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昔話
舟幽霊1
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ジョニール伯爵領から受け取った葡萄の残骸を燃やす時期が来た。
今年は夏の気温が高かった。
そのため記録的に葡萄の収穫が短期間で済んだ。
グラントはバレルと一緒に集積場の産廃物を燃やしている。
「グラント、蒸留酒ってのは、蒸留してすぐ出荷するのではなくて……」
一生懸命酒造について語っている。
この話はおよそ百万回くらい聞いていた。
ジョニールの酒樽にしばらく取りついた礼に樽をひとつもらっている。
それをちょっとずつ飲みながら、中年の男性の姿をした精霊は機嫌良く話した。
働いている主人のそばで。
「バレルはいつも誰かと楽しく飲んでいるけれど、何かコツがあるの?」
初対面の人間と打ち解ける才能のない魔法使いは尋ねる。
バレルはあるよあるよと頷いた。
「精霊の力を使うさ」
「どんなふうに?」
精霊の答えはちょっとだけ不穏な色をしている。
「秘密を聞く」
木の枝をくり抜いたカップを覗き込んだ。
樽から新たな酒を継ぎ足す。
「秘密を話してってバレルに言われると、人間は従ってしまうの?」
「俺が取りついた樽の酒を飲んだ人間だけな」
酒を旨くするだけじゃないと分かってもらえて、バレルはさらに機嫌を良くした。
「今年聞いたすごい秘密は何?」
主に聞かれて、おっさんの精霊はしばし考える。
「怖い体験をした人間がいたなあ。
春先のことだよ。グラントは貿易島に出かけたろ?
行きの船で聞いた話が、なんだか恐ろしいんだが哀れで」
「誰から?」
夜通しあちこちに顔を出しては盛り上がっていた精霊を見やった。
「グイドだ」
聞かなくていいかな。
即、耳を塞ぎかねない主を、バレルは手で制す。
「いやいや、今の彼とは別の、同じ名の別人だと思って。
その頃の彼はまだ子どもだった。な?」
「なんで聞かせたいの」
「だってグラントが聞いたんだから」
主に請われたら、応えねばならないのだ。
「……」
うっそりと、燃えていく葡萄の残渣を見つめる主に、バレルは話しだした。
暦の終わる日だった。
グイドは宴の始まりそうな領主の家を訪れていた。
そこの一人息子は同い年で、友だちだ。
大勢で騒ぐのが苦手な彼を自宅で過ごさせるために迎えに来たのである。
幼い頃から見知った館だ。
家人の案内などいらない。
ホールにも玄関前にも今日はテーブルの上に大皿が乗っている。
ここは島嶼国の中の島だ。
これから領主の家には島中の人間が挨拶に訪れる。
年末に労いを受けるためにだ。
領主の息子ヨーランは父母に似ず、つきあいや接待が苦手だった。
小さな頃からいつも、遊びに来ていたグイドのかげに隠れる。
勝手が分かる家なので代わりに客を案内することもあった。
少しくせのある黒髪を束ねているが、不精のせいでたいてい伸びかけている。
鬱陶しい前髪の下からのぞく目も夜闇のように黒い。
背が伸びる時期だからと大きめのセーターを編んでもらったのは昨年のことだ。
なのにヨーランはまだ小さいままで、袖だけが伸びている。
グイドは春が来て十五になったら、彼の家で働くことになっていた。
腕っぷしの強いグイドは館の護衛の見習いになる。
本当は島を出て、ちゃんとした騎士団の騎士に奉公したいのだ。
でもそれはすぐには叶いそうにない。
「ヨーラン。行けるか?」
部屋をノックして尋ねた。
中からまだ少し高い声が返ってくる。
「もう宴会が始まりかけてる。
早く出ないと巻きこまれるぞ」
「うん。今出る」
小さなリュックを背負ってヨーランが出てきた。
グイドを見上げる目は穏やかで、子どもっぽい。
「行こう」
どちらともなく言って館を出た。
「ヨーランがさ」
同い年には見られない友だちに、道々グイドはぼやく。
「もうちょっとだけ宴会に出られる性格なら、俺だって大人の陰でご馳走食べたりできるのにな」
陰に入るサイズではない。
大人と同じ重さの剣が振るえるグイドは嘆息した。
「日暮れには帰るから、その時食べて行って」
ヨーランは小さく笑うが、日暮れ以降はより興に乗った大人たちが絡んでくる。
グイドはきっと落ち着いて食べられないのだ。
領主の土地が終わると畑のない市街地になる。
ちょっと先はもう港だ。
この島は海の養殖業で生計を立てている。
特に貝が盛んで、世話をするための小さな舟が多数あった。
水辺を通り過ぎるとすぐ商店の並ぶ通りになる。
その中にグイドの家はあった。
二階が自分の部屋になっている。
窓からは通りやその先の港が見えた。
粗悪な剣を武具立てに差して、グイドはキッチンをのぞく。
宴会に出られない息子のために親が食料を置いていってくれていた。
ヨーランは全く手がかからない。
本を持たせておけば何時間だって座っていた。
グイドは時々何かの話をして、飽きたらそばで昼寝していればいい。
今だって一人で椅子に腰かけていた。
リュックの中から持ってきた本を選ぶ。
興味があるのは気象学。
いったいどういう学問なのかは分からない。
隣に座ってページを覗き込む。
「グイドは島を出たかったんでしょ?
