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くずれゆく森
お客様
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雪解けがまだ少し先の季節。
ノルトエーデの温泉街からセリッサヒルに向けて機関車が走っていた。
雪が積もってはいるがもう新しくはない。
降っては昼の日の暖かさに溶け、夜の間に凍る。
それを繰り返して雪の壁は日に日に低く固くなった。
ラグラスでは大砦からヘイゼルの油井の間に鉄道が通っている。
海砦と森砦の間に小さな街が作られた。
ほとんどヘイゼルのラグラス支店だと手紙にある。
倉庫も出来上がった。
ヘイゼルが滞在中に一度オーディの島まで行ってみた。
天候は良く、波も冬にしては荒くはない。
だが、人間の船員では帆を操るのも舵を取るのも難しかった。
これは作戦を立て直さなければならない。
冬の石油は暖かい季節の何倍の価格で売れた。
その一点は非常に満足していたそうだ。
セリッサヒルもいい報告がある。
ノルトエーデで募ったお茶会の参加者が思うより多かった。
ナタリオやリゼットの了承を得て、予定より早く開業している。
シェリーの屋敷には週に一度、十名程度のお客様がやってくるのだ。
夫婦で参加することが多い。
家人が交代で内装の説明を担当した。
やはり勤務年数の長いナタリオが人気。
シェリーはまだ少しの時間だけ顔を出して話をするくらいだった。
目の見えないシェリーと、セットでいるアリアは、おおむね観光客に歓迎された。
建材の説明などは家人の方を頼られる。
お茶会で提供するお茶やお菓子。
屋敷内の建材や家具など。
それらを気に入った客は注文することができる。
城壁側への鉄道の運転士には、春の訪れとともにレシャクが就いた。
「魔法使いのシェリー、儲かってるか?」
最初にそのような口をきいて、一緒に来たラーポにまた叱られていた。
注文が入ったら、シェリーが都の商品組合長セスのところへ注文票を届けに行く。
その折にはダヴィの図書館に寄って、館も訪ねた。
雪がすっかり溶けてしまい、昼間は外套もいらなくなった頃だ。
ナタリオはある男性の客人に目をとめた。
これで幾度めかの参加者である。
男性一人での参加は珍しく、記憶に残った。
いつも少しの時間だけお茶に同席する主人と一言交わしている。
今日だって笑顔で何か話していた。
凛々しい顔つきをして、声も聞き心地よい。
背丈はシェリーとあまり変わらない。
体格を見ると剣を習った人のようだ。
藍色の上着はどこかの騎士団の制服だろう。
初めに気がついた時にナタリオは尋ねてみた。
新居の参考に来たのかと。
そのような事情ですと小さく笑って答えていた。
ウィラードというその名に不穏さを感じながら、ナタリオは客を見つめた。
杖をつくシェリーと話している。
他の客は3階の客用の階を見て回っていた。
夫婦連れ立って会話する声が聞こえる。
解説を求められ、家令は階段を登って行った。
シェリーはもう覚えてしまったウィラードの声に頷いて話を聞いている。
彼はグラントと同じ年で、騎士団の団長を務めていると言った。
とはいえ規模は小さい。
盾と剣しかないような騎士団だそうだ。
彼は古い城に住んでいる。
「殿下のお屋敷は隅々まで暖かいですね。
私の城はどうも、隙間風でも入ってきているのでしょう。
いつもどこもうっすらと寒いのです」
声には苦笑が混じった。
彼が動くと花の香りがする。
「家人の方は数が揃っておられますか?
