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半輪の月を眺む
技術を商う島3
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やがて八人で海賊が戻ってきた。
幸い飛び道具を扱うものはいない。みんな手斧や棍棒だ。
窓が割れ、外から怒鳴られる。
グラントが扉をゆっくりと開けた。
行け、と外を指す。
「近づくな! 撃つよ!」
ウーシーの叫び声に海賊は束の間動きを止めた。
矢を番えて海賊を狙っている。
コンウェイは手枷の鎖をウーシーの首にかけて道をあとずさった。
海賊の一人が手斧を振り上げる。
「撃て」
即座にコンウェイが命じた。
それより一瞬早くウーシーが斧を持つ腕の外側を射る。
「彼が船に乗るまで動くな! 俺は殺されたくないから撃つからね!」
次の矢を装填した。
海賊は二手に分かれることにする。
六人が距離を保ちながらコンウェイを追い始めた。
残った海賊が宿を見る。
ずぶ濡れのまま中へ入ってきた。
グラントはべグリーを庇いながらホールの奥へ下がる。
「うちの売りもんを手助けしたな。
あいつが逃げたらおまえらを売ってやる」
海賊の一人が怒鳴った。
「商品だなんて知らなかった。ケガ人と思って介抱しただけだよ」
ベグリーが言うことは、全くの嘘でもない。
「巻き込まれたのはこちらの方です」
グラントは杖を海賊の方へ向けた。
「わたしたちは、そんなすぐに売り物にできるのですか?」
「できる。現物が島にありゃあ問題ない」
「ふうん……」
首を傾げながら、グラントは武器を掲げる海賊に放つ。
「大鷲、捕えろ」
空間いっぱいに翼が広がった。
人間より高さのある鷲が飛び出して片足にそれぞれ海賊の体を掴む。
賊の悲鳴は、大雨に紛れて外には漏れなかった。
「縛っておきましょう。手伝って」
床に転がった海賊の手から武器を取り上げて、グラントが催促する。
「この後、二人を見本市に帰してあげてもらえますか?
せっかく教えてもらったので、売りに出そうと思うんです。
ベグリーさんの名前で」
ベグリーは目を最大に見開いた。
「俺か? そんな……、やったことないよ」
「大丈夫です。売れたら、ベグリーさんの財産ですよ」
グラントは海賊の一人を幻術にかける。
仲間の名前を聞き出した。
コンウェイがいた場所をベグリーに伝える。
「では、わたしが代わりに登録に行きます」
ぐるぐる巻きの海賊二人をベグリーに託し、外に出た。
一方、船に着く直前、ウーシーの矢筒は空になっていた。
「階段を下ろしてくれ!」
鉄砦の頭領の声に、船員たちはすぐ従う。
「海賊に追われてる。ダルコは?」
「近くにおりますよ。声をかけてきます」
海の魔物の一人が水に飛び込んだ。
ウーシーは岸壁についた階段をコンウェイと上る。
「……何してるんです?」
どう見ても敵同士ではない様子に船員は首を傾げた。
階段を引き上げて、地上を確認する。
射られた体のどこかを庇いながら、人間たちが走ってきていた。
ダルコは沖に浮かぶ小舟に立っていた。
平素の気のいい顔ではない。
怒ったような表情だった。
海面から顔を出すのは少女のような姿の魔物である。
小舟は彼女のものだ。
配下の魔物が近づいてくるのを見ると、さっとイカの姿で海に飛び込む。
小舟はひとりでに流れ始めた。
「ダルコ、ウーシーが妙な諍いに巻き込まれています。
手枷をつけた人間に脅されたふりをして海賊から逃げてきました。
今船にいます」
戻りながら報告を受ける。
「おう。昨日のやつか」
イカは飛び上がって船の上へと乗った。
漁師の格好をした人間になって周りを見回す。
「ウーシー、何遊んでんだ?」
おかしそうに笑いながら尋ねた。
「もー、起き抜けからびっくりすることばっかりなんだよ」
ウーシーは人質に取られたままで説明した。
「コンウェイがグラントのとこに逃げてきちゃったんだ。
宿に海賊が押しかけて来たから船に逃げようと思ったの。
ラグラスがコンウェイに味方したってばれちゃいけないと思って。
で、俺が仮に盾にされてここに着いたってわけ」
「金貨六十枚だもんな」
ついでに他の人間の値段を聞いてみる。
子供は三十枚で、大人が五十枚。現役の職人がちょっと高くて、細い者と魔法使いが金貨二十五枚。
海賊の値踏みにウーシーが吹き出した。
敵に見えない方向に顔を伏せている。
きっとグラントはむっとする。
絶対後で教える。
「で。グラントは今、何してる?」
「さあ? 宿に入ってった海賊倒してるんだと思う」
ウーシーが足枷の紐を切って外した。
「とりあえずあれを捕まえる」
コンウェイも自由にして雨の当たらない櫓の下に座らせる。
「ダルコ、全員まとめて捕まえられる?
