ただの魔法使いです

端木 子恭

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Allied Forces

夏休みの終わり

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 宿題が終わらなかった。
 夏休みはもう終わるのに。

 都に近い大きな港から城壁が見えた瞬間にグラントは重くなった胸を押さえた。
 もう相談するしかない。
 ポーターならきっといい算段を持っている。

 港で目をぎょろっとむいているポーターと目が合った。
 グラントの顔つきを見て、ゆっくり一度頷く。
 怖い。

 先にシェリーを送り届けることにして、みんなでセリッサヒルヘ向かった。
 ラグラスから連れてきたのは、エルネストとトーニャ。以下数十名の魔物たちだ。
 みな人の姿をしている。
 ゾベルがそうだったように、普通にしていれば人間に見えた。

 丘への道中、グラントはなんとなく単騎で隊列の外側に位置取る。

「話しにくいんですね」

 会話のしづらい距離の馬車からバレットの家令が尋ねた。
 その通りなのでグラントは押し黙る。

 隊列の中程の馬車では、シェリーとアリアが楽しそうに会話していた。
 髪は短いままである。
 ズボンを穿いて身軽に歩く主人を見て留守役の家人は驚いた。
 目付係が鮮やかな睨みで黙らせていた。



「リケにもラグラスにも、資源はありませんでしたか?
 そんなはずはないですね。土地があるすなわち資源があるということです」

 バレットの家令はキッパリと言う。

「ラグラスは資源豊富だよ。
 薪は無限に手に入るし、鉱山がいくつもある。
 高炉も備わっていて、今は鉄道が走っていた。
 海砦の力で、海から人間が獲れないものを獲ってこられる」

 オーディの島での売れ行きは予約が入るほどだと聞いている。
 石炭も周辺の伯爵領に売りに行けば必ず売れた。

「では、なぜ定期的な取引を思いつかないのでしょう?」
「人がいなくて商品にできない。思った以上にいないんだ。
 土地は王都より大きいのに、人はシュトラールより少ない」
「……左様ですか」

 果たしてポーターは当てがあるような顔をした。

「心当たりに声をかけてみます。
 そういう理由なら大きな心配はいりません」

 そして彼は、不在の間にグラントの家ができたことを教えてくれた。
 福祉院も公園も出来上がって、人が集まっている。

 バレットとしてどこか組合に入れと誘われている。
 兵団の夏の軍服ができた。
 マントも作ったけどいる? と聞かれてお断りする。
 魔王の方が防御力があるから。
 ケープは得意げにはためいた。




 屋敷に帰ってみると、まずケリーの姿に驚いた。


「おかえりなさい」

 主人用の出入り口で出迎えたのは、小さい頃以来のドレス姿のケリーだった。

「ケリー、……」

 ただ懐いてくれていた頃のケリーを思い出して、言葉が出てこない。
 しかしすぐにその顔が不承不承なのに気がついた。

「……ドレス、嫌なの?」

 せっかく似合っている。けれど褒められても嬉しくなさそうだ。

「動けません」

 うめくように彼女は言う。

「重いです。背中が痛いです。裾が絡まってどうしても動けない」

 確かに裾が若干絞れていた。

「前にそっと蹴り出してごらん。進めるから」

 歯の間から声が漏れる。ケリーはようやくグラントの方に歩いてきた。
 その手を受け取ってから家政婦長を見る。

「ドレス以外は合格なんです」

 家政婦長は嘆息して話した。

「ケリーは作法もダンスも、きちんと勉強しましたよ。
 侍女として殿下に付き添うのになんの問題もありません。
 ドレスを着て動けないことを除いては」
「……」

 ドレスってそんなに高度な召し物だったんだ。
 グラントは驚いた顔でケリーを見つめる。

「すみません。あと、宿題も終わってないです。
 スカートに手間取っちゃって……」

 布に翻弄されている。
 強力な一撃を持つ魔法使いが。

 夏休みは概ね楽しかったと報告を受けた。
 学校の友だちとお泊まり会をした。
 孤児院の子たちを何日か住まわせてケリーもすごいって言ってもらった。
 庭に寝転んで日光浴していても怒られなかった。 
 そればかりかベンチを用意してもらった。



「このお嬢様の任務は護衛なんでしょう?」

 グラントの後ろから声をかけたのは、トーニャだった。

「護衛はドレスなど着ない。
 ……要は華やかな婦人に見えればよろしいのよね?」

 はっきりと確認する。
 グラントは慌てて辺境領の頭領として紹介した。

「彼女はトーニャ。ラグラスの湖城を守る頭領です。
 傍らにいるのはエルネスト。彼は昔から主城で領主と政務を執っています。
 舞踏会では共にシェリーを守ります。見知っておいてください」

 エルネストがトーニャの分まで丁寧にお辞儀をする。
 そんな儀礼に興味のない人魚はさっと腰を落とすとケリーの手を受け取った。

「ケリー。お弟子のお嬢様。
 私とシェリーであなたにお土産があるのよ。
 さあ、あなたの居室はどちら?」

 軽く抱き上げる。
 シェリーを肩に捕まらせると廊下へと歩き出した。

 トーニャこそ美しい刺繍の入った細身のドレスにかかとの高い靴である。
 ちょっと畏敬の念すら抱きながらグラントはその背中を見送った。

「申し訳ありません」

 家令には謝っておく。
 ナタリオの切れ長の目が怖い。

「いいえ」

 意外に彼の返答は柔らかかった。

「主のお姿には最初仰天致しましたが。
 お顔の様子がラグラスへ赴かれる前と違って生き生きされておいでです。
 よいご経験をなさったのでしょう。それが一番です」

 彼は運び込まれる荷物を目端に追う。

「私どもの準備は整っております。
 あとの戦力はいかがでしょうか?



 グラントの準備は。



 ナタリオの一言に百も質問を浴びせられた気分になった。

「……いま少し。わたしも宿題が終わっておりません」

 グラントが苦く眉を動かすのを、家令は黙って受けた。


 分かっているだけ良いということだろうか。
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