この屋敷だって以前は寒かったのです。
屋敷の大きさに対して人の手が足りなかったせいだと」
「それはあるかもしれません。
最近人が減りました」
シェリーを呼ぶ家人の声がする。
客に断りを入れて彼女はキッチンへ向かった。
「あのお客様、これで何度目でしょうかしら」
キッチン係が誰にともなく聞く。
声には笑いが含まれていた。
「主人、お名前は聞いたのですか?」
ラーポのくれたお茶を数種類淹れる。
彼は各地からお茶を集めるのが趣味だ。
シェリーの事業に際してもいくつかを譲ってくれている。
今日は焼き菓子が届いた。
キッチンの奥から甘い匂いが漂う。
「お伺いしてません」
試飲用のお茶を一口飲んでシェリーは答える。
「いつもお話ししてらっしゃるのに」
「名乗るほど長くお話ししてませんでしたから。
それに屋敷の内装を気に入っていらっしゃってるだけの方ですよ」
焼き菓子を合わせてお茶を決めた。
リゼットがトレイを持ってキッチンへ来る。
「シェリー殿下、あのお客様」
「そのお話を今していたところです」
くすくす笑いでキッチン係が教えた。
「いま、ナタリオさんと話しこんでいらっしゃいますよ。
ナタリオさんは難しいお顔です」
キッチンから何人かが覗きに行く。
シェリーと同じ年頃の婦人方は興味津々で階段の踊り場を見上げた。
深く腰を折る家令に、尚も説得するような客人。
「何のお話でしょう」
「家令さん、困ってますよ」
「主人ともっとお話がしたいのではないですか?」
弾む声が飛び交う。
「私に聞いても詳しくないことはすぐ分かるのですが……」
「内装の話ではありませんよ」
きっと、とリゼットは言った。
その表情はキッチン係と違って心配そうである。
「もしかして外国の名家の方なら、シェリー殿下に興味がおありでしょう」
「……」
シェリーまで、階段の方を伺った。
声が聞こえないものかと一同静かになる。
聞こえてきたのはナタリオの咳払いだった。
蜘蛛の子のようにキッチン奥へ散る。
「良い方のようですよ。
主人と似たようなお髪の色で、お顔の作りは凛々しくていらっしゃる。
背筋もぴんとしてらして頼れそうではありませんか?」
キッチン係は声を潜めて説明した。
リゼットは嗜めるようにトレイを持たせる。
「まだお客様のご用事も分かりません」
そっと階段を見た。
二人が降りてくるところだった。
急いでテーブルをやってしまわないといけないと奥の焼き菓子を取りに行く。
皿に乗せているところへナタリオがやってきた。
キッチン係に二人分の用意をさせて主人の執務室に運ばせる。
それからシェリーに声をかけた。
「申し訳ありません。主人にお会いしたいと申される方を執務室へお通しいたしました」
その口ぶりで、ただ内装を見にきた客人ではないと悟る。
頷くと執務室へ歩き出した。
花の香りを感じる。
人影が廊下へ出てきてシェリーの隣に立った。
「お時間をありがとうございます、殿下」
耳障りの良い声の中に何か決心めいたものがうかがえる。
執務室の中に立つ人の中から重い物の音がした。
エルネストの配下が警護についている。
「あなたのご身上をうかがってもよろしいですか?」
応接のためのテーブルに共について尋ねた。
客はウィラードと名乗る。
「ヴァルトの城主を少し前に継ぎました。
爵位の継承は儀式もなく王の承認もないまま報告だけ済ませました。
だから誰も私の姿を知らないでしょう」
シェリーの緊張に、魔物の兵士がいち早く身構えた。
「夏の舞踏会では、王は私のことを何と紹介されましたか?