いいの? うちで働くの嫌なんじゃないの?」
そんな質問をする将来雇い主になるであろう相手を、グイドは少し笑って見た。
「嫌だ」
歯を見せて冗談のように答える。
「だから一生懸命働く。俺はひと一倍仕事するつもりだ。
早く金を貯めてここを出ていくからな。
ヨーランもたくさん用事を言いつけろ。で必ず駄賃をはずめ」
「じゃあさ、僕の護衛をしてよ」
グイドの真似をして同じ笑い方をする。
ヨーランは隣に座る友だちを小さな笑顔で見上げた。
「僕は大人になる前にどこかへ勉強に出る。
その時グイドが一緒に来て」
「ヨーランの護衛? って、従者みたいな仕事か?」
「そうだよ」
「わがまま言わないならなあ……」
「言ったことないよ」
二人でヨーランの素行を思い返す。
グイドを傷つけるようなわがままは一度もなかった。
ただ、苦手なことを「お願い」と言って代わらせることは多かった気がする。
わがままだったんじゃないかってことになった。
夕刻、ヨーランを送って行った。
土地の門を潜った時、大人の怒鳴り声がしてヨーランが竦む。
「……」
彼を背中に庇って グイドはちょっと先をうかがった。
様子のおかしい男が大人二人を相手に掴みかかっている。
「ねえ、グイド。あそこを通りたくない」
ヨーランが泣きそうな声で言った。
よく耳をすませば奥の方からも何か大声が聞こえる。
「怖い。今は戻りたくない。
お願い。グイドの親が帰ってくるまで、家に居させて」
仕方がないので引き返した。
市街地が妙に静かに感じる。
港にも人影はなく、いくら年末だからって、おかしな光景だった。
グイドの両親はなかなか帰って来ない。
残りの食料を口に入れたり、ヨーランを宥めている間に夜中になった。
島の様子はますますおかしい。
家の前の通りを、言い争う人間たちが通り過ぎていくようになった。
「どうしたのかな……」
明かりを消して、二階の窓から島の様子を眺める。
ヨーランは心細そうに呟いた。
「どうしてこんなに多くの人が喧嘩してるの」
喧嘩なのか。
グイドの耳にはどうも違う言葉も入ってくる。
「ごちそう、って言ってる奴もいないか?」
よく見ると連れ立って歩く人間もいるのだ。
標的を見つけると嬉しそうに声を上げる。
掴みかかられた方が悲鳴をあげた。
「酔っ払い? それにしては変だよな」
市街地がところどころ明るく照らされる。
どこかの家に火がついたと分かった。
なんの叫びか判然としない。
「扉を確かめてくる」
グイドは一階に下りて戸締りを確認した。
武器を装着して、暗い室内から通りの人間を観察する。
ようやく両親が帰ってくるのが見えた。
連れ立って歩いている。
よかった。
家族の様子はおかしな感じはしない。
ほっとして表の扉を開けた。
ところが、両親の口からこぼれた言葉に硬ばった。
「ごちそう……」
声は親のものだが、親ではない。
直感的にそう察して扉を閉めようとした。
外からかけられた指を挟みこんでしまう。
ケガをさせてしまったと怯んだ目は、次の瞬間には険しくなった。
「魔物だ!」
