ただの魔法使いです

端木 子恭

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戦火の記憶

兄弟の争い2

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 次の日、従者バレルとウーシーは中央の砦に配置された。
 短弓しか持っていない人たちがここに集まっている。
 槍すらいなくていっそ清々しい悲壮感だった。
 思ったより戦況は悪くて、だから徴兵されたのかと納得する。



 戦闘が始まるとすぐ投石が始まった。
 この砦は本当に瓦礫を積んだだけで、屋根はない。

 敵からは人が押す移動式の投石機が数台。戦車に搭載された投石機が1台。
 全部中央の砦を狙ってきた。


「弓なんて打てないねえ?」

 瓦礫にへばりついてバレルにこぼした。

 盾と剣をもった敵前列は確実に中央の砦に近づいている。
 砦に辿り着かれたらウーシーたち短弓部隊はひどい被害が出るのだ。 

 味方の矢は手当たり次第に放たれていて、相手のどこに当てようとも考えていない。
 向こうはきちんとした隊列を組み、木立を盾に進んでいた。

 ウーシーは鞄をあさると紐をいくつか取り出す。
 手近な石に結びつけてバレルに渡した。

「投げて。ちゃんと狙うんだよ。人に当てるんだ」
「分かった」

 緊張した面持ちでバレルが頷く。
 誰に当てればいいか視線がうろうろした。

「酒樽泥棒だって思って。酒蔵に押し寄せる、酒樽泥棒。
 さあ、誰がかしらだ?」

 酒の精霊も、そういう戦いなら覚えがあったようだ。
 えいっと声がして、石が飛んでいく。

 ウーシーはその間に隣の兵士の弓を取った。
 砦の材料になっている板やら何やらを外して地べたにセットする。 
 盾を背負っているだけの人がいたからそれも借りた。
 対の弓で引く、簡単な発射器ができ上がる。
 紐でぐるぐるに巻かれたバリスタの頭だ。

