ただの魔法使いです

端木 子恭

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春めく日

はちみつか、たまねぎ

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 昼前に、城壁内へと戻った。

 人の姿に戻れないシェリーはケリーのコートの中にいる。

 先にエリンへ蜜蝋を届けた。
 昨日のうちにコーマックから他の材料が贈られている。

 エリンは早速ラベルをいくつか描いていた。
 小猿が気に入ったものにすると言うと、また「え?」と言っていた。

 精霊たちにも昼食をねだられた。
 家の近くの市場で好きなものを食べさせる。

 店に寄って店番を命じていたモスにも食べ物を届けた。
 一人が好きな彼はとても不機嫌である。


 さらに延長を言い渡されて、呪いの化身のような顔になった。



 バレットに戻ると、兵舎にレイがいた。



「ちょうどよかった。レイ、シェリーが」
「元に戻ったか?」

 言い終わる前に尋ねられる。
 やはり事情はすでに知っていた。

「アリアが朝まで、館でシェリーのふりをしていた。
 今は出かけたふりをして馬車だけここへ来ている。
 中身が空では帰れない。シェリーは?」
「こちらです」

 ケリーがコートから小猿を出した。
 小猿にぺこりと挨拶される。

「……シェリーはどうして元に戻らないのですか?
 グラントが危険な目に合わせましたか?」
「底意地悪い聞き方だよ」

 不機嫌な面持ちのレイに顔だけ笑ってやった。
 シェリーは事情を説明している。
 魔物や精霊が見えるレイにも会話はできないようだ。

「じじいは。もう帰った?」
「執務館にジェロディやウーシーといる」
「そう。ちょっとシェリーを連れて行っていい?」

 グラントはケリーから小猿を受け取ってコーマックの方へ向かう。

「ジェロディはバロールで15年以上勤めた経験があるんだよ。
 魔法のことは相当に詳しいから、シェリーの対処法も知っているかもしれない」
「自由に魔法をかけたり解いたりできたら、わたくしも魔法使いと名乗れる?」
「今でもシェリーは魔法使い。
 でも一人では」
「出かけない」

 執務館は執務室と寝室があるだけの単純な作りの平屋だ。
 執務室で作業したことはあるけれど、グラントはここに泊まったことがない。
 
「グラント今戻った?」

 ウーシーが笑顔で出迎えた。
 手にやかんを持っている。汲みなおしたばかりのようだ。
 それを投げ出さんばかりの勢いで近づいてくる。

「もしかしてシェリー? なんで小猿なの?
 うわあ、かっわいいー」

 ぱあっと明るい顔でシェリーの手を指に乗せた。

「戻れなくて難儀してる。ジェロディは今、何してる?」
「作業が終わったところだったよ。
 じいちゃんは起き上がれないけど、口は達者ー」
「作業」

 ちょっとシェリーには見せられないかもしれない。
 じじいは小猿のシェリーが見たいだろうけれど。

「シェリーずっとこのままでもいいんじゃない?
 俺はどんなシェリーだって友だちだよ」
「新しい友だちができにくくなるからやっぱり人間に戻って欲しいかな」

 ウーシーは笑って寝室に入った。
 入れ替わるようにジェロディが出てくる。

「本当に獣になってる」

 感心したようにシェリーを見た。

「昨夜からずっと? すごいね。実は魔力あるんじゃないか?」
「ほとんどないです。回復が早いので循環してるだけ」
「グラントやケリーの杖でなんとかならない?」
「なりません。おそらく合わないんじゃないかって思います」
「ふうん……」

 ジェロディはしばらく考えていたが、小猿と目を合わせた途端、ふっと息を吐く。

「しばらくこのまんまでいいんじゃない?
 そのうち戻るんでしょ」

 適当な答えにグラントが閉口した。
 確かにそのうち戻るだろうけれども。

「殿下はこの姿でも不便してないものねえ? 満喫させてあげなよ」
「満喫?」

 してる? とシェリーを覗き見る。

 その表情が、アリアのいうところの「ぼうっとした」顔なのだ。
 シェリーは楽しくて笑う。

「きっとすぐやり方なんか覚えちゃってさ。
 できないできないって慌てる期間なんかほんの一瞬だ。
 覚えたてって感じで可愛らしいじゃない」
「シェリーにまで適当するんですね」

 唖然としてグラントは言った。

「ごめんね。年取るとこだわりが消え失せちゃって」

 ジェロディの口調は軽い。

「……じじいは今、のぞいてもいい姿?」

 残りの用事を片付けようとグラントは寝室を指した。
 師匠は頷く。

「うん。傷は全部覆ってる。痛み止めも効いてくる頃だし、あとは安静にするだけ」
「そうですか」

 扉をノックすると、ウーシーが開けた。

「シェリー? じいちゃん、シェリーが来てくれた」

 グラントの腕に乗っている小猿を大歓迎する。
 コーマックは起きようとしたが、一瞬早くシェリーがその顔の近くに飛び移った。

 言葉が話せないので、その髪に小さな手を乗せて、再びグラントの方へ戻る。

「蜜蝋は届けてきたよ。他の材料を先に手配してくれてありがとう。
 外装を決めてきた。
 石を取ったってことは、じじいは明日には帰るの?」
「血が止まれば、そうだ」

 コーマックと話す時、グラントは不思議な表情をした。
 なんと言うのか、シェリーはじっと、老将と話すグラントを見つめる。

「ちょっと、ジョニール公の子どもともめちゃった。まずかったかな?」
「クラルス伯の領地だな。
 今年のワインを樽買いしてやれば許してくれるのではないか」

 じじいは、全部の領主とやり取りがある。
 この話ぶりだと心の狭いかたではなさそうだ。
 
「お父上はそんな感じなんだ。……館の門を叩き割ったんだけど」

 グラントの罪状にコーマックは声に出して笑った。

「一撃で破られるような薄い門でいる方が悪い。
 気になるなら、ブドウの世話でも手伝いに行け。
 いつも人手が足りなくて、領民は冬を待ち望んでいると聞く」
「昨夜も夜通し蝋燭を灯してた。
 今年は芽吹くのがちょっと早かったから、冷え込む日は暖をとらせないとって」

 ちょうどそんな話をしている時、外からポーターの声がした。

「グラント、来客です。なんのことか不明ですが、猿を返すようにと」
「……」

 グラントがげんなり顔になった。
 ウーシーは逆に顔が輝く。

「長男のシャニ様は、自分が手に入れたものを手放すのがお嫌いなようで」

 抱き上げたシェリーをウーシーに渡した。

「ジョニール領は人口2万人、うち兵士は1200。短弓部隊に400。
 主な産業はワインの醸造。国外での交易は行なっていない。
 領主一族は狩りが御趣味なので森はよく整備されている」
「じゃあ、攻めてこられたってなんとかなるよ。
 平気だ、グラント。怯む必要ない」

 ウーシーはにこにこして親友を励ます。

「人生の味はある日は蜂蜜、ある日は玉ねぎ。
 シェリー、戦の前の戦だよ。一緒に戦おうね」

 小猿は気負ったように顔を上げた。
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