二階のヨーランに知らせる。
扉からのぞく指は痩せて黒々していた。
人間のものじゃない。
引きとめておけなくなった戸板が開いた。
両親の肩に小さな魔物が乗っている。
母の方に乗っている魔物は指をなくして転げ落ちるところだった。
通りの人間たちの方にも同じように乗っかっている。
極限まで痩せた小さな人間に見えた。
「ヨーラン、逃げよう!」
二階からようやく物音がする。
グイドは剣を抜いて父に取り憑くものの頸を刺し貫いた。
肩の魔物はあっさりと落ちる。
伏した両親の様子を見るに、もう諦めなければならないようだった。
魔物はまだ生きている。
からだを損じてはしばらく動けなかった。
下りてきたヨーランを抱えるようにして通りを走った。
誰が魔物で、誰が無事なのか判別しにくい。
こんなのは初めて見た。
人間を狩る魔物。
夕刻には見えなかったが、きっとあの頃から侵入されていたのだ。
「館に戻ろう」
はっきり言って足手纏いな領主の息子を見下ろす。
せめて自分で走れと背中を叩いた。
怯えた目と視線が合って、グイドは苛立ったように眉を寄せる。
「戦えよ! あの魔物は弱いぞ。頭をぶっ叩け!」
武器を全く携帯していないヨーランは小さく首を振った。
グイドはそのへんに倒れている者から棒切れを取り上げる。
「ほら!」
武器を押しつけて、館を再び目指し始めた。
すぐに後ろから「痛い」と聞こえて振り返る。
魔物に食べられかけていた。
舌打ちして、取りついた人間ごと両断する。
無理に剣を振るったせいで折れてしまった。
「しょうがないな、ヨーランは!」
棒切れを受け取って苛々とヨーランの肩を掴む。
「離れるな」
友だちを抱え、棒を振り回して小さな魔物を叩き落としていった。
今年は夏の気温が高かった。
そのため記録的に葡萄の収穫が短期間で済んだ。
グラントはバレルと一緒に集積場の産廃物を燃やしている。
「グラント、蒸留酒ってのは、蒸留してすぐ出荷するのではなくて……」
一生懸命酒造について語っている。
この話はおよそ百万回くらい聞いていた。
ジョニールの酒樽にしばらく取りついた礼に樽をひとつもらっている。
それをちょっとずつ飲みながら、中年の男性の姿をした精霊は機嫌良く話した。
働いている主人のそばで。
「バレルはいつも誰かと楽しく飲んでいるけれど、何かコツがあるの?」
初対面の人間と打ち解ける才能のない魔法使いは尋ねる。
バレルはあるよあるよと頷いた。
「精霊の力を使うさ」
「どんなふうに?」
精霊の答えはちょっとだけ不穏な色をしている。
「秘密を聞く」
木の枝をくり抜いたカップを覗き込んだ。
樽から新たな酒を継ぎ足す。
「秘密を話してってバレルに言われると、人間は従ってしまうの?」
「俺が取りついた樽の酒を飲んだ人間だけな」
酒を旨くするだけじゃないと分かってもらえて、バレルはさらに機嫌を良くした。
「今年聞いたすごい秘密は何?」
主に聞かれて、おっさんの精霊はしばし考える。
「怖い体験をした人間がいたなあ。
春先のことだよ。グラントは貿易島に出かけたろ?
