ただの魔法使いです

端木 子恭

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麦秀に寄す心

ここに残るよ

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 機能していた5つの砦のうち4つまで戦場になった。
 魔物が手伝うと言っても復興は時間がかかる。
 総人口300人はあと何日か城壁内に暮らすようだ。

 城のホールは食事のたびにひとでいっぱいになる。
 兵舎のベッドはぎゅうぎゅうだ。
 
 リケに残ったケイレブとの連絡や手伝い。
 負傷者の手当や取り残された者の捜索。

 ここの領民は諍いもせずに協力した。



「グラントはルース家の子なんだ」

 ラーポがみんなにそう紹介した。
 夕食の後のことである。

「それで溶岩か」

 ダルコが口をぱっかり開けて言った。

「昔、トーニャと立ち回ったっけ」

 ひゃっひゃっと笑いながらトーニャを見る。
 湖の主は嫌な顔をして海の魔物を睨んだ。

「ダルコ、揶揄うな」

 エルネストがまた止める。

「グラントの家のことを我々は知っている。
 昔からこの辺りに溶岩が現れることがあった」

 主城から見える山脈。

 雪に覆われていない山肌が焼かれたように黒々していた。
 もしかしたらそれは、祖父のせい。

 グラントは改めてその破壊力を思った。

「娘の結婚を機に、この山の向こうに領地を持った。
 それがグラントの祖父だな」

 そんな魔物の話を、領民は世間話のように聞いていた。

 この地では、魔物であることを隠す必要もないらしい。
 だからといって純粋な人間であることも付き合いに関わりないようだ。

 都と違って溶岩を出すときに周囲を気にする必要がない。
 あんなに大量の溶岩を操ったのは、祖父といたとき以来だった。


「なあ、グラントは今、王都で兵団を持ってるんだろ?」

 ダルコがテーブルの上にあぐらをかいた姿勢で質問する。

「雇われて兵士を率いて戦ったこともあるな?」
「それが?」

 何やら不穏な予感にグラントは眉が寄った。

「今回攻め込まれてみて分かったことがあるんだよ。
 俺は今まで、ここに入り込んで狼藉を働こうとする奴を沈めてきた。
 前の領主と約束したからな。ここの人間と協力していってくれって。
 それでなんとか持分の海砦は守れてきた。
 だが、今回はここに自分の街を作ろうというやつだった。
 俺は正直、どう戦っていいのかわからなかった。
 力尽きるまで戦おうとも思ったんだが。
 ここを治めたいという人間がいるならそれがいい。
 攻められている時にはよくないか?
 とにかく迷いに迷ったんだよ」

 指先をくるくる動かして、彼は惑った己を説明する。

「主が要る」

 最後はきっぱりとグラントを見て断言した。

「グラントが来た途端、戦いの方向が決まったろ?
 この土地の役割がはっきりとなって、それを旗にして戦えた」

 ここはシュッツフォルト。
 辺境領の務めとは、国土の盾となること。

「俺はグラントの従者になると決めた」

 ぱしん、と手を打ってダルコが言うと、ラーポが掴みかかりそうな勢いで叫ぶ。

「それは私が先だよ」
「順番どうでもいいだろ」

 ダルコは、まあ聞けとばかりにカラスの魔物の口を押さえた。

「この先も王都に嘆願は出すだろうが、どうせ取り合ってくれない。
 なら、正式な領主じゃなくていいと俺は考えた。
 グラントは兵団の長で、その場を取り仕切る立場にある。
 俺と主従になれば、また侵入された時にすぐ知らせられる。
 そしたら人間同士の規則に則ってやりとりしてもらえるだろ?」

 グラントは目を丸くしてダルコを見ている。

 祖父は、その主従の契約によって突然祖国へ帰った。
 母も逆らわなかった。
 それほど魔物を縛るものだ。

「窮屈じゃないかな? それに、わたしが期待に沿う人間ではなかったら?
 何十年か後悔するよ」

「グラントの場合はそれほど深刻に考えなくてもいい」

 そう言ったのはエルネストだ。

「我々よりはるかに寿命が短い。後悔しても束の間だ」
「機能しなければグラントの寿命を縮めてやってもいいからね」

 付け足したのはトーニャ。

「そんなんことしたら俺とは絶交だよ」

 慌ててウーシーがグラントを庇う。
 トーニャは取ってつけたように「冗談」と言った。



「けれどやはり私が一番先です。
 カラスの魔物ラーポを一番に従者にしてください」



 よほど順番にこだわっているのか、ラーポはグラントの前に膝をつく。
 驚いてグラントは一歩ひいた。



「イカの魔物ダルコも」

「人魚のトーニャ」

「盾のエルネストも従う」



 4人の頭領が願い出て、領民は興味津々に様子をうかがう。



 ウーシーがグラントの背中を押した。

「なんて言うの? こういう時。許す? 勿論? 大歓迎!」
「え? あー……」

 グラントは困った顔をしている。

「いいよ」

 順番に名前を呼んだ。



 ラーポ、ダルコ、トーニャ、そしてエルネスト。



「……みんなを召し抱える…」



 領主だ、と誰かが言った。間髪入れずにグラントは否定する。
 ほっとした表情の魔物たちが姿勢を崩した。

「これでこの土地は朽ちずに済む」

 ラーポが安心したように呟いた。



 グラントがどこにウールの塊を持ち込んでいたかと言えば。
 そこは図書室だった。

 幾分埃の少なくなったその部屋に、今日はウーシーもいる。

「鉄砦、グラントも行った?」

 ウールの塊をリネンで包んだから、少しはベッドらしくなった。
 高い天井まで棚がある。
 グラントにとっては幸せな空間だ。

「行った。シチは残念だった」

 寝転がってグラントは言う。
 ここで寝るの怖くないの? とウーシーは天井の方を見上げていた。
 自分こそ危険なところで行き倒れていたくせに。

「砦のあちこちに、作品が落ちてた。
 俺、シチ好きだなって思ったよ」
「ウーシーと気が合いそう」
「うん」

 ウーシーは暖炉に細い薪を一本投げ入れた。

「あのさ。俺、あの砦にいたい」

 もう決めたような口調である。

「ここに残りたい。めっちゃくちゃ作りたい。
 ここに、街をさ」

 きらきらした目をしていた。
 もうウーシーの前には、火の入った炉があるんだろう。

「……そう」

 残れ、とすぐ言おうと思った。
 思ったけれど、その言葉が喉に詰まる。

「シュトラールにウーシーがいないなんて寂しいな」

 代わりに出てきたのはそんなことだった。

「グラントがここの領主になればいいんだよ。
 そしたら今まで通りだ。俺が思いついてグラントが手伝う。な?」

 ウーシーは新たな薪でグラントをつつく。

「なりたいですってなれるものではないし。
 だいたいここは辺境領だよ。戦で功績を上げた人間が領主に着任するんだ。
 レイやケイレブみたいな」
「団長だろ? 資格あるって。
 とにかく俺、残っていいよね? 残るからね。明日エルネストたちにお願いする」

 頭領たちは受け入れるだろう。
 鉄砦をあのままにしてはおけないし、領民になりたいという者を拒む雰囲気もない。
 ウーシーはただ、グラントに認めてもらってからそれをしたいだけ。

「うーん……」

 つつかれてるうちは返事しない。
 動かなくなったグラントに、ウーシーはやがて飽きた。

 薪を戻すためにふいと向こうを向いた時、背中に「残って」と言われる。

「砦は任せて」

 嬉しそうに笑った。
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