多分グラントは生かしておきたいんだよ」
「おう。任せろ」
ダルコは海に入った。
大きなイカの足が出てきて海賊をまとめて巻き取る。
「コンウェイと同じ島の人たちを何人連れてきた?
船はどれだ」
ウーシーが聞いた。
大雨の中でも彼の声はよく通る。
海賊たちはあっちこっちと指さした。
海の魔物をよく知っている。
賊たちはそれどころではなかった。
グラントが走ってくるのが見える。
ウーシーは船縁に手をついて出迎えた。
「グラントー。そっちの海賊たちはどうした?」
ずぶ濡れになった魔法使いは船の前までたどり着くと薄く笑う。
「登録所に登録してきた」
両の手を肩の高さに広げてみせた。
「海賊十人全員。登録主はベグリーさん。
終身雇用希望で、一人金貨三十枚」
海賊たちの顔がひきつる。
連れてきた島民は五人で、海賊の値段と同等になったからだ。
「いいんだろう? 勝手に襲って捕まえて値段をつけても。
ベグリーさんに捕まった海賊たちは、一人金貨三十枚で雇用される。
売られたくなかったら連れてきた島民を解放して帰れ。
……早くしないと、廉価なあなたたちに買い手がついてしまうよ」
それとね、とグラントは杖の石を海賊に差し向ける。
「彼の国では奴隷の売買が禁止されてた。
襲って商品にするなんてそもそも無効なんだ。
通報が行った。あなたたちが島に戻る頃には軍隊が来てる」
ダルコが意気消沈した海賊たちを離して人間の姿になった。
「どっちに転んでも厳しくなったなあ」
ひとのようではない目で海賊たちを観察し、笑う。
「命があるだけもうけもんだろ。もっと簡単な解決方法はたくさんあるんだ」
イカの魔物の囁きに、グラントはやめてというような視線を送った。
「署名できる人はこの中にいる? 船ですか?」
雨がいくぶん小さくなってきた。
「いないなら呼んできて。寒いから早くして。……走って」
とん、と杖が地面を突く。
海賊の一人が停泊する船の一つに声をかけた。
仲間は訳が分からないまま島民を桟橋に放り出す。
署名した者が暴れたのを倒して、グラントは登録所に連れて行った。
お互いに登録を削除する。
海賊には一刻以内の出港を言い渡した。
イカの魔物を恐れている様子だ。
きっと約束は守られる。
島民をラグラスで保護してから見本市に行った。
売買は中止になったと知らせると、海賊を解放したベグリーは本当に安心したように笑う。
「良かった。人の売り買いなんて。
本当に買い手がついてしまったらどうしようって、緊張した……」
「申し訳なかったです。ありがとうございます」
ラグラスの船に着くと、先に風呂で温まって着替えも済ませた親友がぬくぬくと出迎えた。
島民も同じようにしてストーブにあたっている。
グラントはちょっと待てと言われて毛布を巻かれた。
風呂の燃料がなくなった。
補充する間ウーシーから兵器の話を聞かされる。
せめてストーブの一番近くに陣取って、グラントはベグリーと背中を温めた。
宿の主はそんなに濡れてはいない。
ウーシーが話す武器を、コンウェイは作ったことがある様子だった。
ラグラスへ誘うが彼は一旦島へ帰りたいと言う。
「グラントたちは軍人なのか?」
コンウェイがふと思いついた疑問を口にした。
ウーシーが海賊の体の外側ばかり射たのは、わざとそこを狙ったと気づいている。
「違うよ?」
ウーシーは笑いながら首を振った。
「略奪とか小競り合いに慣れてるんだ。
軍人だったらもっとすげーよね。ズバーっとドカーンとしちゃう」
それは多分、レイの剣や、ケイレブの重量級な戦い方のこと。
彼らのように爵位を持ち、騎士として実績があれば、賊と堂々と切り合ったって正義が通る。
「俺たちは力のない者の切り抜け方を知ってるだけ」
「警吏も助けてくれないところで育ったから、いつもこんな感じだったんだよ」
「あ、でも今は力があったか?」
「いや、バレないように助けたかったんだ。
やはりただの人間だ」
「そうかー」
じゃあ仕方なかったなーとウーシーは天井を仰いだ。
沖合から先日会った本屋が流れてきた。
会えて良かったと言われ、首を傾げていると、本屋の前に巨大な海蛇が顔を出す。
