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くずれゆく森
もしも
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シェリーは寝室を変えた途端に回復して、それが余計に家人を青ざめさせた。
何日か前、確かにアリアと庭を歩いていて棘が刺さったという事実もあった。
家人はすぐにシェリーの祖母へ連絡した。
犯人はウィラードの姿をしていて、本人でなくとも記憶は本物であると教えた。
セリッサヒルの屋敷は大部分を把握されている。
シェリーはすぐに祖母の屋敷へ移動した。
あの豪華な館に。
念の為、都で過ごす間の家人は新しく雇っている。
お茶会事業は滞りなく続けられた。
グラントは、しばらくバレットに滞在して様子を見ることになった。
帰ってからほぼ毎日のように宴会になって表情が彼に似てきている。
苔の精霊、モス。
昨夜はセスからシェリーがちゃんと商人組合に加入したと言われた。
商品をセス経由で揃えているのだから当然だ。
バレットはなんの店も出していない。
地区を運営しているだけだ。
物資の調達は市場でしている。
シュトラール近くの市場は勝手に発生したので組合に入っていない。
「顎が痛い……」
特別好きというわけでもない孤児院に逃げこんで呟いた。
「喋るの担当はウーシーだったもんねえ」
可笑しそうに笑ってジェロディが言った。
子どもたちに群がられてなすがままの魔法使いはうっそりと師匠を見る。
「もう会とか式とかなくなればいいのに」
「つかまったらずっと立ち話されるよ?」
「それなら幻を置いて……」
言いかけた時、ふと、この人なら知っているかと思った。
木の精霊と仲がいい。
「ジェロディ、わたしの祖母の木は、現在この世にありますか?」
「生きてる木ってこと?」
「そう」
子供たちを順番に放り投げてやる。
歓声が上がって、ますますグラントに群がってきた。
「あるよ。植物学の研究機関になら確実にある」
「子株が?」
「多分そうだ」
珍しい植物に懸賞金をかけて求めていた団体。
「接木の枝を一差し精霊に依頼したとして、精霊が子株から取ってくることってあります?」
「そんなインチキみたいな?」
笑い飛ばしたジェロディは、数秒考えて得心の息をもらす。
「あるかもしれないね」
大体がジェロディの知っている木の精霊たちはいい加減だ。
木の精霊に限ったことじゃないかもしれない。
「孫株って、ちゃんと育つんでしょうか」
「うまくやれば育つんじゃない?」
グラントは背負っていた袋から果物を見せた。
面白いほど飛び上がって受け取りにくる。
子供たちに一つずつ渡して、最後にジェロディにもひとつ手に乗せた。
シェリーの滞在中の侯爵家に行ったら、従僕からすごく注意を受けた。
訪問の刻限があるから守ってほしい。
日が暮れていなくても今日はもうダメだって。
できれば先にフットマンを寄越してくれると安心できる。
訪ねてきたことは伝えておく。
そんな返り討ちにあって商店街を引き返していたら、見知った顔に会った。
メイソンの子ども達だ。
「今年の夏はこちらに滞在しているのですか?」
声をかけて聞いてみると、ちょっと違うと言う。
メイソンの長男が、ラグラスでのお茶会であるお嬢様と仲良くなった。
彼女は隣国の、王宮に近い屋敷の貴族の娘。
話も弾むし、出かける先の好みも近い。
それで夏が来てすぐお相手の家から遠くない場所で会った。
その街並みは整然として、美しく見えたのだ。
リケに戻って驚いた。
森の迫る故郷の街が、なんとなく劣っているように思えた。
やはり都に近い領地か、都に住んでみたい。
長男のお願いに、下のきょうだいたちも加勢した。
「それで一度家族で長く都に住んでみることにしたのです。
その間にリケを売りに出して、買い手がつくものかどうか」
「もし売れたら都住まいですか?」
「はい。家つきの伯爵になってもいいよって、父は言ってくれています」
メイソンの心は海だ。
広い。
「近くに見知った人が増えるのは嬉しいことです。
わたしとしては本当に都の冬はお勧めできませんが。
うまくことが運ぶよう祈っています」
国土省に立ち寄ってみたら本当にリケが売りに出されていた。
顔見知りの職員に尋ねてみたら、すでに何件か問い合わせが来ているという。
「買う?」
「とんでもないです」
そんな会話をして建物を辞した。
レイの家にも寄ってみたけれど、ちょうど長期出張中だった。
行き先は東の海の島嶼国。
夏の間は帰ってこられないようだ。
親子の小さな紛争は長引いているのかもしれない。
図書館に詰めて植物を調べてみた。
祖母の木は確かに小さな接木がこの世に存在する。
精霊が宿るほど長くは育った例はなかった。
接木に接木を重ねて大切に育てられている。
ここよりだいぶ遠くの研究機関でだ。
精霊たちはもしかしてそこに忍び込んで当座の仕事を誤魔化しているのだろうか。
溶岩のゲラルド。
どうして二十年も戦い続けているんだろう。
きっと姿もグラントが知っている祖父とは違う。
あれは人間の世界に紛れるための擬態。
祖母の命を抱えて、何かを目指して力を奮っている。
その間本物は手に入らない。
接木と祖母自身では何が違う?
