ただの魔法使いです

端木 子恭

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Allied Forces

牢獄の女王

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 失敗した。


 グラントは、シェリーを送り届けたあと、コーマックの元を訪れてしまったのだ。

 ラグラスから連れてきた馬は足が速く、持久力に優れている。
 魔物の血が混じっているのだ。
 それならじじいの顔を見て挨拶しても、夜中にはバレットに戻れるだろう。

 そう考えてしまった。



「その馬を置いて帰れ」



 グラントにとっての暴君、コーマック。
 なんでもないことのようにそう言ってのけた。

 一緒に来ていたエルネストのもよこせと言う。
 エルネストにとっては遠いというほどの距離でもないので彼は渡すつもりでいた。

「ゆっくりここに滞在する時間もないだろう? さっさと都に戻れ。
 私は三日後に都に行くからな。
 うちの女中長はまたグラントの家に泊まれると喜んでいる」
「また来るの? いや、女中長さんに会えるの嬉しいよ」

 無表情でグラントはじじいを見る。

「ジェロディがそっちに泊まれというから」
「……」

 師匠はどうあっても元上司を弟子に押し付けたい。

「グラントは夏の礼をすると言っていただろう。
 改まらなくていい。2頭の馬を置いていけ」

 繁殖させたいのだ。そして自分のトナカイの品種改良をしたい。
 魔物の血を引く頑丈な馬なら、ピッポグリフとも繁殖可能なのではないか。
 そんな仮説をコーマックは述べた。

 結局、また走って帰ることになった。
 夏だから気持ちのいい夜道だとじじいは白らかに言う。
 女中長から道中口に入れる用の丸パンをたくさんもらった。

 じじいのところに来るといつもこう。

 グラントがぼやくのを、エルネストは笑いながら聞いている。
 シュトラールに戻れたのは明け方だった。



 自分の部屋をもらったけれど、一刻ほどしか寝られなかった。
 グラントの好みをよく見抜いているポーターが指示をした建物である。
 輝くまで磨かれた石ではない、落ち着いた色調だ。

「出かけます」

 薄い本を1冊手にしたグラントは、兵舎の仕事部屋にいるポーターに声をかけて出る。
 シュトラールを出たところでフットマンを呼んだ。
 レイ、ケイレブ、アッシャーの元へ戻ったことを知らせにやる。
 あとで顔を出したいと言づてた。



 グラントが足を向けたのは牢獄だった。


 道すがら、何を渡そうか店を覗きながら歩く。
 もう夏の間に冬の賭博の件は刑が確定していた。


 これから何ヶ月は余罪の追及がある。


 グラントもその内に証言しなければならなかった。
 マーシャの弁護士から、春に行った賭博について関与を指摘されている。

 グラントはマーシャの活動なんて関知していなかった。
 フィンと協定を結んでいたことすら知らなかったのだし。

 それを証明すればいい。

 牢獄の警吏にマーシャとの面会を申し込んだ。
 すると、別の警吏がやってきて近くの医療院を示す。

「喧嘩騒ぎがあってね。その人は目が覚めていないんじゃなかったかな。
 ついさきじつのことだよ」


 グラントの出廷する裁判が延期になったことも併せて教えてくれた。
 礼を言って牢獄を出る。

 そのうち起こるだろうとは思っていた。
 マーシャはどうしたってぶつかる。
 犯罪者に負けることが大嫌いだから。




 医療院に行ってみると、入り口にカーテンがかかった部屋に案内された。

 ベッドに木のスツールをくっつけたらそれでもう幅いっぱいの狭い部屋。
 そこにマーシャが寝ている。

「マーシャ」

 声をかけると、大きく腫れた瞼が動いた。
 目が開かないだけで起きている。

「グラントだ。会いにきたよ」

 寝具の上に出ている手を握った。
 力は弱いものの握り返してくる。
 グラントはほっと息をついた。

「今、治すね」

 杖から僧侶が出てきてマーシャを診る。
 放置されていた傷がきれいになった。

 ただ眠っているだけのような顔にほっとする。
 
 五歳上のマーシャ。
 グラントが魔法で傷を塞げると知ってからは、ことあるごとにやってきた。
 治して治してって大声で騒ぐ。


 その傷を見るたびに心配になるのに、マーシャは喧嘩をやめなかった。

 