私の心としては、シェリー殿下にお会いしたかったのですが。
祖父が追放にあってから二十年です。
まだ都へは入らないでほしいと言いつけを受けました」
責めているような雰囲気ではない。
決心の正体はこれであったろうか。
身の上を明らかにしようと決めて今日ここを訪れた。
「大変な失礼を承知で申し上げます。
公爵ご本人であるという証はございますか」
シェリーの問いに、ウィラードは何か首から外してテーブルに置く。
「祖父の認識票です。
表は家紋になっています。裏に祖父の名が彫られている。
どうぞ、触ってお確かめください」
小さなプレートの上に家紋があった。
裏にも何か文字が刻まれている。
そばの兵士を呼んで確かめてもらうと、言われた通りだと答えた。
家紋は雪の結晶を模したもの。
六角形の角がある。
シェリーは礼を言ってウィラードにそれを返した。
「お話とは、どういったことでしょうか」
鳩尾が落ち着かない。
硬い声にウィラードは笑った。
「何も畏まったお話をしにきたわけではないのです」
認識票を再び首にかけながら言う。
「私は、許しを待つのをやめました。
……それほど物騒な話ではなく。
こうしてこっそり親戚を訪ねるくらい、してみようかと思い立った」
椅子の背もたれに身を預ける音がした。
ウィラードからは少なくとも今、害意は感じられない。
ヴァルトの城主は楽しそうに森の話をした。
祖父や父がどんな生活をしていたか。
都の人はどう噂をしているか知らないが、割と馴染んでいた。
家族だけの暮らしはまあまあ平穏であった。
交流は禁じられていたが、外の伯爵たちは何くれと構ってくれた。
そういうわけで、寂しさは感じなかったのだ。
「殿下の生活はあまりに不憫でした」
自分の話がひと段落した頃、和らいできたシェリーの顔を見ながらウィラードは切り出す。
「私は、子どもの時分より殿下の話を聞き知っていたのです。
同じような境遇の方がいるのだと案じておりました。
私は家族が一緒におりましたが、あなたは一人でいらした」
「お心を砕いていただいて恐縮です。
今はこうして仲間にも恵まれていて、明日のことを考えるのが楽しい」
「何よりです」
背を伸ばして答えるシェリーに彼は笑みを深くした。
「仲間のことについて、一つ述べておきたいことがあります」
声が少しだけ近くに寄る。
「あの冬のことです」
シェリーはウィラードの方をまっすぐに見た。
魔法を授かった前の冬のことだ。
グラントと会った、生活が一変した冬。
「私は兵を率いてここへ訪れるつもりでおりました。
あなたをヴァルトに連れて行こうとしていたのです。
もう最低限の手さえ届いていなかった。
あれでは冬は越せないと危惧して。
なんの偶然か魔法使いに先を越されました」
ウィラードは笑っていたが、その声の感じに笑うような和やかさはない。
「しかもその後を放っておいたせいで殿下は危険な目にあわれた」
「巡り合わせは分からないものです。
あの冬の冒険があったから、私の現在があります」
「私が先にここへ来ていたら、危険を冒さずとも安心して暮らせる冬を提供できました」
強く言い切る根拠があるようだ。
ウィラードはシェリーの自覚に誤りがあると言わんばかりである。
「夏にお会いして話せると思っていたので、これまでは黙っていたのです。
今この機会にお願いを聞いてください。
一度、私が先に来ていたらと考えてみて。
隊を率いて、あなたをお連れするのです。
冬、凍えた都の中を、堂々と通ってヴァルトへ帰る。
王族を名乗って」
あの嵐に来たのがウィラードであったら?
シェリーは黙った。
三日の間、この方はどう過ごされた?
一緒に過ごして、どんな話をしただろうか。
今日のことを考えるのに精一杯だったシェリーに。
寄り添ってくれただろうか。
今を満たすのを、一緒に待ってくれたのだろうか。
シェリーが立ち上がるまで、そばで待ってくれただろうか。
急に連れて行かれては、シェリーは戸惑うばかりだったに違いない。
手を引かれるままに赴く森はどんな世界だったろう。
森
「いつ誰と出会うかは競争ではありませんから。
そのようなことは考えても詮無いことです」
シェリーはそう答えた。
「確かに」
ウィラードも冗談のような口調になって言い添える。
