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麦秀に寄す心
使節の帰還
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帆船が戻った。
主城のホールで書類を盛大に広げるレイは、それでもなんだか不機嫌に見える。
「隣国の王までは引っ張りだせなかった」
「それ、そんなに悔しいこと?」
よくわかってない魔法使いは呑気に尋ねた。
「王が直接労ってくれれば、こっちの王だって待遇を無碍にできなくなる。
今回は事務官止まりだった。侍従すら出てこなかった。
おかげで話は早かったが、もっとむしってやりたかった」
「十分だよ」
怖い。
ガンナーを逃して不機嫌極まりなかったのだろう。
レイは隣国の政府と交渉してこれ以上ないくらいもらってきた。
リケ公メイソンがヒくほどにだ。
「リケへの賠償とは別に、バレットにもいろいろ貰ってきた。
ここで必要なんだろうと考えてな」
端の方ではメイソンが食事を出されていた。
エコーが向かいで音楽を流している。
「街の立て直しにかかる金の他に、人員と資材も提供される。
あとは家畜だ。追って貨物船が来る」
国際問題にしたくない隣国では、内々に収めようとだいぶ要求を飲んでくれた。
大将以下、反乱に参加した人間の財産を賠償に回してくれたのだ。
資材は彼らの家屋敷のもの。
ちょっと口に出せない方法で工面された賠償金もある。
十分、十二分にむしっていた。
「バレットにも利益が入る。
私やケイレブは超過分の手当も貰っておいた。
都に帰る頃には休暇の期間を過ぎているからな」
「はい。それでいいです」
予定外に辺境地まで来たのはグラントだから、何も言えない。
平素は仕事で外国とのやりとりをしている彼は強かった。
もしグラントだけでやっていたらこんなに取れていない。
「ここの土地の者たちと話がしたい。
グラントは全ての書類に目を通せ」
全て。
グラントは黙々と紙を読み始めた。
レイは近くにいたエルネストに話しに行く。
彼はすぐに他の3人を呼んできた。
バレットに入る報酬は、ポーターが希望していた金額よりもちょっと多い。
良かった。宿題はあとひとつ。
定期的な取引になるようなものを見つけてこい。
「……」
放置された森。迫る山脈。海。湖。川。深い港。高炉。
この土地の価値は、埋もれているだけでたくさんある。
もう少しここにいられたらいいのにな。
そう思った時、また、図書室の本棚を思い出した。
端から読みたい。
隣の国や、もっと遠いところからも取り寄せたらしい本がたくさんあった。
とりわけ、領主が興味を持っていたのは魔法と精霊についてである。
読みたい。借りていきたい。
シェリーと友達になってからずっと探していた。
彼女のような人に対する魔法はないのかな。
ウーシーに書き置きを残していこうか。
でも、ウーシーは城に来ないかも知れなかった。
隣国の王名義で、メイソン卿とシュッツフォルト宛に陳謝の言葉がある。
グラントのこともよくやってたと褒めてくれていた。
みんなのことまで触れている。
レイが書かせたんだろうな。
不機嫌な顔でじっと書記官を睨む姿が浮かんだ。
「進んだか?」
エルネストがそばにきて聞く。
グラントは頷いて、まだ集まっている頭領たちとレイを見た。
何か書状を預かっている。
ラーポが領民の元へ使いをやった。
「半分くらいは。……エルネストは領主と城で過ごしていたんだよね?
