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半輪の月を眺む
練習舞踏会2
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練習も三日目になると、領内から人が勝手にやってくるようになった。
練習のはずなのに本当の舞踏会みたいに参加費として手土産持参で来たりする。
城のキッチンには、ありえない量のレシピが集まった。
ひっつき虫をつけられることは少なくなった。
シェリーの当日の時間も大体決まってきて、目付係のやることリストがどんどん長くなる。
アリアは日中、ほとんどおぶさるようにしてグラントに本を聞かせていた。
都へ戻る日が近づいていて、今やってしまわなければならない仕事がある。
執務室でラグラスの経歴を読む領主のそばで、シェリーはトーニャから台帳を見せてもらった。
海砦、鉄砦、そして主城に、雇った会計士が着任している。
税金の計算のため、ラーポが忙しそうに資料を示して回った。
「城へ上がるのは、私とトーニャか?」
従者のリストを見てエルネストが確認する。
護衛として会場のぎりぎりまで一緒に来る仕事だ。
普段から城を取り仕切っている二人を連れていく。
城に上がるのは、その他にはポーターだ。
ラグラスの名を振り回して取引を得ようと目論んでいる。
「ラグラスはかつて公国のようだったって聞いたけれど。
その時は王都と頻繁にやりとりがあったんだね。
王様と関係は良かったの?」
昔の出納帳を読んでグラントが尋ねた。
「良い時もあれば、悪い時もある」
エルネストはトーニャと一瞬目を合わせる。
「王家が代々続いている国じゃないからな。
その時の情勢によって態度は変わる。
シェリーの家が王座に就いたのは、ニ代前の王だったか?」
トーニャもそのくらいだったと頷いた。
「その前の王家はラグラスを遠ざけて、西の辺境領ヘーレを優遇した。
あまりに差別が大きくて、ノルトエーデが蜂起したんだ。
その時に旗頭になったのがシェリーの先祖だった」
自分の血筋の話にシェリーは顔を上げる。
アリアが本を読むのを一旦やめた。
「ラグラスはヘーレへの援軍を断った。
中立軍として外の伯爵領の支援に回ったんだ。
貴族のほとんどがノルトエーデに味方して、今の王家がたった。
しばらくヘーレは都への出入りを制限されていたはずだ」
「今は?」
「現在の領主は一度城壁内に入ったことがある。
何十年ぶりかのことだったそうだ」
「ノルトエーデは、今の王家には優遇されていないね。なぜ?」
コーマックは私兵とあの土地を整備した。
それほど何もない、本当の荒地だった。
「辺境領の軍事力を警戒したんだ。
ノルトエーデには謝礼も補償もなかった。名誉を贈っただけだ。
ヘーレは技術開発を制限されて、交易には特別重い税金がかけられた」
ラグラスに領主を置かず放置していたのは、そういう理由なのか。
けれどそれでは、国防力が落ちる。
外敵はおろか、内乱にだって対応できなくなるのだ。
「ヘーレを許そうという流れになっているきっかけは、ちょっと前の戦争だ。
その当時、シュッツフォルトは他国と同盟を結んでいたんだ。
こっちの財力とあっちの軍事力で協定してな。
けれど、二十年ほど前に突然終わった。同盟国で内乱が起こり、政権が倒された」
グラントがこの国に来た時、戦争が終わったばかりだと大人たちが言っていた。
誰も勝敗を口にしなかった。
ただ終わったと教えてくれた。
「シュッツフォルトはあちこちに兵を分散して送っていて。
戦争が終わる少し前には王都に多国籍軍が攻め込んだ。
ヘーレを打ち破って入って来たんだよ。
全て明らかになったのは戦争が終わってからだ。
今の王家は一気に内向的になった。
城壁内に力を注ぎ、外国とのやりとりは控えている」
「それでは、お気に入りの領地を作らないものの、外の皆を冷遇しているということですか?」
シェリーが質問する。
自分の先代たちの行いに驚いていた。
「そうとられている可能性はある。
ラーポが、戦争が終わったその年に交易にかかる税金が二倍になったと叫んでいた」
外との連絡をしているラーポには衝撃だったんだろうな。
仕事が割増になってしまう。
グラントは大カラスのきりきり舞いを思い浮かべた。
グラントが来たばかりの頃、シュトラールには人がどんどん流れ込んできていた。
ジェロディはしょっちゅう襲撃に対応していた。
捨て子も多くて、大きい子たちが抱っこしながらそれぞれ口に入れるものを探していた。
スイートは子どもたちにとって救世主だった。
子どもを失った貴族たちが養子を求めたので、意外とジェロディに世話になったという人は多い。
「現王はどんな方なんだ」
エルネストが二人に聞いた。
まだ敵か味方かはかりかねている。
シェリーのことを不憫に思ってはいそうだった。
「臣民に心を寄せているか?