「けれど覚えておいてください。
あなたを助けようとしていた者は他にもいた」
丘の様子や、シェリーの生活の話になった。
本当に今は不便なく支えてもらっている。
そのことをウィラードは興味深そうに聞いていた。
今は客を招く事業だが、ゆくゆくは体の不自由なものに役立つことがしたい。
保養施設の運営や介助用品などの事業ができたら。
そのためにも貿易の島や外国の様子を見に行きたい。
夢をたくさん持つようになった。
それが一番嬉しいことなのだ。
ウィラードは首肯しながら聞いていた。
大きな共感を持って。
自分で立ち上がったその一人として。
公爵が帰るという頃には、もう観光客を乗せた機関車は出てしまっていた。
ひとりで帰れるという彼を、シェリーと家人たちは扉の前で見送った。
「またお伺いします。
きちんと連絡を先によこしますから」
その言葉にナタリオは困った顔を隠さない。
丘を降り始めたウィラードに一同お辞儀した。
その一瞬。
一瞬のうちに、彼の姿は消えていた。
ノルトエーデの温泉街からセリッサヒルに向けて機関車が走っていた。
雪が積もってはいるがもう新しくはない。
降っては昼の日の暖かさに溶け、夜の間に凍る。
それを繰り返して雪の壁は日に日に低く固くなった。
ラグラスでは大砦からヘイゼルの油井の間に鉄道が通っている。
海砦と森砦の間に小さな街が作られた。
ほとんどヘイゼルのラグラス支店だと手紙にある。
倉庫も出来上がった。
ヘイゼルが滞在中に一度オーディの島まで行ってみた。
天候は良く、波も冬にしては荒くはない。
だが、人間の船員では帆を操るのも舵を取るのも難しかった。
これは作戦を立て直さなければならない。
冬の石油は暖かい季節の何倍の価格で売れた。
その一点は非常に満足していたそうだ。
セリッサヒルもいい報告がある。
ノルトエーデで募ったお茶会の参加者が思うより多かった。
ナタリオやリゼットの了承を得て、予定より早く開業している。
シェリーの屋敷には週に一度、十名程度のお客様がやってくるのだ。
夫婦で参加することが多い。
家人が交代で内装の説明を担当した。
やはり勤務年数の長いナタリオが人気。
シェリーはまだ少しの時間だけ顔を出して話をするくらいだった。
目の見えないシェリーと、セットでいるアリアは、おおむね観光客に歓迎された。
建材の説明などは家人の方を頼られる。
お茶会で提供するお茶やお菓子。
屋敷内の建材や家具など。
それらを気に入った客は注文することができる。
城壁側への鉄道の運転士には、春の訪れとともにレシャクが就いた。
「魔法使いのシェリー、儲かってるか?」
最初にそのような口をきいて、一緒に来たラーポにまた叱られていた。
注文が入ったら、シェリーが都の商品組合長セスのところへ注文票を届けに行く。
その折にはダヴィの図書館に寄って、館も訪ねた。
雪がすっかり溶けてしまい、昼間は外套もいらなくなった頃だ。
ナタリオはある男性の客人に目をとめた。
これで幾度めかの参加者である。
男性一人での参加は珍しく、記憶に残った。
いつも少しの時間だけお茶に同席する主人と一言交わしている。
今日だって笑顔で何か話していた。
凛々しい顔つきをして、声も聞き心地よい。
背丈はシェリーとあまり変わらない。
体格を見ると剣を習った人のようだ。
藍色の上着はどこかの騎士団の制服だろう。
初めに気がついた時にナタリオは尋ねてみた。
新居の参考に来たのかと。
そのような事情ですと小さく笑って答えていた。
ウィラードというその名に不穏さを感じながら、ナタリオは客を見つめた。
杖をつくシェリーと話している。
他の客は3階の客用の階を見て回っていた。
夫婦連れ立って会話する声が聞こえる。
解説を求められ、家令は階段を登って行った。
シェリーはもう覚えてしまったウィラードの声に頷いて話を聞いている。
彼はグラントと同じ年で、騎士団の団長を務めていると言った。
とはいえ規模は小さい。
盾と剣しかないような騎士団だそうだ。
彼は古い城に住んでいる。
「殿下のお屋敷は隅々まで暖かいですね。
私の城はどうも、隙間風でも入ってきているのでしょう。
いつもどこもうっすらと寒いのです」
声には苦笑が混じった。
彼が動くと花の香りがする。
「家人の方は数が揃っておられますか?