領地に入ってこようとする魔物から守ってくれるのが祖母だった。
おばあさまの木には近づかない。
グラントは命を吸い取られることはないが、棘に刺されたら痛い。
「……」
本に目を戻した。
植物学者の間では発芽能力のある種子を求めている。
種子の発芽した例はない。
祖母の花の種なんて見たことがなかった。
杖の石に似ているなら、本にある細長い種子の絵は、奇形種。
図書館に通って二日目、ダヴィが訪れた。
グラントの姿を見つけてやってくる。
読みかけの本のページに手を置いたまますぐに立ち上がって挨拶した。
こちらもやや体調がくだり気味。
「都に来てたのだね」
薬草を探しに来たらしい彼はグラントの手にある植物の本を見る。
「懸賞金のかかった植物でも探しているの?」
シェリーの身に起こっていることを、ダヴィはまだ耳にしていない。
「何日か前からシェリーが体調を崩しております」
公爵を名乗る人間がシェリーを訪ねてきた。
何度か自邸で面会し、先週棘に刺されて魔力を奪われたようだ。
ウィラード本人かどうかは不明である。
彼が持参した花はグラントの祖母と同じ種類のもの。
しかし祖母は現在種子の姿でいるはずだ。
どこかに祖母以外にも大きく育った事例があるのか。
接木はどのような力を持っているのか。
それを調べている。
グラントは声を小さくして説明した。
「魔力を吸われて体調を崩すというのは?
毒でも持っているのかな?」
物騒な言葉にダヴィの従者が緊張した。
「無理やり吸い取られていくのです。
ケガをしたような状態に近い」
毒のある植物ではある。
幻覚作用であって、動けなくなる理由ではない。
精霊が宿らないうちは食虫植物と大差なかった。
基本的な動作が祖母と同じなら、枝を何かに擬態させて獲物を誘う。
とらえた獲物は枝の繭に閉じ込める。
「この木の花びらには余った魔力が蓄えられます。
適量を食べれば使った直後に回復できる」
「そんな木が敷地に生えていた?