あまりに自分のことばかり考えている王の時には、内乱が起こる」
グラントは耳の後ろに触れた。
孫のよき友にと辺境伯領をくれた現王。
慈善活動に力を入れている第一王子。
好きなように暮らす第二王子。
同じように暮らす娘。
そしてシェリー。
次の王が誰になるのかは、思っているより重要なことなのかもしれない。
日没前。
頭からひっつき虫を山ほどつけられたグラントは早々にテラスに隠れていた。
領民はどうやら、講師の指示でグラントにひっつき虫をつける競技だと心得ている。
そうでないとこんなにくっつかない。
山脈の上の方を動いていた日がようやく沈みそうだ。
地平線近くに半月がある。
「取りましょうか? ひっつき虫」
シェリーに発見された。
「棘が刺さったら大変だから、いいよ。自分で取る」
ベル型のとげとげを空中に放る。
シェリーはカーテンに隠れるようにしてテラスに出て座った。
「手袋をしてるもの。大丈夫」
シェリーは手探りでグラントの背中を探し当てる。
真ん中の方にまだ結構あった。
「半月が出てる」
種が残る背中を払う。
「半輪の月」
シェリーの言葉にグラントは手を止めた。
そして小さく笑う。
「コーマック? じじいはシェリーにも言ったの?」
若い者はみな半輪の月だとじじいは言うのだ。
これから満ちていく。
「ノルトエーデ公は、なんでもやってみるようにと励ましてくれる」
「じじいはシェリーを気に入ってる」
「手紙は定期的にいただいてます」
短い言葉だが、コーマックはよく気遣ってくれていた。
「わたしには耳に痛い言葉だよ。
いつまで半輪なんだ。もしかして半分しかないのかって、言われることも多い」
「グラントは期待されてるの」
「あれは全方位に厳しいだけだと思う」
そう言った時、頭の上に影がさした。
「かくれんぼはしまいにしてください。
グラント、当日は隠れている時間などありませんよ」
講師に見つかった。
「さあ、意地悪も終わりです。
あとは楽しい舞踏会をしましょう」
肩を叩かれて、グラントはゆっくり立ち上がる。
シェリーを起こして室内へ戻った。
二拍子の曲が始まった。
ダルコの笑い声が聞こえてくる。
こうして様子を眺めているだけで楽しい気分になった。
ラグラスは出発したばかりで、今はどこに向かおうと前進になる。
この時に立ち会えたことは幸運だ。
領民でいっぱいのホール。
何人かがシェリーを抱えて踊りに混じっていく。
また来てくださいね、と声が聞こえた。
お帰りを待っていますから。
それがラグラスの別れの挨拶だ。
練習のはずなのに本当の舞踏会みたいに参加費として手土産持参で来たりする。
城のキッチンには、ありえない量のレシピが集まった。
ひっつき虫をつけられることは少なくなった。
シェリーの当日の時間も大体決まってきて、目付係のやることリストがどんどん長くなる。
アリアは日中、ほとんどおぶさるようにしてグラントに本を聞かせていた。
都へ戻る日が近づいていて、今やってしまわなければならない仕事がある。
執務室でラグラスの経歴を読む領主のそばで、シェリーはトーニャから台帳を見せてもらった。
海砦、鉄砦、そして主城に、雇った会計士が着任している。
税金の計算のため、ラーポが忙しそうに資料を示して回った。
「城へ上がるのは、私とトーニャか?」
従者のリストを見てエルネストが確認する。
護衛として会場のぎりぎりまで一緒に来る仕事だ。
普段から城を取り仕切っている二人を連れていく。
城に上がるのは、その他にはポーターだ。
ラグラスの名を振り回して取引を得ようと目論んでいる。
「ラグラスはかつて公国のようだったって聞いたけれど。
その時は王都と頻繁にやりとりがあったんだね。
王様と関係は良かったの?」
昔の出納帳を読んでグラントが尋ねた。
「良い時もあれば、悪い時もある」
エルネストはトーニャと一瞬目を合わせる。
「王家が代々続いている国じゃないからな。
その時の情勢によって態度は変わる。
シェリーの家が王座に就いたのは、ニ代前の王だったか?」
トーニャもそのくらいだったと頷いた。
「その前の王家はラグラスを遠ざけて、西の辺境領ヘーレを優遇した。
あまりに差別が大きくて、ノルトエーデが蜂起したんだ。
その時に旗頭になったのがシェリーの先祖だった」
自分の血筋の話にシェリーは顔を上げる。
アリアが本を読むのを一旦やめた。
「ラグラスはヘーレへの援軍を断った。