この屋敷だって以前は寒かったのです。
屋敷の大きさに対して人の手が足りなかったせいだと」
「それはあるかもしれません。
最近人が減りました」
シェリーを呼ぶ家人の声がする。
客に断りを入れて彼女はキッチンへ向かった。
「あのお客様、これで何度目でしょうかしら」
キッチン係が誰にともなく聞く。
声には笑いが含まれていた。
「主人、お名前は聞いたのですか?」
ラーポのくれたお茶を数種類淹れる。
彼は各地からお茶を集めるのが趣味だ。
シェリーの事業に際してもいくつかを譲ってくれている。
今日は焼き菓子が届いた。
キッチンの奥から甘い匂いが漂う。
「お伺いしてません」
試飲用のお茶を一口飲んでシェリーは答える。
「いつもお話ししてらっしゃるのに」
「名乗るほど長くお話ししてませんでしたから。
それに屋敷の内装を気に入っていらっしゃってるだけの方ですよ」
焼き菓子を合わせてお茶を決めた。
リゼットがトレイを持ってキッチンへ来る。
「シェリー殿下、あのお客様」
「そのお話を今していたところです」
くすくす笑いでキッチン係が教えた。
「いま、ナタリオさんと話しこんでいらっしゃいますよ。
ナタリオさんは難しいお顔です」
キッチンから何人かが覗きに行く。
シェリーと同じ年頃の婦人方は興味津々で階段の踊り場を見上げた。
深く腰を折る家令に、尚も説得するような客人。
「何のお話でしょう」
「家令さん、困ってますよ」
「主人ともっとお話がしたいのではないですか?」
弾む声が飛び交う。
「私に聞いても詳しくないことはすぐ分かるのですが……」
「内装の話ではありませんよ」
きっと、とリゼットは言った。
その表情はキッチン係と違って心配そうである。
「もしかして外国の名家の方なら、シェリー殿下に興味がおありでしょう」
「……」
シェリーまで、階段の方を伺った。
声が聞こえないものかと一同静かになる。
聞こえてきたのはナタリオの咳払いだった。
蜘蛛の子のようにキッチン奥へ散る。
「良い方のようですよ。
主人と似たようなお髪の色で、お顔の作りは凛々しくていらっしゃる。
背筋もぴんとしてらして頼れそうではありませんか?」
キッチン係は声を潜めて説明した。
リゼットは嗜めるようにトレイを持たせる。
「まだお客様のご用事も分かりません」
そっと階段を見た。
二人が降りてくるところだった。
急いでテーブルをやってしまわないといけないと奥の焼き菓子を取りに行く。
皿に乗せているところへナタリオがやってきた。
キッチン係に二人分の用意をさせて主人の執務室に運ばせる。
それからシェリーに声をかけた。
「申し訳ありません。主人にお会いしたいと申される方を執務室へお通しいたしました」
その口ぶりで、ただ内装を見にきた客人ではないと悟る。
頷くと執務室へ歩き出した。
花の香りを感じる。
人影が廊下へ出てきてシェリーの隣に立った。
「お時間をありがとうございます、殿下」
耳障りの良い声の中に何か決心めいたものがうかがえる。
執務室の中に立つ人の中から重い物の音がした。
エルネストの配下が警護についている。
「あなたのご身上をうかがってもよろしいですか?」
応接のためのテーブルに共について尋ねた。
客はウィラードと名乗る。
「ヴァルトの城主を少し前に継ぎました。
爵位の継承は儀式もなく王の承認もないまま報告だけ済ませました。
だから誰も私の姿を知らないでしょう」
シェリーの緊張に、魔物の兵士がいち早く身構えた。
「夏の舞踏会では、王は私のことを何と紹介されましたか?