シェリーはその木に近づいたの?」
「森で普通に見かける木とは違います。
今回は向こうから近づいて来たのではないでしょうか」
「まだ精霊が宿っていないのに?」
「誰かが操っているのだと思います」
「どうやって操るの?」
グラントは少し首を傾げた。
「分かりません」
推論はあったが、とても恐ろしくて口にできない。
「シェリーは今、自邸にいるのかい?」
その言葉に、グラントの表情がなんとも微妙な具合になった。
ダヴィはなんでも言ってごらんと促す。
「……今、おばあさまの侯爵家にて養生しております。
このようなこと申し上げてはいけないのですが。
面会の時間制限が厳しすぎまして……。
ここ何日か彼女の体調がどうなったのか全くわかりません」
まだ体調が思わしくないのかもしれなかった。
ただひたすらに可愛がられている可能性もある。
ダヴィは小さく吹き出した。
「それなら、私の方から使いを出しておく。
シェリーのお抱え医はグラントだと説得するよ」
お抱え医はちょっと重責。
「お心遣い感謝いたします」
薬草を摘み終えて、図書館の様子を確認したダヴィは帰っていった。
また熱を出しそうである。
病ではない。
ダヴィの体質だ。
どうしても体が病に抵抗できない。
シェリーの目と同じ。
体にある機能が働かない。
それを治すとしたら、やはり魔法なのではないかな。
戦いに使えるより、そういう魔法がいい。
人の役に立つ魔法が。
命を大切に守れる魔法が。
そういう魔法使いがいい。
翌日早速ダヴィから使いの馬車がバレットにやってきた。
館を訪ねてみるとシェリーが応接室で待っている。
片手にアリアの本体を持っていた。
養生中だからか、布で包まれている。
「体調は良さそうだね」
小さく笑って言った。
シェリーは椅子から立ち上がってグラントの方へやってくる。
「昨日ダヴィ殿下から使いがいらした。
仔細を聞いて驚いていらしたけれど、すぐに私の保護をかってでてくださった。
しばらくはダヴィ殿下の館でお世話になることにしたの」
片手でグラントの手を探した。
すぐに包まれて握り返す。
「おばあさまは公爵の事情を知っていて心配しているけれど。
ダヴィ殿下が、この館を建て直したのは十年ほど前だから今の造りを知らないだろうって」
「そういうふうに説得したの?」
「グラントは従僕に挨拶すれば通れる」
「ありがたい」
椅子に座り直した。
「殿下は今日体調を崩されているから、面会はお薬の時間に行きましょう」
シェリーの言葉に、やはりそうかと肩が落ちる。
「アリアはまだ出てこない?」
シーツを被って寝ているような本を見やった。
シェリーは首を振る。
「ウィラード公爵という方のこと、話を聞いたりした?」
「五歳で都を追われた方だと。
王族が接触することは禁じられていて、ダヴィ殿下は彼がどんな生活をしていたかは知らない」
「ホルスト卿は、悔しかったけど森の生活には馴染んでたそうだよ。
巻き添えを食う形になったお二人はどうだったんだろう。
都の貴族と親交があるような感じだった」
グラントの言葉にシェリーも頷いた。
「私のこと、子どもの時に都の貴族から聞いて知っていたって。
都の貴族だけじゃない。
外の伯爵たちとも交流があったようなことをおっしゃっていた」
「ヘーレ公はその外の伯爵たちをまとめようとしてるんだ。
まだ力のないラグラスを誘ってる」
北の荒地は磐石。
あの機動力と火力に勝てる組織なんて思いつかない。
「ウィラード卿はジェロディを快く思っていない。
それに……」
なんと言ったらいいか迷って口を閉じた。
彼はシェリーに期待している。
会ったこともない親戚に。
同じ不遇を経験している彼女に寄せる、執心。
グラントに先を越された。
「許しを待つのをやめるという意味は」
不安の広がる表情でシェリーはグラントの方を見る。
「あの冬、公爵は兵を動かそうとしたとおっしゃった。
私をヴァルトに招くつもりであったともおっしゃった」
「そう……」
では先日の訪問は、連れて行こうとしたのかもしれなかった。
森へ。
祖母の木なら気配を追わせずに遂行できる。
あの表情が思い浮かんだ。
シェリーの傍らに立つウィラードの表情は。
共に行けると確信があるような…。
二年前の冬なら可能だった。
公爵の城へ招かれたとしても。
シェリーは拒否しなかっただろうとグラントは思う。
彼女とあの冬に出会ったのがウィラードであったら。
森の中の城で、どう過ごしたのだろう。
もしかしたらそっちの方が幸せだったかな。
望まれていく場所はきっと嬉しいもの。
まともな家もないグラントから魔法だけもらうより、ずっと楽だ。
何日か前、確かにアリアと庭を歩いていて棘が刺さったという事実もあった。
家人はすぐにシェリーの祖母へ連絡した。
