ただの魔法使いです

端木 子恭

文字の大きさ
113 / 175
昔話

Wald 1

しおりを挟む
 
 現王、ローガンがまだ第四王子と呼ばれていた頃。

 年の離れた長兄ホルストは武人としても高名で、民心も掴んでいた。
 その子息にも男児がある。
 ローガンは自分に王座など巡ってくることはないと信じきっていた。
 
 父王は同盟を傘に意気軒昂である。
 
 ローガンは戦地へ派遣されるたびに薬草を探した。

 長子ダヴィのために薬効のある植物を求めていた。
 もう大人だからそんなことはいらないと言われながら。
 小さい頃の様子を思い出してつい探してしまう。

 次子ジャックスは天真爛漫が直らない。
 しきたりでバロールに見習い騎士として入団した。
 もと王族の伯爵家へ預けている。
 甘やかされていることは明らかだった。
 
 戦など早くおしまいになればいいと思う。
 もう国内に余力は残っていない。
 二年前に都を襲撃されたのは、国内に残る兵力がなかったせいだ。

 辺境領を長年きちんとしてこなかったせいもある。

 そのことで父王と長兄は度々口論していた。
 先代の事情を見ていた王は、それを汲まないホルストを快く思えなくなっている。

 





 森の中を、バロールの軍服を着た魔法使いが走っていた。
 季節は夏だが、月の半ばを過ぎたこの頃はもう暑くはない。
 しかし束ねた栗色の髪の下からいく筋も汗が流れ落ちた。

「ガンナー! 止まれえええっ!」

 森の道を外れ、高い崖を登っていく刈り上げ頭に叫ぶ。
 彼は商人の様な格好で逃げていた。



 後輩が牢獄を脱走してまだ発見されていない。

 そう耳打ちされたのは今朝だった。
 すでに何日も経っている。

 今日中には上司が隊を率いて都に戻ることになっていた。
 自分がふらふらと森に出かけるわけにはいかない。

 そこをどうにか捕まえて連れ戻してくれないかと請われた。



 無理だ。
 面倒であることだし。



 そう答えようとして次の瞬間、杖を握ることになった。

 

 もう面会に来られなくて残念だねって、ジェロディに伝えてくれる?



 それがガンナーの襲った警吏への言伝だった。
 
 
 任務の合間に確かに牢獄へ足を運んだ。
 一度だって彼は顔を出さなかったが。

 行きたくて行ったはずがない。

 ただ理由が知りたかった。
 どこか、ガンナーは本意ではない犯罪を続けていたのではないかと思っていた。

 そんな思いやりを揶揄って逃げた。
 肚の雷管を刺激するのに十分だった。




「なんで魔法使いのくせに腕力あるんだよっ!」

 言っても仕方がないが、悔しそうにジェロディは地面を踏む。
 崖の上に出たガンナーは、その目をジェロディに向けた。
 灰色の瞳は笑っている。

 かぁっと頬が上気した。
 ジェロディの杖の黄色い石が日を受けて光る。

「絶っっ対、逃がさん」

 ガンナーの周りの木々が動き出した。
 ジェロディの求めに応じて精霊たちが協力している。

「捕縛!」

 命じられた刹那に木の精霊たちはガンナーを枝に絡め取っていた。





「くっそ、走るなよ……」
「年とったから?」

 魔法使い用の手枷をかけられて、ガンナーはまだ余裕そうに軽口を叩く。
 夜営を余儀なくされて兵士たちが慌ただしく木を切ったり枝を払ったりしていた。

「これ、昔っから気になってたんだ。
 どういう仕組み?」

 枷を歯で齧ってみながらガンナーが聞く。
 これをされている間は杖を握っても魔力が外に出ないのだ。

「機密」

 だるそうにジェロディは答える。


 数年前にガンナーは逮捕された。


 誘拐や暗殺など多くの犯罪への関与が疑われた。
 現在確定しているのは誘拐が数件のみだ。

 犯罪組織の頭、ボロの依頼で働いていたという。

 同じ隊にいながらジェロディはそんなこと露ほども疑わなかった。
 見習いの頃から目をかけていた魔法使い。
 きっと自分より強くなると信じていた青年が。

 犯罪者。

 シュトラールに住居を移していたのもその時知った。
 騎士団に入団したての頃、父親が戦死したとは聞いていた。
 生活は大変そうだったが、前向きであるように見えたのに。

「早く帰んないとじいさん都に戻ってきちゃうんだよ。
 おまえどうしてそんな時に脱走すんの?」
「へーえ。コーマック隊長いまどこ?」

 つい昔のように話しそうになって、ジェロディはぐっと口を結ぶ。

「機密」

 ぎゃはは、と破れたようにガンナーは笑った。

 木の枝で屋根のついたテントに寝転ぶ。
 牢獄の中で髪を切る機会などなかったはずだ。
 だが彼は身ぎれいにしている。
 協力者がいたか、または魔法でひとを操ったかだ。



 先日、事実上戦争は終わったのだ。



 同盟国でこの夏、反乱が起きた。
 政権が変わり、同盟は破棄されている。

 主軸を失ってはシュッツフォルトも戦を続けられなかった。
 コーマックは戦地から引き揚げてくる。

 その直後、終戦を宣言する書類に調印するため王太子とともに出国する。
 ジェロディもその隊に名を連ねている。

 間に合わなかったら置いて行かれる。
 そしてコーマックは雷の如く怒るだろう。

 三十路の心にそれはきつい。

「いいなあ。相変わらず隊長と仲良いんだ」
「羨ましいなら犯罪すんな」
「それほど羨ましくもないかな。隊長怖い」
「単純に犯罪すんな」
「付き合いって、あるじゃない?」

 軽口では負けない元部下に、忌々しげに眉を顰めた。

「シュトラールなんかに頼りやがって」

 その言いぐさにガンナーは笑い方を変える。
 先ほどまでの懐かしむような色に、冷たいものが混じった。

「俺を助けてくれたのはあそこだけだったんで」

 それには大いに異を唱えたいジェロディが何か言いかける。
 けれどそのまま口を閉じた。

 いまならほんの少し分かる。
 二十歳のガンナーの孤独が。
 
 まだ入団したてのガンナーは言い出せなかったのだ。

 父親が実は逃亡の懲罰で最前線に送られて亡くなったこと。
 そのため年金が出ないこと。
 母親の無理難題に窮していること。
 下の兄弟たちにまだこれから教育費がかかること。

 ジェロディもまだ稚拙であった。
 手を差し伸べていたつもりが、ガンナーは余計に頑なになっていた。

 気がつけば家族を人質に取られたような状態だった。
 ボロの命令だと言われれば、シュトラール中の人間の命令を拒めなくなっていた。

 それを、ガンナーひとりの弱さだと思ってしまった。


「夜が明けたらすぐに出るからな。
 とっとと寝てしまえ」

 ジェロディは吐き捨てる。
 揶揄うような言葉が返ってきた。 

「腹が減って寝られねえよ。なんか出して」
「走り回ったおまえが悪い」

 まるで逮捕なんてなかったかのようなこの態度が苛立たしい。

 ガンナーが同じ騎士団の人間に捕らえられるまで、本当に疑わなかった。
 枷をかけられた瞬間の、その目を見るまでは。

 なるほどな。

 連行される背中を見送って思った。

 とっくに犯罪者だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

処理中です...