魔法使いだった? 図書室には魔法や精霊に関する本が多いよね」
「普通の人間だった」
彼は隣の椅子に座る。
「普通の人間というのはちょっと違うのか。
魔力を持っているのに使えない家系だった。
だから代々調べていたよ。魔法とは、精霊とは、何なのか」
「エルネストたちもその原因については知らないの?」
「知らないな。そういうものなんだろうと」
魔物は、気に入った者が生きていればそれで満足だ。
「……読みたい」
グラントがぼそりと呟く。
エルネストがにやにやと笑った。
席は空いている。
彼が指したのは領主の使う執務室だ。
「ここに残れば読める」
「蔵書の目録を作って貸し出して」
「そうすればグラントはこの城に残るのか?」
「それは分からないけれど」
やがて図書室に住み着く可能性はある。
「……わたしと同じくらい本が好きな友だちがいるんだよ」
書類に目を落としてグラントは話した。
文字は追っているが、見えているのはセリッサヒルの丘だ。
「彼女と読みたいんだ。魔法について。精霊について。
不自由な体を治す術はあるのかな。ほとんどない魔力をどうしたら使い熟……」
「連れてこい」
どすんと、言葉が立つ。
グラントは目をあげて盾の化身を見た。
無理な理由をあげようとする口を塞ぐようにエルネストは重ねて言う。
「連れてこい。都は農地がないだろう。その人は夏のあいだ何してる?」
確かに、農地はないけど。
「冬支度ならここですればいいんだ」
都でするのは冬支度だけじゃなくて。
「人とのやり取りは魔物たちに任せろ。
グラントが行くより話は早く進むだろう」
都を離れてやりたいこともある。
「ここから出た方が、どこだって行きやすい。
元々はリケではなくここが交通の要所だ」
グラントが口を開きかけるたびにエルネストが先に反論した。
「一個一個、しなきゃいけないことの先回りするつもり?」
「ああ。何だってそろえる。我らは魔物だ。
何だって用意できる。主が望めばな」
ぐるっと、天井を見回してみる。動じない魔物。
グラントが何を言ったって、連れてこいって言ってやる。
「誘ってみる」
根負けした。
春先に旅に誘うと約束した。
その時は、もっと近い領地へ行くか、船でコーマックの領地の向かい側へと考えていたのだが。
「連れてきたいのはどんな方なのか教えてくれ。
必要なものはだいたい分かる」
「待って。わたしはすぐここへ戻って来られない。
バレットにだってやらなければならないことがあるよ」
「そうだな。ならばラーポの鳥を連れて行け。適任だ」
エルネストはラーポを呼んだ。
「すぐ、用は片付く」
レイも含めて全員が寄ってくる。
夏の間、グラントがここで過ごせるように取り計らいたい。
その提案にレイがまた企み顔になった。グラントは嫌な予感に眉を顰める。
日が沈む頃に出航した。
あとはリケと隣国との間で捕虜などを引き渡す。
グラントはもう陸地には降りずに都へ戻るのだ。
人間の姿になれる魔物の鳥が乗り込む。
バレットに加わってシュトラールに暮らすことにした。
逆に元シュトラールの住民たちはこの辺境領に残る。
砦の中で頼りにされているうちに情が移ったようだった。
帰りはウーシーが色々話を聞かせてくれると思っていたから、やっぱり寂しい。
エコーとダンスの講師は鳥の魔物たちにも人気で、船上は賑やかだった。
油断すると船縁で隠れていようとするグラントを、誰かが目ざとく見つけてはダンスに誘う。
クイルの騎士二人が船室でこそこそ話しているのが気になったが、風にも恵まれて順調に帰路を辿った。
主城のホールで書類を盛大に広げるレイは、それでもなんだか不機嫌に見える。
「隣国の王までは引っ張りだせなかった」
「それ、そんなに悔しいこと?」
よくわかってない魔法使いは呑気に尋ねた。
「王が直接労ってくれれば、こっちの王だって待遇を無碍にできなくなる。
今回は事務官止まりだった。侍従すら出てこなかった。
おかげで話は早かったが、もっとむしってやりたかった」
「十分だよ」
怖い。
ガンナーを逃して不機嫌極まりなかったのだろう。
レイは隣国の政府と交渉してこれ以上ないくらいもらってきた。
リケ公メイソンがヒくほどにだ。
「リケへの賠償とは別に、バレットにもいろいろ貰ってきた。
ここで必要なんだろうと考えてな」
端の方ではメイソンが食事を出されていた。
エコーが向かいで音楽を流している。
「街の立て直しにかかる金の他に、人員と資材も提供される。
あとは家畜だ。追って貨物船が来る」
国際問題にしたくない隣国では、内々に収めようとだいぶ要求を飲んでくれた。
大将以下、反乱に参加した人間の財産を賠償に回してくれたのだ。
資材は彼らの家屋敷のもの。
ちょっと口に出せない方法で工面された賠償金もある。
十分、十二分にむしっていた。
「バレットにも利益が入る。
私やケイレブは超過分の手当も貰っておいた。
都に帰る頃には休暇の期間を過ぎているからな」
「はい。それでいいです」
予定外に辺境地まで来たのはグラントだから、何も言えない。
平素は仕事で外国とのやりとりをしている彼は強かった。
もしグラントだけでやっていたらこんなに取れていない。
「ここの土地の者たちと話がしたい。
グラントは全ての書類に目を通せ」
全て。
グラントは黙々と紙を読み始めた。
レイは近くにいたエルネストに話しに行く。
彼はすぐに他の3人を呼んできた。
バレットに入る報酬は、ポーターが希望していた金額よりもちょっと多い。
良かった。宿題はあとひとつ。
定期的な取引になるようなものを見つけてこい。
「……」
放置された森。迫る山脈。海。湖。川。深い港。高炉。
この土地の価値は、埋もれているだけでたくさんある。
もう少しここにいられたらいいのにな。
そう思った時、また、図書室の本棚を思い出した。
端から読みたい。
隣の国や、もっと遠いところからも取り寄せたらしい本がたくさんあった。
とりわけ、領主が興味を持っていたのは魔法と精霊についてである。
読みたい。借りていきたい。
シェリーと友達になってからずっと探していた。
彼女のような人に対する魔法はないのかな。
ウーシーに書き置きを残していこうか。
でも、ウーシーは城に来ないかも知れなかった。
隣国の王名義で、メイソン卿とシュッツフォルト宛に陳謝の言葉がある。
グラントのこともよくやってたと褒めてくれていた。
みんなのことまで触れている。
レイが書かせたんだろうな。
不機嫌な顔でじっと書記官を睨む姿が浮かんだ。
「進んだか?」
エルネストがそばにきて聞く。
グラントは頷いて、まだ集まっている頭領たちとレイを見た。
何か書状を預かっている。
ラーポが領民の元へ使いをやった。
「半分くらいは。……エルネストは領主と城で過ごしていたんだよね?
