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麦秀に寄す心
頭領たち
しおりを挟む意気高い歓声をあげて、海面から飛び上がった大きな影があった。
「っしゃあ、港に揚げろー」
イカの魔物ダルコが弧を描いて陸地に飛び込む。
ぶつかる、と思われた瞬間に彼は人の姿に戻った。
雨のように大小さまざまな魚が岸壁に落ちてくる。
イカの後を追うように、海の魔物たちが獲物を持って陸に上がった。
鯨やイルカの群れが次々と人になって魚を領民へ渡す。
天気のいい本日。
大ガラスのラーポの命令で、鳥の魔物たちは枝を集めてきた。
港の瓦礫で作った竈にくべて魚を焼いている。
彼らは港の捕虜と、バレットとリケの兵士に山ほど魚を与えた。
ダルコは、城にも届けるから、と言って海に消える。
海の魔物たちがバレットとリケの兵士を歓迎した。
以前はこうして普通におしゃべりしたりしていたんだそうで、親しみがある様子である。
リケで普段漁師をしている者は、海の友達と漁に出る話で盛り上がった。
天候とか魚の場所とか教える約束をとりつける。
ラーポは忙しく各所を行き来していた。
グラントに情報を伝えるためである。
領民たちの安否の確認は比較的簡単に済んだ。
難航しているのは隣国の人間たちの確認だ。
とりあえず無傷で済んだガレー船を三隻港に寄せる。
ダルコによって粉砕されたものと、海の魔物に穴をあけられたものを港の端に揚げた。
グラントは兵士の身柄を引き上げるために海の底をさらっている。
とてつもないことになっていた。
小さな崖を挟んで港からは見えない位置に引き揚げる。
沈んでいる人間もできるだけ故郷に帰すようにしてやらないとならなかった。
人の言葉を話せる魔物に作業を任せる。
湖でも同じことが巻き起こっているので、グラントは覚悟して向かった。
「トーニャは気性が激しいので、気に入らない人間には容赦しないのです。
城の泉とトーニャの湖は地下で繋がっています。
彼女はよく行き来をしているのですよ」
ラーポはカラスの姿のまま、馬車の屋根にとまって話す。
「すげーね。魔物の頭領たちが守ってるの? この土地。
なんかあるべき姿っていうか、理想の暮らしっていう感じだな」
ラーポを見上げながらウーシーが言った。
「俺、この土地好きになりそう」
「光栄ですよ、ウーシー」
褒められると嬉しい。
この地域の馬の足で小一時間走ると、山裾に湖が広がっているのに行き当たる。
モミや白樺の森に守られ、青白い水を湛えていた。
そんな美しい湖で、底をさらうと大変なことになっている。
「トーニャ、激戦ー」
ウーシーが呆気に取られて呟いた。
馬車から下りて祈りを捧げる人間を、離れた小島からトーニャが見ている。
彼女は一人で城門を開いた。
普通の女性に見えて力持ちだ。
戦ではイカダごと湖に出てきた兵士たちを両手で掴んでひきずりこんだ。
そんなトーニャが岸辺に寄ってくる。
「グラントの友だち? 今日、城に顔を出す?」
「うん。俺はウーシー。この湖を守ったトーニャ?
よろしく。ここは綺麗な湖だね。大切に守ってるんだ」
ウーシーは人魚とにこにこ会話した。
「困っていることはない?
ずいぶん木が湖に迫り出してるけど、それが好みなの?」
ウーシーに聞かれ、彼女は驚く。
「人間が来なくて静かなのはいいのだけれど、ここ何十年は伸びすぎて。
まるでぼうぼうの髪の毛のようで嫌だって思ってた。
どうして分かったの?」
「なんでかな? ただただ湖が綺麗なのに岸が気になっちゃった」
トーニャが陸に上がった。
人魚から、ドレスを着た人間の女性へと変わる。
「ラーポ、私、一緒に領内を巡っていいでしょう?」
カラスは「乗れないよ?」という視線を送った。
トーニャはすでに馬車に座っている。
ウーシーを引っ張って隣に座らせた。
二人乗りだったので、もうそれでいっぱいになる。
そこにもうひとり現れた。工具の精霊サイラだ。
ウーシーとトーニャの間に無理やり入る。
「私、ウーシーの工具の精霊でサイラです」
聞かれてもいないのに自己紹介した。
「一緒に行ってもいいですね? 私、知っているんです。
この先にウーシーに紹介したいとっておきの場所があります」
「わあ、ほんと? 楽しみ」
ウーシーはぎゅうぎゅうが楽しくて笑っている。
「ラーポ、わたしはゆっくり行くから、ウーシーを案内して?」
そんなグラントにカラスは狼狽えた。
「とんでもない! これから主になっていただこうという人に」
「ああ……」
保留にしたんだった。
「でも、友だちが楽しそうだから、好きにさせたい」
「そういうことでしたら」
ラーポがトーニャに言う。
「ウーシーの案内はトーニャに任せる。
夕食までには必ず城へお連れしろ」
「分かった。夕食までには」
トーニャは馬に命じて馬車を出した。
「鞍のついた馬を呼んできます。
グラントはここで少々待っていてください」
ラーポは近くの厩舎を目指して飛び立つ。
グラントは山脈の上の方を見ていた。
あと数週間で夏至がやってくる。
山の少し上を、太陽は移動していた。
コーマックのところは夏の間、夜中まで日がある。
きっと今頃は領民は忙しくなっているのだ。
ラーポは次に自分が守る森の砦に案内した。
ここでは炭焼きが主な仕事だった。
冬の燃料を確保しなければならないのはもちろんだったが。
「領内には溶鉱炉があります。それに燃料を費やしますので」
「どのくらいの技術があるの?」
グラントが興味を持ったのでラーポは嬉しそうに答えた。
「大きいものは木炭高炉と石炭高炉の二基です。タタラ炉も数基。
この20年は石炭高炉はほとんど稼働しておりません。
農具を直すのに、タタラ炉は年に数回使用します」
「ラーポの作る木炭が見たいな」
森の砦には炭焼き窯の形の窪みが並んでいた。
人間が少ないので冬場の時期にはラーポがだいぶ協力している。
炭を焼かない季節は薪を集めたり狩りをして過ごした。
オークのいたところは大砦と呼ばれていたらしい。
今は大穴があいているが、攻めてくる者もいないので放置されていた。
領地の最奥に着くと、グラントはまず崖になった場所へ案内される。
崖の下の地面に花が添えてあって、ウーシーが来たのだと分かった。
「ここに、シチが咲いていたんです。
高炉があまり稼働しなくなってから元気がなくなって。
少し前に枯れて消えました」
崖に寄りかかるように小さな屋根が取り付けてある。
シチが宿ってから、こうして家を作って大切にしてきたのだ。
「彼女が消えないように、種ができたら色々な場所に蒔いたのです。
城の中など暖かい場所にも、湖のほとりの湿った場所にも試しました。
しかしどこにも根付かなかったのです」
「ここが気に入ってたんだ」
シチにとって鉄砦は最高の場所。
「残念だね。会いたかった」
「彼女は芸術家でした。鉄でさまざま形作るのが楽しそうだった」
グラントは崖に手を添えてしばらく上を見上げる。
祖母の宿る花はどうやって移したのか。
聞いておけばよかった。
ここが領地の端だ。
崖を背に、高い溶鉱炉が二基ある。
少し離れたところにはたたら炉が見えた。
「ウーシー、ここを出られるかな……」
ちょっと心配になった。
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