民の土地に下りた時には家の建っていた丘は赤くなっていた。

 燃える石が飛んでくる。
 人間も魔物も逃げ惑っていた。
 地面の至る所から石が飛び出す。
 
 満月を背に進んだ。

 朝が来ても溶岩は追ってきた。
 祖父が戦うとこうなるのだと初めて知った。

 地鳴りが響いている。
 山よりも高く粉じんが舞った。
 火の玉が飛び交う。

 領地の全てが焼け落ちていった。




 崖を転がるように下った先で、壊れた砦に行き当たった。
 そこまで来た時、もう溶岩が見えなくなっていることに気がついた。

 ほっとして、何日かぶりに眠った。

 

 
 わあわあと、小さな声が聞こえて、目が覚めた。
 薄目を開けて見てみる。
 
 グラントの顔のすぐそばで、騎士の格好をした小人が戦いごっこをしていた。
 全部で10人いる。
 それぞれの王国を守るという設定で戦っていた。

 剣は本物?
 
 金属のぶつかる音がする。


「……砦の精霊?」

 グラントが飛び起きて聞いた。

 はたと動きを止めた小人たちは、人間の子どもをじっと見つめた。

「我らを精霊と見抜いたぞ」
「ただの人間の子どもではない」
「魔物のようだ」

 10人が集まってわあわあと会議を始める。

「我らは確かに砦に住まう精霊です」

 一人が代表して挨拶してきた。

「お名前は?」
「グラント・ルース」
「では、グラント。我らの事情をお聞きください」

 小人たちは整列するとグラントの前に傅く。

「我らは前世、人間でございました。
 それが悪さを重ねて寿命を終え、精霊として生まれ変わったのです。
 我らは償いに騎士として主人に奉仕しなければなりません。
 主人に勇敢であったと褒めてもらって天に帰ることができれば、また人間に生まれ変われます」

 小さい騎士たちは大真面目だ。
 グラントは小さな頭をこくこくと縦に揺らしている。

「グラント、我らの隊に命名を。そして主人として我らをお連れください」

 願いを承諾すれば、それは魔物との間に主従の契約を結ぶということだった。
 グラントはこの時まだそんなことは知らない。

 知らないが、真剣な小人たちを見ていたら、断るのに気が引けた。

「いいよ。一緒に行こう。
 君たちの隊は、オーク。オーク隊、一緒に人間の世界へ行こう」

 ぱあっ、と、小人たちの顔が明るく輝く。
 これで、あとは一生懸命働くだけだ。
 そうしたらまた人間に生まれ変われる。

「どこへなりと、喜んでお供いたします」

 ここは、シュッツフォルトの王都にはまだ遠かった。
 道を辿る大人でもまだ1週間はかかる。

 グラントはオークとともに森の道を進んだ。
 人がいる都市まで。
 慣れない魔法に四苦八苦しながら進んだ。

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