魔法使いだった? 図書室には魔法や精霊に関する本が多いよね」
「普通の人間だった」
彼は隣の椅子に座る。
「普通の人間というのはちょっと違うのか。
魔力を持っているのに使えない家系だった。
だから代々調べていたよ。魔法とは、精霊とは、何なのか」
「エルネストたちもその原因については知らないの?」
「知らないな。そういうものなんだろうと」
魔物は、気に入った者が生きていればそれで満足だ。
「……読みたい」
グラントがぼそりと呟く。
エルネストがにやにやと笑った。
席は空いている。
彼が指したのは領主の使う執務室だ。
「ここに残れば読める」
「蔵書の目録を作って貸し出して」
「そうすればグラントはこの城に残るのか?」
「それは分からないけれど」
やがて図書室に住み着く可能性はある。
「……わたしと同じくらい本が好きな友だちがいるんだよ」
書類に目を落としてグラントは話した。
文字は追っているが、見えているのはセリッサヒルの丘だ。
「彼女と読みたいんだ。魔法について。精霊について。
不自由な体を治す術はあるのかな。ほとんどない魔力をどうしたら使い熟……」
「連れてこい」
どすんと、言葉が立つ。
グラントは目をあげて盾の化身を見た。
無理な理由をあげようとする口を塞ぐようにエルネストは重ねて言う。
「連れてこい。都は農地がないだろう。その人は夏のあいだ何してる?」
確かに、農地はないけど。
「冬支度ならここですればいいんだ」
都でするのは冬支度だけじゃなくて。
「人とのやり取りは魔物たちに任せろ。
グラントが行くより話は早く進むだろう」
都を離れてやりたいこともある。
「ここから出た方が、どこだって行きやすい。
元々はリケではなくここが交通の要所だ」
グラントが口を開きかけるたびにエルネストが先に反論した。
「一個一個、しなきゃいけないことの先回りするつもり?」
「ああ。何だってそろえる。我らは魔物だ。
何だって用意できる。主が望めばな」
ぐるっと、天井を見回してみる。動じない魔物。
グラントが何を言ったって、連れてこいって言ってやる。
「誘ってみる」
根負けした。
春先に旅に誘うと約束した。
その時は、もっと近い領地へ行くか、船でコーマックの領地の向かい側へと考えていたのだが。
「連れてきたいのはどんな方なのか教えてくれ。
必要なものはだいたい分かる」
「待って。わたしはすぐここへ戻って来られない。
バレットにだってやらなければならないことがあるよ」
「そうだな。ならばラーポの鳥を連れて行け。適任だ」
エルネストはラーポを呼んだ。
「すぐ、用は片付く」
レイも含めて全員が寄ってくる。
夏の間、グラントがここで過ごせるように取り計らいたい。
その提案にレイがまた企み顔になった。グラントは嫌な予感に眉を顰める。
日が沈む頃に出航した。
あとはリケと隣国との間で捕虜などを引き渡す。
グラントはもう陸地には降りずに都へ戻るのだ。
人間の姿になれる魔物の鳥が乗り込む。
バレットに加わってシュトラールに暮らすことにした。
逆に元シュトラールの住民たちはこの辺境領に残る。
砦の中で頼りにされているうちに情が移ったようだった。
帰りはウーシーが色々話を聞かせてくれると思っていたから、やっぱり寂しい。
エコーとダンスの講師は鳥の魔物たちにも人気で、船上は賑やかだった。
油断すると船縁で隠れていようとするグラントを、誰かが目ざとく見つけてはダンスに誘う。
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