「友だちに怒られて、探していたんだよ。
子どもの読むような本に銀貨十枚なんて悪どすぎるって」
青い鱗の蛇は黙って口を開けた。
魔法使いを催促しているようだ。
「お釣りはいりません」
グラントは銀貨を数枚差し出した本屋の主人に言う。
「その代わり、頼みを聞いてください。
船を失って困っている人たちがいます。
彼らを送り届けていただけませんか」
「いいよ。やろう」
老魔法使いが即答したのは、気がいいからか、自分の労力ではないからなのか。
島民たちに着替えと毛布を与えて見送った。
「そうだ。海で怖い魔物に出会ったら、ダルコを知ってると言え。
魔除けになるからな。イカの魔物ダルコの友だちだって言うんだぞ」
ダルコが大声で言う。
コンウェイはわかったというように手を挙げた。
「あれ、いいなあ」
ウーシーが船縁からきらきらした目で海蛇の本屋を見て、次にダルコを見上げる。
「あれできる?」
ざわっ、と、海の魔物たちの気配がひいた。
頭領であるダルコが承諾すれば、仲間の海蛇の運命が決まってしまう。
「どーかなー。やったことねえけど、そんなに良さそうじゃないな」
「そうかー」
奇人は諦めたようだ。
用が済んで、グラントが震えながら船室へ降りる。
寒気がしてきた。
雪なら払い落とせばいいが、雨はしみこんできて厄介だ。
翌日、ダルコが面接して買い物を終えた。
予算内で会計士を数人雇った。
隣国の兵士への就労規則はまた後日送ればいい。
ウーシーは山ほどしたメモを帰りに楽しそうに読んで聞かせた。
風邪をひいて寝こんでいるグラントの横で。
結局三日ほど寝ついて、やっとシェリーに会えた。
「これ」
ホールのテーブルで同時に本を差し出す。
笑った後、シェリーに先を譲った。
「グラントのおばあさまが載っている本」
シェリーが示したのは、稀少植物について書かれた本。
トーニャが教えてくれた。
世界で最も珍しい植物の中に、祖母がいる。
魔物の国で育つ最古の花だ。
時々人間の世界まで伸びて出てくる。
うまく接ぎ木できれば若木の時点で城ほども大きくなるそうだ。
植物学者の間では種や苗は高額の懸賞金がかけられている。
毒を放ち獲物をトゲに刺して養分を吸う。
幹は動かないが、枝葉は蛇のように素早く動いて捕獲に行く。
採取の時は危険を十分考慮に入れるように。
確かに、家庭内で最強の生き物は祖母だった気がする。
「わたしのは、エニが載っている本」
子ども向け、とあの魔法使いは言ったが、割と詳しく書いてあった。
魔法使いに生まれなかった者が魔法使いになるには、いくつか方法がある。
その一つが精霊に願うというもの。
古代の精霊エニ。
宿る石はこの世の全ての感情を吸い尽くしたような漆黒の色をしている。
エニは実際、魔法を授かった後その人間がどうなったのか知っていた。
運命が変わるとともにその者にも変化がある。
エニはそれが見たい。
恵みだろうと災いだろうと構わないのだ。
エニの授ける魔法は、その人に必要なもの。
魔力の量や質までも必要に適っている。
ただし、寿命が短い者には授けるのを拒否することがある。
面白くないことはしない精霊だった。
杖となるものは生まれついての魔法使いとは異なる。
身の回りの思い入れのあるものであることもあった。
霊力の宿った石であることもある。
魔法を授かった時に身近に存在したはずだから探すように。
祖母の花もエニも、ただの人が呼び出すのは容易ではない。
魔物の国から枝をひと挿し分けてもらうには、人間の命が二つ要る。
エニを呼び出すには、……。
「城ひとつ分の魔力……?」
どういう単位だ。
子ども向けにやさしい言葉で書いてあるのかもしれないが、余計伝わらない。
とにかく、エニを呼び出せるグラントの魔力の量は城ひとつ分なんだとわかった。
幸い飛び道具を扱うものはいない。みんな手斧や棍棒だ。
窓が割れ、外から怒鳴られる。
グラントが扉をゆっくりと開けた。
行け、と外を指す。
「近づくな! 撃つよ!」
ウーシーの叫び声に海賊は束の間動きを止めた。
矢を番えて海賊を狙っている。
コンウェイは手枷の鎖をウーシーの首にかけて道をあとずさった。