「喧嘩だって。マーシャ……」

 軽口を言おうとしたのに出てこない。
 まだ目を開けられない姉を見ていたら、喉が詰まった。

「……あんたの魔法、傷が塞がるだけでしばらく痛いんだから」

 掠れ声のマーシャが呟く。
 手を再び握り返された。

 グラントはいつの間にか伏せていた顔を上げる。

「泣かないの。
 あんたのせいでしょ」

 薄く目を開けて弟を探しながらマーシャは言った。
 ここにいると言うように、グラントは自分の頬にマーシャの手の甲を触れる。

「お菓子を買ってきたのだけど、食べられる?
 買い直してこようか? 何がいい?」
「要らない。口の中がまだ痛くて食べられないの」

 グラントはフットマンをひとり呼び出して水を持ってくるように言いつけた。
 水差しを持って歩いていく。 



「子どもの時みたいだった」



 マーシャは小さく笑った。
 通っていたのは王が福祉のために建てた無料の学校で、そこはあまり、いい人間は集まらなかった。

「みなしごだ、シュトラールだ、よそ者だって。
 あれに似てる。どうでもいいことで肩をぶつけ合うの」
「マーシャは強かったよね」

 7年生からのマーシャは無敵だった。
 グラントは思い出して笑い返す。

「あんたは絶対に戦ってくれないの。
 どうして? グラント。一緒に戦ってくれたら」

 その先はどう続けたらいいのだろう。
 マーシャは今でも迷うのだ。

 勇ましい男の子ならもう、三つ四つの頃から石を投げ始める。
 十二、三歳には立派な戦力になる子だってざらだ。

 強い力を持っているくせに、グラントは人に攻撃するのを嫌がる。

 グラントにどうして欲しかったのだろう。
 本当は自分はどうしたかったのだろう。

 大人になるのを急いで、その答えは出ないままだ。



「……笑えるの。牢獄ではね、私の罪は程度が低いんだって」

 マーシャは人を破滅させはしたけれど、直接命を奪ってはいない。

「だからやってやったんだ。
 シュトラールをなめないでほしいってのよ。ねえ? グラント」


 また、マーシャは仲間には親切にしたのだ。 
 礼儀正しく、刑務官には気を配って。
 敵の勢力と相対していく。


「マーシャはシュトラールの親玉だったんだもの」
「そうよ。殺し屋だかなんだか知らないけど、所詮はただの嫌なやつ。
 器の小さいいじめっ子だった」
「……やっつけたの…?」

 マーシャは少し言葉を切って、視界を辿るとグラントを見つけた。

「もちろん。もう私をいじめようなんてやつはいない」

 弟の目を見て頷く。

「だからもう平気。私は今や、牢獄の女王」

 あまりに似合いの称号で、グラントは肩を揺らして笑った。

「マーシャ、やっぱりマーシャだ……」

 グラントはマーシャの手を胸の上に揃えた。
 フットマンが吸い口を取り出して水差しから水を注ぐ。
 マーシャは一気に飲んでから長く息を吐いた。



 持ってきた本を握らせる。

「読んで。短い話だけど、示唆に富んでる」
「説教くさい寓話はいや」
「時間あるでしょ。ここらでわたしの趣味にも一度くらい付き合ってよ」
「グラントがいつ私の趣味に付き合ってくれた?
 あんた一回も賭けにきてくれなかったじゃない」
「巻き上げられるってわかっててどうして行けるんだ。
 蟻地獄だって分かってたらアリだって近づかないよ」
「グラントはありんこ以下よ」
「結構です」

 うっそりとケガ人を見やってから、グラントはゆっくりその巻き毛に手をかざした。

「冬に来た女の子、素性はもう知っている?」

 マーシャは本をとんとんと弾ませる。

「知らないけど、伯爵家の娘じゃなかったんでしょ?
 その子のせいでヤキが回ったのよね」
「どんな方だった?」

 グラントのその言い方に、マーシャは力の入らない息を呑んだ。

 その口調に感じ取ってしまった。
 相当に身分が高い娘だったのだ。
 
「悪い子じゃないの。なんていうか、世間知らず。それだけよ。
 ケリーだってそうでしょ? 世の中の人間の基準はグラント」

 グラントが視線を外して小さく唸る。
 マーシャはそれを見て一瞬にやりと笑った。

「あの娘はゲームが好きなのね。のめり込んじゃう性格をしてる。
 興に乗ってくると自分を見失ってしまうくらい。 
 それで、余計なことまで喋り出しちゃうの。本当に子どもだった」
「余計なこと?」
「そう。奉公先の話よ。時々王宮に出入りするくらいの貴族についてるって。
 誰も詮索してないのに、貴族や高官の秘密を喋っちゃうんだから」
「ふうん……」

 やはり、性格は父君寄り。
 楽しいのが最優先なのだ。

「ねえ、マーシャ。どうして」

 ずっと聞きたかった質問を、グラントは口にしてみる。

「どうして、その子を帰らせなかったの?」

 素性は分からなくても、明らかに子どもだって知っていたはずだ。
 素知らぬふりをして参加させたのが親切心だとは思えない。

 だって彼女は

「ケリーと同じ年頃の子どもを、どうして危ない賭け事に巻き込んだの?」
「ケリーと同じ年頃だったからよ」

 マーシャは壁の方に顔を背けて答えた。

「貴族に生まれたってだけでね。不公平だなあと思っちゃったの。
 私が必死でケリーに与えたもの。
 それ以上のものが生まれながらにあったんだもの」
 
 でもね、と付け加えるときにはグラントを振り返る。

「私が考えたよりも、勝手に泥沼へ突っ込んで行ったのは彼女。
 自分で勝手に引き返せないところへ走っていった」
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