行きの船で聞いた話が、なんだか恐ろしいんだが哀れで」
「誰から?」
夜通しあちこちに顔を出しては盛り上がっていた精霊を見やった。
「グイドだ」
聞かなくていいかな。
即、耳を塞ぎかねない主を、バレルは手で制す。
「いやいや、今の彼とは別の、同じ名の別人だと思って。
その頃の彼はまだ子どもだった。な?」
「なんで聞かせたいの」
「だってグラントが聞いたんだから」
主に請われたら、応えねばならないのだ。
「……」
うっそりと、燃えていく葡萄の残渣を見つめる主に、バレルは話しだした。
暦の終わる日だった。
グイドは宴の始まりそうな領主の家を訪れていた。
そこの一人息子は同い年で、友だちだ。
大勢で騒ぐのが苦手な彼を自宅で過ごさせるために迎えに来たのである。
幼い頃から見知った館だ。
家人の案内などいらない。
ホールにも玄関前にも今日はテーブルの上に大皿が乗っている。
ここは島嶼国の中の島だ。
これから領主の家には島中の人間が挨拶に訪れる。
年末に労いを受けるためにだ。
領主の息子ヨーランは父母に似ず、つきあいや接待が苦手だった。
小さな頃からいつも、遊びに来ていたグイドのかげに隠れる。
勝手が分かる家なので代わりに客を案内することもあった。
少しくせのある黒髪を束ねているが、不精のせいでたいてい伸びかけている。
鬱陶しい前髪の下からのぞく目も夜闇のように黒い。
背が伸びる時期だからと大きめのセーターを編んでもらったのは昨年のことだ。
なのにヨーランはまだ小さいままで、袖だけが伸びている。
グイドは春が来て十五になったら、彼の家で働くことになっていた。
腕っぷしの強いグイドは館の護衛の見習いになる。
本当は島を出て、ちゃんとした騎士団の騎士に奉公したいのだ。
でもそれはすぐには叶いそうにない。
「ヨーラン。行けるか?」
部屋をノックして尋ねた。
中からまだ少し高い声が返ってくる。
「もう宴会が始まりかけてる。
早く出ないと巻きこまれるぞ」
「うん。今出る」
小さなリュックを背負ってヨーランが出てきた。
グイドを見上げる目は穏やかで、子どもっぽい。
「行こう」
どちらともなく言って館を出た。
「ヨーランがさ」
同い年には見られない友だちに、道々グイドはぼやく。
「もうちょっとだけ宴会に出られる性格なら、俺だって大人の陰でご馳走食べたりできるのにな」
陰に入るサイズではない。
大人と同じ重さの剣が振るえるグイドは嘆息した。
「日暮れには帰るから、その時食べて行って」
ヨーランは小さく笑うが、日暮れ以降はより興に乗った大人たちが絡んでくる。
グイドはきっと落ち着いて食べられないのだ。
領主の土地が終わると畑のない市街地になる。
ちょっと先はもう港だ。
この島は海の養殖業で生計を立てている。
特に貝が盛んで、世話をするための小さな舟が多数あった。
水辺を通り過ぎるとすぐ商店の並ぶ通りになる。
その中にグイドの家はあった。
二階が自分の部屋になっている。
窓からは通りやその先の港が見えた。
粗悪な剣を武具立てに差して、グイドはキッチンをのぞく。
宴会に出られない息子のために親が食料を置いていってくれていた。
ヨーランは全く手がかからない。
本を持たせておけば何時間だって座っていた。
グイドは時々何かの話をして、飽きたらそばで昼寝していればいい。
今だって一人で椅子に腰かけていた。
リュックの中から持ってきた本を選ぶ。
興味があるのは気象学。
いったいどういう学問なのかは分からない。
隣に座ってページを覗き込む。
「グイドは島を出たかったんでしょ?