海賊の一人が手斧を振り上げる。
「撃て」
即座にコンウェイが命じた。
それより一瞬早くウーシーが斧を持つ腕の外側を射る。
「彼が船に乗るまで動くな! 俺は殺されたくないから撃つからね!」
次の矢を装填した。
海賊は二手に分かれることにする。
六人が距離を保ちながらコンウェイを追い始めた。
残った海賊が宿を見る。
ずぶ濡れのまま中へ入ってきた。
グラントはべグリーを庇いながらホールの奥へ下がる。
「うちの売りもんを手助けしたな。
あいつが逃げたらおまえらを売ってやる」
海賊の一人が怒鳴った。
「商品だなんて知らなかった。ケガ人と思って介抱しただけだよ」
ベグリーが言うことは、全くの嘘でもない。
「巻き込まれたのはこちらの方です」
グラントは杖を海賊の方へ向けた。
「わたしたちは、そんなすぐに売り物にできるのですか?」
「できる。現物が島にありゃあ問題ない」
「ふうん……」
首を傾げながら、グラントは武器を掲げる海賊に放つ。
「大鷲、捕えろ」
空間いっぱいに翼が広がった。
人間より高さのある鷲が飛び出して片足にそれぞれ海賊の体を掴む。
賊の悲鳴は、大雨に紛れて外には漏れなかった。
「縛っておきましょう。手伝って」
床に転がった海賊の手から武器を取り上げて、グラントが催促する。
「この後、二人を見本市に帰してあげてもらえますか?
せっかく教えてもらったので、売りに出そうと思うんです。
ベグリーさんの名前で」
ベグリーは目を最大に見開いた。
「俺か? そんな……、やったことないよ」
「大丈夫です。売れたら、ベグリーさんの財産ですよ」
グラントは海賊の一人を幻術にかける。
仲間の名前を聞き出した。
コンウェイがいた場所をベグリーに伝える。
「では、わたしが代わりに登録に行きます」
ぐるぐる巻きの海賊二人をベグリーに託し、外に出た。
一方、船に着く直前、ウーシーの矢筒は空になっていた。
「階段を下ろしてくれ!」
鉄砦の頭領の声に、船員たちはすぐ従う。
「海賊に追われてる。ダルコは?」
「近くにおりますよ。声をかけてきます」
海の魔物の一人が水に飛び込んだ。
ウーシーは岸壁についた階段をコンウェイと上る。
「……何してるんです?」
どう見ても敵同士ではない様子に船員は首を傾げた。
階段を引き上げて、地上を確認する。
射られた体のどこかを庇いながら、人間たちが走ってきていた。
ダルコは沖に浮かぶ小舟に立っていた。
平素の気のいい顔ではない。
怒ったような表情だった。
海面から顔を出すのは少女のような姿の魔物である。
小舟は彼女のものだ。
配下の魔物が近づいてくるのを見ると、さっとイカの姿で海に飛び込む。
小舟はひとりでに流れ始めた。
「ダルコ、ウーシーが妙な諍いに巻き込まれています。
手枷をつけた人間に脅されたふりをして海賊から逃げてきました。
今船にいます」
戻りながら報告を受ける。
「おう。昨日のやつか」
イカは飛び上がって船の上へと乗った。
漁師の格好をした人間になって周りを見回す。
「ウーシー、何遊んでんだ?」
おかしそうに笑いながら尋ねた。
「もー、起き抜けからびっくりすることばっかりなんだよ」
ウーシーは人質に取られたままで説明した。
「コンウェイがグラントのとこに逃げてきちゃったんだ。
宿に海賊が押しかけて来たから船に逃げようと思ったの。
ラグラスがコンウェイに味方したってばれちゃいけないと思って。
で、俺が仮に盾にされてここに着いたってわけ」
「金貨六十枚だもんな」
ついでに他の人間の値段を聞いてみる。
子供は三十枚で、大人が五十枚。現役の職人がちょっと高くて、細い者と魔法使いが金貨二十五枚。
海賊の値踏みにウーシーが吹き出した。
敵に見えない方向に顔を伏せている。
きっとグラントはむっとする。
絶対後で教える。
「で。グラントは今、何してる?」
「さあ? 宿に入ってった海賊倒してるんだと思う」
ウーシーが足枷の紐を切って外した。
「とりあえずあれを捕まえる」
コンウェイも自由にして雨の当たらない櫓の下に座らせる。
「ダルコ、全員まとめて捕まえられる?