「行くよっ」

 石の間を潜って矢が放たれた。
 向かってくる兵士の中からどよめきが上がったから、効果はあったのだ。

 ただし、見えない。

「バレルー、当たった?」
「前の兵士の足に当たった。数人が退避していくよ」
「もうちょっと遠めに行きたいね」

 ぐるぐると歯車を巻きながらウーシーが下唇を噛んだ。

「手伝って」

 弓を取り上げた隣の兵士に声をかける。

「盾で石を防いでくんない?
 片手空いてるだろ? 矢を番えて」

 戸惑いながら隣の兵士は矢をセットした。


「どうだ」

 二射目はもう少し奥に刺さる。
 不満そうにウーシーは瓦礫を下った。

 大きめの板や棒を持ってきてさらに協力を仰ぐ。

「これでバリスタの足も作りたい。
 誰か釘みたいなもの持ってない?」

 ウーシーの声はよく通った。

 砦の上に板の胸壁がたった。
 釘は未発見なので何人かで支える。

 ずっと奥に戦車が見えた。
 馬6頭で台車を引いている。

「敵将が見える」

 ウーシーの言葉に砦の兵士たちが前を見た。

「向こうの投石を止めよう。そうすれば敵将の指示も変わるよ。
 剣士に砦まで辿り着かれたら大変だ。左右の砦にも連絡して……」

 言いかけたウーシーが地面に倒れる。
 殴られたのだと知った時には再び掴み上げられていた。

「何をしてる」
「作戦を……」
「作戦は伝えたはずだ。ここは射手の持ち場だ。矢を放て」

 ウーシーが来る時に同じ隊にいた上官である。
 彼が今日この砦の指揮官だった。

「戦うと誓ってここに来ただろう。
 最後まで矢を放て」
「ねえ、砦を突破されたらどういう作戦があるんですか。
 今、教えてよ!」

 騎士団では活動したことがない。
 けれど彼はいつも、シュトラールで暴動から院を守ってきた。

 一緒に戦ったエリカを思う。
 彼女は状況が変わるたび、先に指示をくれた。
 
「作戦を変えてください! 真ん中には弓兵しかいないって知られてるんだ。
 敵の作戦を邪魔しないと、ここはもうすぐ潰される!」

 ウーシーの言葉に砦はしんとなる。

「せめて今のうちに左右の砦へみんなを移動させてください。
 でないと前列の兵が生き残れない」
「……生き残る……?」

 ウーシーにだけ聞こえるような呟きだった。
 声と同じように絞られて、息が詰まる。

 引き離そうと騎士の腕を両手で掴んだ。
 その手首は棒切れのように細い。

「最前列の俺たちが犠牲を強いられる理由はないよ!」

 その時、石がいくつか飛んできて上官の兜に当たった。
 背が低くて助かったウーシーは散らばっていた板を抱えて砦の上へ走る。

「小隊長たち、剣を扱える者はここに何人いますか?」

 聞きながら、ウーシーは落ちている折れた鏃を集めた。 
 先に集めていた端材でバリスタの土台を組み上げる。
 前列に剣は30人、と教えてくれた。

 剣を扱える者は砦から出て迎え撃つ。
 弓の腕に自信がない者は盾を構えて援護につく。
 残った短弓兵で敵の中程にいる投石部隊を狙う。

 そういうふうに提案した。
 残った隊長たちでなるべくそのように動けるように手筈をしてくれる。


「生き残るよ!」

 敵の隊列を観察しながらウーシーは矢を握って待機する兵士に言った。

「みんな、生き残れ!
 命を捧げなきゃならないのはここじゃない!
 こんな戦いで命を落とさないで!」

 エリカだって言っていたもの。
 押し寄せる暴徒と向き合いながら。

 生き残れ!

 最初に弓を借りた兵士が窓を作ってくれていた。
 あんまり頑丈そうじゃないから早口でお礼を言う。
 急いで戦車を狙った。

「今戦ってるのは敵じゃない! あれは話を聞いてもらいたい兄弟だ!」

 戦車の窓のそばに矢が刺さる。
 馬が止まった。

 ウーシーは急いでバリスタを巻き直す。

「戦車が射程に入った!」

 戦車から石が飛んできた。

 ちゃんと狙え。

 ウーシーは鏃の先に姿の見えない敵将を描いた。
 戦車の中で、指揮を取る人間はどこにいるのが一番いいか。
 窓を狙い続ける。
 矢は何本か中に入って行った。
 




 日暮れに今日の戦が終わって、ウーシーは鞄をがちゃがちゃ言わせて陣営を歩いていた。
 意識を取り戻した上官には、もう戦はやらないと言ってきた。
 帰れって言われたから、きっといいんだ。

 仏頂面をして歩いた。

「ウーシー、活躍はしたよ」

 バレルはそんな慰めを言う。

「ウーシーは、今まで見た中で一番カッコよかったさ」
「……カッコ悪い戦いだよう」

 同じ神様のもとにいるのにこんな喧嘩をして、どう思われたんだろう。

「帰ったら、ちょっと頑張って稼いで、酒樽を買おうね。
 バレルと半分こするよ」
「今日の分の日給は?」
「いやぁ、さすがに俺でもそれは請求できなかった」

 森は暗かったが、城壁が見えている。
 そちらに向かって行けば都に帰れるはずだった。

 迷惑そうな顔はされるだろうが、門番には訳を話して中に入れてもらおう。
 
 さくさくと草を踏みながら歩いていると、名前を呼ばれた。
 バレルが驚いて木の陰に潜む。

「ウーシー、今日1日分の給金を渡していなかった」

 石が当たった箇所が痛々しいあの上官だった。

「あー……。ありがとう、ございます……?」

 たった、銅貨二枚のために?

 あまりの律儀にウーシーは首を傾げる。
 生温かい銅貨を手のひらに受けた。
 鞄にしまおうとして顔を逸らした瞬間、騎士の大きな膝が腹に減りこんだ。

 細い体は藪の中につっこむ。
 鞄をどこかに捨てられた。

 彼の中では、自分は今日、罪人になったのか。

 無理やりに引っ張る力に反抗しながらウーシーは考える。

 何が罪だったんだ。
 みんなの前で彼の作戦を無視したこと?
 生き残れって言ったこと?
 
 命を差し出さなかったこと?