犯人はウィラードの姿をしていて、本人でなくとも記憶は本物であると教えた。
セリッサヒルの屋敷は大部分を把握されている。
シェリーはすぐに祖母の屋敷へ移動した。
あの豪華な館に。
念の為、都で過ごす間の家人は新しく雇っている。
お茶会事業は滞りなく続けられた。
グラントは、しばらくバレットに滞在して様子を見ることになった。
帰ってからほぼ毎日のように宴会になって表情が彼に似てきている。
苔の精霊、モス。
昨夜はセスからシェリーがちゃんと商人組合に加入したと言われた。
商品をセス経由で揃えているのだから当然だ。
バレットはなんの店も出していない。
地区を運営しているだけだ。
物資の調達は市場でしている。
シュトラール近くの市場は勝手に発生したので組合に入っていない。
「顎が痛い……」
特別好きというわけでもない孤児院に逃げこんで呟いた。
「喋るの担当はウーシーだったもんねえ」
可笑しそうに笑ってジェロディが言った。
子どもたちに群がられてなすがままの魔法使いはうっそりと師匠を見る。
「もう会とか式とかなくなればいいのに」
「つかまったらずっと立ち話されるよ?」
「それなら幻を置いて……」
言いかけた時、ふと、この人なら知っているかと思った。
木の精霊と仲がいい。
「ジェロディ、わたしの祖母の木は、現在この世にありますか?」
「生きてる木ってこと?」
「そう」
子供たちを順番に放り投げてやる。
歓声が上がって、ますますグラントに群がってきた。
「あるよ。植物学の研究機関になら確実にある」
「子株が?」
「多分そうだ」
珍しい植物に懸賞金をかけて求めていた団体。
「接木の枝を一差し精霊に依頼したとして、精霊が子株から取ってくることってあります?」
「そんなインチキみたいな?」
笑い飛ばしたジェロディは、数秒考えて得心の息をもらす。
「あるかもしれないね」
大体がジェロディの知っている木の精霊たちはいい加減だ。
木の精霊に限ったことじゃないかもしれない。
「孫株って、ちゃんと育つんでしょうか」
「うまくやれば育つんじゃない?」
グラントは背負っていた袋から果物を見せた。
面白いほど飛び上がって受け取りにくる。
子供たちに一つずつ渡して、最後にジェロディにもひとつ手に乗せた。
シェリーの滞在中の侯爵家に行ったら、従僕からすごく注意を受けた。
訪問の刻限があるから守ってほしい。
日が暮れていなくても今日はもうダメだって。
できれば先にフットマンを寄越してくれると安心できる。
訪ねてきたことは伝えておく。
そんな返り討ちにあって商店街を引き返していたら、見知った顔に会った。
メイソンの子ども達だ。
「今年の夏はこちらに滞在しているのですか?」
声をかけて聞いてみると、ちょっと違うと言う。
メイソンの長男が、ラグラスでのお茶会であるお嬢様と仲良くなった。
彼女は隣国の、王宮に近い屋敷の貴族の娘。
話も弾むし、出かける先の好みも近い。
それで夏が来てすぐお相手の家から遠くない場所で会った。
その街並みは整然として、美しく見えたのだ。
リケに戻って驚いた。
森の迫る故郷の街が、なんとなく劣っているように思えた。
やはり都に近い領地か、都に住んでみたい。
長男のお願いに、下のきょうだいたちも加勢した。
「それで一度家族で長く都に住んでみることにしたのです。
その間にリケを売りに出して、買い手がつくものかどうか」
「もし売れたら都住まいですか?」
「はい。家つきの伯爵になってもいいよって、父は言ってくれています」
メイソンの心は海だ。
広い。
「近くに見知った人が増えるのは嬉しいことです。
わたしとしては本当に都の冬はお勧めできませんが。
うまくことが運ぶよう祈っています」
国土省に立ち寄ってみたら本当にリケが売りに出されていた。
顔見知りの職員に尋ねてみたら、すでに何件か問い合わせが来ているという。
「買う?」
「とんでもないです」
そんな会話をして建物を辞した。
レイの家にも寄ってみたけれど、ちょうど長期出張中だった。
行き先は東の海の島嶼国。
夏の間は帰ってこられないようだ。
親子の小さな紛争は長引いているのかもしれない。
図書館に詰めて植物を調べてみた。
祖母の木は確かに小さな接木がこの世に存在する。
精霊が宿るほど長くは育った例はなかった。
接木に接木を重ねて大切に育てられている。
ここよりだいぶ遠くの研究機関でだ。
精霊たちはもしかしてそこに忍び込んで当座の仕事を誤魔化しているのだろうか。
溶岩のゲラルド。
どうして二十年も戦い続けているんだろう。
きっと姿もグラントが知っている祖父とは違う。
あれは人間の世界に紛れるための擬態。
祖母の命を抱えて、何かを目指して力を奮っている。
その間本物は手に入らない。
接木と祖母自身では何が違う?