多分グラントは生かしておきたいんだよ」
「おう。任せろ」
ダルコは海に入った。
大きなイカの足が出てきて海賊をまとめて巻き取る。
「コンウェイと同じ島の人たちを何人連れてきた?
船はどれだ」
ウーシーが聞いた。
大雨の中でも彼の声はよく通る。
海賊たちはあっちこっちと指さした。
海の魔物をよく知っている。
賊たちはそれどころではなかった。
グラントが走ってくるのが見える。
ウーシーは船縁に手をついて出迎えた。
「グラントー。そっちの海賊たちはどうした?」
ずぶ濡れになった魔法使いは船の前までたどり着くと薄く笑う。
「登録所に登録してきた」
両の手を肩の高さに広げてみせた。
「海賊十人全員。登録主はベグリーさん。
終身雇用希望で、一人金貨三十枚」
海賊たちの顔がひきつる。
連れてきた島民は五人で、海賊の値段と同等になったからだ。
「いいんだろう? 勝手に襲って捕まえて値段をつけても。
ベグリーさんに捕まった海賊たちは、一人金貨三十枚で雇用される。
売られたくなかったら連れてきた島民を解放して帰れ。
……早くしないと、廉価なあなたたちに買い手がついてしまうよ」
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「署名できる人はこの中にいる? 船ですか?」
雨がいくぶん小さくなってきた。
「いないなら呼んできて。寒いから早くして。……走って」
とん、と杖が地面を突く。
海賊の一人が停泊する船の一つに声をかけた。
仲間は訳が分からないまま島民を桟橋に放り出す。
署名した者が暴れたのを倒して、グラントは登録所に連れて行った。
お互いに登録を削除する。
海賊には一刻以内の出港を言い渡した。
イカの魔物を恐れている様子だ。
きっと約束は守られる。
島民をラグラスで保護してから見本市に行った。
売買は中止になったと知らせると、海賊を解放したベグリーは本当に安心したように笑う。
「良かった。人の売り買いなんて。
本当に買い手がついてしまったらどうしようって、緊張した……」
「申し訳なかったです。ありがとうございます」
ラグラスの船に着くと、先に風呂で温まって着替えも済ませた親友がぬくぬくと出迎えた。
島民も同じようにしてストーブにあたっている。
グラントはちょっと待てと言われて毛布を巻かれた。
風呂の燃料がなくなった。
補充する間ウーシーから兵器の話を聞かされる。
せめてストーブの一番近くに陣取って、グラントはベグリーと背中を温めた。
宿の主はそんなに濡れてはいない。
ウーシーが話す武器を、コンウェイは作ったことがある様子だった。
ラグラスへ誘うが彼は一旦島へ帰りたいと言う。
「グラントたちは軍人なのか?」
コンウェイがふと思いついた疑問を口にした。
ウーシーが海賊の体の外側ばかり射たのは、わざとそこを狙ったと気づいている。
「違うよ?」
ウーシーは笑いながら首を振った。
「略奪とか小競り合いに慣れてるんだ。
軍人だったらもっとすげーよね。ズバーっとドカーンとしちゃう」
それは多分、レイの剣や、ケイレブの重量級な戦い方のこと。
彼らのように爵位を持ち、騎士として実績があれば、賊と堂々と切り合ったって正義が通る。
「俺たちは力のない者の切り抜け方を知ってるだけ」
「警吏も助けてくれないところで育ったから、いつもこんな感じだったんだよ」
「あ、でも今は力があったか?」
「いや、バレないように助けたかったんだ。
やはりただの人間だ」
「そうかー」
じゃあ仕方なかったなーとウーシーは天井を仰いだ。
沖合から先日会った本屋が流れてきた。
会えて良かったと言われ、首を傾げていると、本屋の前に巨大な海蛇が顔を出す。
「友だちに怒られて、探していたんだよ。
子どもの読むような本に銀貨十枚なんて悪どすぎるって」
青い鱗の蛇は黙って口を開けた。
魔法使いを催促しているようだ。
「お釣りはいりません」
グラントは銀貨を数枚差し出した本屋の主人に言う。
「その代わり、頼みを聞いてください。
船を失って困っている人たちがいます。