私の心としては、シェリー殿下にお会いしたかったのですが。
祖父が追放にあってから二十年です。
まだ都へは入らないでほしいと言いつけを受けました」
責めているような雰囲気ではない。
決心の正体はこれであったろうか。
身の上を明らかにしようと決めて今日ここを訪れた。
「大変な失礼を承知で申し上げます。
公爵ご本人であるという証はございますか」
シェリーの問いに、ウィラードは何か首から外してテーブルに置く。
「祖父の認識票です。
表は家紋になっています。裏に祖父の名が彫られている。
どうぞ、触ってお確かめください」
小さなプレートの上に家紋があった。
裏にも何か文字が刻まれている。
そばの兵士を呼んで確かめてもらうと、言われた通りだと答えた。
家紋は雪の結晶を模したもの。
六角形の角がある。
シェリーは礼を言ってウィラードにそれを返した。
「お話とは、どういったことでしょうか」
鳩尾が落ち着かない。
硬い声にウィラードは笑った。
「何も畏まったお話をしにきたわけではないのです」
認識票を再び首にかけながら言う。
「私は、許しを待つのをやめました。
……それほど物騒な話ではなく。
こうしてこっそり親戚を訪ねるくらい、してみようかと思い立った」
椅子の背もたれに身を預ける音がした。
ウィラードからは少なくとも今、害意は感じられない。
ヴァルトの城主は楽しそうに森の話をした。
祖父や父がどんな生活をしていたか。
都の人はどう噂をしているか知らないが、割と馴染んでいた。
家族だけの暮らしはまあまあ平穏であった。
交流は禁じられていたが、外の伯爵たちは何くれと構ってくれた。
そういうわけで、寂しさは感じなかったのだ。
「殿下の生活はあまりに不憫でした」
自分の話がひと段落した頃、和らいできたシェリーの顔を見ながらウィラードは切り出す。
「私は、子どもの時分より殿下の話を聞き知っていたのです。
同じような境遇の方がいるのだと案じておりました。
私は家族が一緒におりましたが、あなたは一人でいらした」
「お心を砕いていただいて恐縮です。
今はこうして仲間にも恵まれていて、明日のことを考えるのが楽しい」
「何よりです」
背を伸ばして答えるシェリーに彼は笑みを深くした。
「仲間のことについて、一つ述べておきたいことがあります」
声が少しだけ近くに寄る。
「あの冬のことです」
シェリーはウィラードの方をまっすぐに見た。
魔法を授かった前の冬のことだ。
グラントと会った、生活が一変した冬。
「私は兵を率いてここへ訪れるつもりでおりました。
あなたをヴァルトに連れて行こうとしていたのです。
もう最低限の手さえ届いていなかった。
あれでは冬は越せないと危惧して。
なんの偶然か魔法使いに先を越されました」
ウィラードは笑っていたが、その声の感じに笑うような和やかさはない。
「しかもその後を放っておいたせいで殿下は危険な目にあわれた」
「巡り合わせは分からないものです。
あの冬の冒険があったから、私の現在があります」
「私が先にここへ来ていたら、危険を冒さずとも安心して暮らせる冬を提供できました」
強く言い切る根拠があるようだ。
ウィラードはシェリーの自覚に誤りがあると言わんばかりである。
「夏にお会いして話せると思っていたので、これまでは黙っていたのです。
今この機会にお願いを聞いてください。
一度、私が先に来ていたらと考えてみて。
隊を率いて、あなたをお連れするのです。
冬、凍えた都の中を、堂々と通ってヴァルトへ帰る。
王族を名乗って」
あの嵐に来たのがウィラードであったら?
シェリーは黙った。
三日の間、この方はどう過ごされた?
一緒に過ごして、どんな話をしただろうか。
今日のことを考えるのに精一杯だったシェリーに。
寄り添ってくれただろうか。
今を満たすのを、一緒に待ってくれたのだろうか。
シェリーが立ち上がるまで、そばで待ってくれただろうか。
急に連れて行かれては、シェリーは戸惑うばかりだったに違いない。
手を引かれるままに赴く森はどんな世界だったろう。
森
「いつ誰と出会うかは競争ではありませんから。
そのようなことは考えても詮無いことです」
シェリーはそう答えた。
「確かに」
ウィラードも冗談のような口調になって言い添える。
「けれど覚えておいてください。
あなたを助けようとしていた者は他にもいた」
丘の様子や、シェリーの生活の話になった。
本当に今は不便なく支えてもらっている。
そのことをウィラードは興味深そうに聞いていた。
今は客を招く事業だが、ゆくゆくは体の不自由なものに役立つことがしたい。
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そのためにも貿易の島や外国の様子を見に行きたい。
夢をたくさん持つようになった。
それが一番嬉しいことなのだ。
ウィラードは首肯しながら聞いていた。
大きな共感を持って。
自分で立ち上がったその一人として。
公爵が帰るという頃には、もう観光客を乗せた機関車は出てしまっていた。
ひとりで帰れるという彼を、シェリーと家人たちは扉の前で見送った。
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きちんと連絡を先によこしますから」
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その一瞬。
一瞬のうちに、彼の姿は消えていた。
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――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
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