いいの? うちで働くの嫌なんじゃないの?」
そんな質問をする将来雇い主になるであろう相手を、グイドは少し笑って見た。
「嫌だ」
歯を見せて冗談のように答える。
「だから一生懸命働く。俺はひと一倍仕事するつもりだ。
早く金を貯めてここを出ていくからな。
ヨーランもたくさん用事を言いつけろ。で必ず駄賃をはずめ」
「じゃあさ、僕の護衛をしてよ」
グイドの真似をして同じ笑い方をする。
ヨーランは隣に座る友だちを小さな笑顔で見上げた。
「僕は大人になる前にどこかへ勉強に出る。
その時グイドが一緒に来て」
「ヨーランの護衛? って、従者みたいな仕事か?」
「そうだよ」
「わがまま言わないならなあ……」
「言ったことないよ」
二人でヨーランの素行を思い返す。
グイドを傷つけるようなわがままは一度もなかった。
ただ、苦手なことを「お願い」と言って代わらせることは多かった気がする。
わがままだったんじゃないかってことになった。
夕刻、ヨーランを送って行った。
土地の門を潜った時、大人の怒鳴り声がしてヨーランが竦む。
「……」
彼を背中に庇って グイドはちょっと先をうかがった。
様子のおかしい男が大人二人を相手に掴みかかっている。
「ねえ、グイド。あそこを通りたくない」
ヨーランが泣きそうな声で言った。
よく耳をすませば奥の方からも何か大声が聞こえる。
「怖い。今は戻りたくない。
お願い。グイドの親が帰ってくるまで、家に居させて」
仕方がないので引き返した。
市街地が妙に静かに感じる。
港にも人影はなく、いくら年末だからって、おかしな光景だった。
グイドの両親はなかなか帰って来ない。
残りの食料を口に入れたり、ヨーランを宥めている間に夜中になった。
島の様子はますますおかしい。
家の前の通りを、言い争う人間たちが通り過ぎていくようになった。
「どうしたのかな……」
明かりを消して、二階の窓から島の様子を眺める。
ヨーランは心細そうに呟いた。
「どうしてこんなに多くの人が喧嘩してるの」
喧嘩なのか。
グイドの耳にはどうも違う言葉も入ってくる。
「ごちそう、って言ってる奴もいないか?」
よく見ると連れ立って歩く人間もいるのだ。
標的を見つけると嬉しそうに声を上げる。
掴みかかられた方が悲鳴をあげた。
「酔っ払い? それにしては変だよな」
市街地がところどころ明るく照らされる。
どこかの家に火がついたと分かった。
なんの叫びか判然としない。
「扉を確かめてくる」
グイドは一階に下りて戸締りを確認した。
武器を装着して、暗い室内から通りの人間を観察する。
ようやく両親が帰ってくるのが見えた。
連れ立って歩いている。
よかった。
家族の様子はおかしな感じはしない。
ほっとして表の扉を開けた。
ところが、両親の口からこぼれた言葉に硬ばった。
「ごちそう……」
声は親のものだが、親ではない。
直感的にそう察して扉を閉めようとした。
外からかけられた指を挟みこんでしまう。
ケガをさせてしまったと怯んだ目は、次の瞬間には険しくなった。
「魔物だ!」
二階のヨーランに知らせる。
扉からのぞく指は痩せて黒々していた。
人間のものじゃない。
引きとめておけなくなった戸板が開いた。
両親の肩に小さな魔物が乗っている。
母の方に乗っている魔物は指をなくして転げ落ちるところだった。
通りの人間たちの方にも同じように乗っかっている。
極限まで痩せた小さな人間に見えた。
「ヨーラン、逃げよう!」
二階からようやく物音がする。
グイドは剣を抜いて父に取り憑くものの頸を刺し貫いた。
肩の魔物はあっさりと落ちる。
伏した両親の様子を見るに、もう諦めなければならないようだった。
魔物はまだ生きている。
からだを損じてはしばらく動けなかった。
下りてきたヨーランを抱えるようにして通りを走った。
誰が魔物で、誰が無事なのか判別しにくい。
こんなのは初めて見た。
人間を狩る魔物。
夕刻には見えなかったが、きっとあの頃から侵入されていたのだ。
「館に戻ろう」
はっきり言って足手纏いな領主の息子を見下ろす。
せめて自分で走れと背中を叩いた。
怯えた目と視線が合って、グイドは苛立ったように眉を寄せる。
「戦えよ! あの魔物は弱いぞ。頭をぶっ叩け!」
武器を全く携帯していないヨーランは小さく首を振った。
グイドはそのへんに倒れている者から棒切れを取り上げる。
「ほら!」
武器を押しつけて、館を再び目指し始めた。
すぐに後ろから「痛い」と聞こえて振り返る。
魔物に食べられかけていた。
舌打ちして、取りついた人間ごと両断する。
無理に剣を振るったせいで折れてしまった。
「しょうがないな、ヨーランは!」
棒切れを受け取って苛々とヨーランの肩を掴む。
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友だちを抱え、棒を振り回して小さな魔物を叩き落としていった。
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