 体格には絶望的な差があった。
 何か叫んでいたけれど、よく聞こえない。

「ウーシー、ちょっとだけ一人にさせるけど、頑張ってくれ」

 藪の中からバレルのひそひそ声がした。

「グラントに知らせる」
「……」

 行って、と城壁を指す。

 精霊は主のもとに一瞬で戻れる。
 ここは城壁に近いから、グラントの足ならそうかからない。

 地面に転がった時、足のどこかを踏まれた。

 藪の中へ逃れて身を小さくする。
 鞘に収めた剣で藪の中を探す上官。
 棘だらけになりながらウーシーはその場を離れようとした。

 多分歩けないから、できれば薮に潜んでいたい。

 騎士はしばらくすると藪の中を蹴りながら進んできた。
 あっという間に見つかって引き摺り出される。

「これって、違反だよね」

 引っ張られて膝をついた形のまま、ウーシーは言った。

 こんな事をしているのは、自分の正義にとらわれた、哀れな騎士。

「勝手ばかりしてくれて。
 お前のせいで士気が下がっている」
「士気? 最初から上がってないんじゃないの」
「おまえが来る前までは殲滅すべき敵だった。それで隊はまとまっていたんだ」
「敵も味方も同士だ。話し合いをするために将は討たなきゃ。
 でもそれだけだろ? 命懸けでひとり残らずやっつけなきゃならない敵じゃない」
「話は神がしてくださる」

 上官はウーシーを突き飛ばすと鞘に収めたままの剣を振る。

「この世ではもはや同士でも兄弟でもない」

 頭を庇った腕が動かなくなった。

「……生かして帰ったら、俺は訴える」

 怖くて歯が鳴る。
 だけどウーシーはまっすぐ相手を見返した。

「これは腹いせだ」

 
 じき、グラントが来る。


 それは背中に感じる強力な加護だった。


「誰も見てなくても、自分だけは見てるんだ。
 自分の罪は自分が証人なんだ」





 戦ったのか、ただいいようにやられたのか。
 とにかくウーシーは生き残れと自分に言い続けた。



 気がついたらグラントに背負われていた。


「んぁれっ?」

 変な声をあげて目覚めた親友を、うっそりと見やる黒い瞳がある。

「もー、何やってるの、ウーシー」

 早朝の森を歩く魔法使いは、寒そうに肩を硬直させていた。
 セーターと外套はウーシーに渡っている。
 
「バレルから、1日で帰ってきちゃったって聞いたよ」
「……そうなんだよ……」

 力なく呟いた。

「でも、ウーシーは活躍したって、言ってた。
 協調性に問題あるから、周りと合わなかっただろうねえ」
「そう。怒られた。
 勝手に周りの兵士の武器でバリスタ組み立てたら、めっちゃ怒られたの」
「ウーシー」

 呆れたようにため息をつく。

「まーよかったよねえ。俺、生き残れた」
「当分動けないよ。わたしは骨折はなんともできない。
 整復してあるだけだ」
「さっすがー。グラントに会うまで生き残れば平気なんだ」

 笑った途端、胸が痛くて叫んだ。

「平気じゃない」

 静かだが、力をこめてグラントは叱る。

「無茶しないで。こんな時は全力で逃げてよ」
「先生は逃げるかな」

 旅立ったばかりのエリカのことを聞いた。
 グラントは一瞬黙る。

 エリカなら。

「逃げることもあるよ」

 本当は、そんな姿見たことがない。
 彼女はいつだって戦った。

「でも、どうしようもない状況だったら?」
「エリカなら賢い判断をする。生き残れる方に」
「グラントは?」
「逃げる。戦ったりしない」

 これは即答が来た。
 ウーシーはまた笑って、また悲鳴をあげる。
 騒がしいと嫌がられた。

 困ったように耳の後ろに触れた手に血がついている。

「グラント、ケガした?」

 尋ねると、ぱっと手を下げた。

 右手の小指の腹が縦に大きく裂けている。
 魔法で傷を縫い合わせているが、深い傷だった。



 結局、ウーシーは敵将を討ち取っていた。
 総大将と参謀を兼ねていた彼の宗派は瓦解した。

 ウーシーはサムと一緒に騎士団長に訴え出た。
 怪我の補償をしてもらえることになった。

 上官はどうなったのかは聞かない。
 興味なんてなかった。
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