彼らを送り届けていただけませんか」
「いいよ。やろう」
老魔法使いが即答したのは、気がいいからか、自分の労力ではないからなのか。
島民たちに着替えと毛布を与えて見送った。
「そうだ。海で怖い魔物に出会ったら、ダルコを知ってると言え。
魔除けになるからな。イカの魔物ダルコの友だちだって言うんだぞ」
ダルコが大声で言う。
コンウェイはわかったというように手を挙げた。
「あれ、いいなあ」
ウーシーが船縁からきらきらした目で海蛇の本屋を見て、次にダルコを見上げる。
「あれできる?」
ざわっ、と、海の魔物たちの気配がひいた。
頭領であるダルコが承諾すれば、仲間の海蛇の運命が決まってしまう。
「どーかなー。やったことねえけど、そんなに良さそうじゃないな」
「そうかー」
奇人は諦めたようだ。
用が済んで、グラントが震えながら船室へ降りる。
寒気がしてきた。
雪なら払い落とせばいいが、雨はしみこんできて厄介だ。
翌日、ダルコが面接して買い物を終えた。
予算内で会計士を数人雇った。
隣国の兵士への就労規則はまた後日送ればいい。
ウーシーは山ほどしたメモを帰りに楽しそうに読んで聞かせた。
風邪をひいて寝こんでいるグラントの横で。
結局三日ほど寝ついて、やっとシェリーに会えた。
「これ」
ホールのテーブルで同時に本を差し出す。
笑った後、シェリーに先を譲った。
「グラントのおばあさまが載っている本」
シェリーが示したのは、稀少植物について書かれた本。
トーニャが教えてくれた。
世界で最も珍しい植物の中に、祖母がいる。
魔物の国で育つ最古の花だ。
時々人間の世界まで伸びて出てくる。
うまく接ぎ木できれば若木の時点で城ほども大きくなるそうだ。
植物学者の間では種や苗は高額の懸賞金がかけられている。
毒を放ち獲物をトゲに刺して養分を吸う。
幹は動かないが、枝葉は蛇のように素早く動いて捕獲に行く。
採取の時は危険を十分考慮に入れるように。
確かに、家庭内で最強の生き物は祖母だった気がする。
「わたしのは、エニが載っている本」
子ども向け、とあの魔法使いは言ったが、割と詳しく書いてあった。
魔法使いに生まれなかった者が魔法使いになるには、いくつか方法がある。
その一つが精霊に願うというもの。
古代の精霊エニ。
宿る石はこの世の全ての感情を吸い尽くしたような漆黒の色をしている。
エニは実際、魔法を授かった後その人間がどうなったのか知っていた。
運命が変わるとともにその者にも変化がある。
エニはそれが見たい。
恵みだろうと災いだろうと構わないのだ。
エニの授ける魔法は、その人に必要なもの。
魔力の量や質までも必要に適っている。
ただし、寿命が短い者には授けるのを拒否することがある。
面白くないことはしない精霊だった。
杖となるものは生まれついての魔法使いとは異なる。
身の回りの思い入れのあるものであることもあった。
霊力の宿った石であることもある。
魔法を授かった時に身近に存在したはずだから探すように。
祖母の花もエニも、ただの人が呼び出すのは容易ではない。
魔物の国から枝をひと挿し分けてもらうには、人間の命が二つ要る。
エニを呼び出すには、……。
「城ひとつ分の魔力……?」
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とにかく、エニを呼び出せるグラントの魔力の量は城ひとつ分なんだとわかった。
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15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
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【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
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