中立軍として外の伯爵領の支援に回ったんだ。
貴族のほとんどがノルトエーデに味方して、今の王家がたった。
しばらくヘーレは都への出入りを制限されていたはずだ」
「今は?」
「現在の領主は一度城壁内に入ったことがある。
何十年ぶりかのことだったそうだ」
「ノルトエーデは、今の王家には優遇されていないね。なぜ?」
コーマックは私兵とあの土地を整備した。
それほど何もない、本当の荒地だった。
「辺境領の軍事力を警戒したんだ。
ノルトエーデには謝礼も補償もなかった。名誉を贈っただけだ。
ヘーレは技術開発を制限されて、交易には特別重い税金がかけられた」
ラグラスに領主を置かず放置していたのは、そういう理由なのか。
けれどそれでは、国防力が落ちる。
外敵はおろか、内乱にだって対応できなくなるのだ。
「ヘーレを許そうという流れになっているきっかけは、ちょっと前の戦争だ。
その当時、シュッツフォルトは他国と同盟を結んでいたんだ。
こっちの財力とあっちの軍事力で協定してな。
けれど、二十年ほど前に突然終わった。同盟国で内乱が起こり、政権が倒された」
グラントがこの国に来た時、戦争が終わったばかりだと大人たちが言っていた。
誰も勝敗を口にしなかった。
ただ終わったと教えてくれた。
「シュッツフォルトはあちこちに兵を分散して送っていて。
戦争が終わる少し前には王都に多国籍軍が攻め込んだ。
ヘーレを打ち破って入って来たんだよ。
全て明らかになったのは戦争が終わってからだ。
今の王家は一気に内向的になった。
城壁内に力を注ぎ、外国とのやりとりは控えている」
「それでは、お気に入りの領地を作らないものの、外の皆を冷遇しているということですか?」
シェリーが質問する。
自分の先代たちの行いに驚いていた。
「そうとられている可能性はある。
ラーポが、戦争が終わったその年に交易にかかる税金が二倍になったと叫んでいた」
外との連絡をしているラーポには衝撃だったんだろうな。
仕事が割増になってしまう。
グラントは大カラスのきりきり舞いを思い浮かべた。
グラントが来たばかりの頃、シュトラールには人がどんどん流れ込んできていた。
ジェロディはしょっちゅう襲撃に対応していた。
捨て子も多くて、大きい子たちが抱っこしながらそれぞれ口に入れるものを探していた。
スイートは子どもたちにとって救世主だった。
子どもを失った貴族たちが養子を求めたので、意外とジェロディに世話になったという人は多い。
「現王はどんな方なんだ」
エルネストが二人に聞いた。
まだ敵か味方かはかりかねている。
シェリーのことを不憫に思ってはいそうだった。
「臣民に心を寄せているか?
あまりに自分のことばかり考えている王の時には、内乱が起こる」
グラントは耳の後ろに触れた。
孫のよき友にと辺境伯領をくれた現王。
慈善活動に力を入れている第一王子。
好きなように暮らす第二王子。
同じように暮らす娘。
そしてシェリー。
次の王が誰になるのかは、思っているより重要なことなのかもしれない。
日没前。
頭からひっつき虫を山ほどつけられたグラントは早々にテラスに隠れていた。
領民はどうやら、講師の指示でグラントにひっつき虫をつける競技だと心得ている。
そうでないとこんなにくっつかない。
山脈の上の方を動いていた日がようやく沈みそうだ。
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短い言葉だが、コーマックはよく気遣ってくれていた。
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いつまで半輪なんだ。もしかして半分しかないのかって、言われることも多い」
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講師に見つかった。
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こうして様子を眺めているだけで楽しい気分になった。
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この時に立ち会えたことは幸運だ。
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