領地に入ってこようとする魔物から守ってくれるのが祖母だった。
おばあさまの木には近づかない。
グラントは命を吸い取られることはないが、棘に刺されたら痛い。
「……」
本に目を戻した。
植物学者の間では発芽能力のある種子を求めている。
種子の発芽した例はない。
祖母の花の種なんて見たことがなかった。
杖の石に似ているなら、本にある細長い種子の絵は、奇形種。
図書館に通って二日目、ダヴィが訪れた。
グラントの姿を見つけてやってくる。
読みかけの本のページに手を置いたまますぐに立ち上がって挨拶した。
こちらもやや体調がくだり気味。
「都に来てたのだね」
薬草を探しに来たらしい彼はグラントの手にある植物の本を見る。
「懸賞金のかかった植物でも探しているの?」
シェリーの身に起こっていることを、ダヴィはまだ耳にしていない。
「何日か前からシェリーが体調を崩しております」
公爵を名乗る人間がシェリーを訪ねてきた。
何度か自邸で面会し、先週棘に刺されて魔力を奪われたようだ。
ウィラード本人かどうかは不明である。
彼が持参した花はグラントの祖母と同じ種類のもの。
しかし祖母は現在種子の姿でいるはずだ。
どこかに祖母以外にも大きく育った事例があるのか。
接木はどのような力を持っているのか。
それを調べている。
グラントは声を小さくして説明した。
「魔力を吸われて体調を崩すというのは?
毒でも持っているのかな?」
物騒な言葉にダヴィの従者が緊張した。
「無理やり吸い取られていくのです。
ケガをしたような状態に近い」
毒のある植物ではある。
幻覚作用であって、動けなくなる理由ではない。
精霊が宿らないうちは食虫植物と大差なかった。
基本的な動作が祖母と同じなら、枝を何かに擬態させて獲物を誘う。
とらえた獲物は枝の繭に閉じ込める。
「この木の花びらには余った魔力が蓄えられます。
適量を食べれば使った直後に回復できる」
「そんな木が敷地に生えていた?
シェリーはその木に近づいたの?」
「森で普通に見かける木とは違います。
今回は向こうから近づいて来たのではないでしょうか」
「まだ精霊が宿っていないのに?」
「誰かが操っているのだと思います」
「どうやって操るの?」
グラントは少し首を傾げた。
「分かりません」
推論はあったが、とても恐ろしくて口にできない。
「シェリーは今、自邸にいるのかい?」
その言葉に、グラントの表情がなんとも微妙な具合になった。
ダヴィはなんでも言ってごらんと促す。
「……今、おばあさまの侯爵家にて養生しております。
このようなこと申し上げてはいけないのですが。
面会の時間制限が厳しすぎまして……。
ここ何日か彼女の体調がどうなったのか全くわかりません」
まだ体調が思わしくないのかもしれなかった。
ただひたすらに可愛がられている可能性もある。
ダヴィは小さく吹き出した。
「それなら、私の方から使いを出しておく。
シェリーのお抱え医はグラントだと説得するよ」
お抱え医はちょっと重責。
「お心遣い感謝いたします」
薬草を摘み終えて、図書館の様子を確認したダヴィは帰っていった。
また熱を出しそうである。
病ではない。
ダヴィの体質だ。
どうしても体が病に抵抗できない。
シェリーの目と同じ。
体にある機能が働かない。
それを治すとしたら、やはり魔法なのではないかな。
戦いに使えるより、そういう魔法がいい。
人の役に立つ魔法が。
命を大切に守れる魔法が。
そういう魔法使いがいい。
翌日早速ダヴィから使いの馬車がバレットにやってきた。
館を訪ねてみるとシェリーが応接室で待っている。
片手にアリアの本体を持っていた。
養生中だからか、布で包まれている。
「体調は良さそうだね」
小さく笑って言った。
シェリーは椅子から立ち上がってグラントの方へやってくる。
「昨日ダヴィ殿下から使いがいらした。
仔細を聞いて驚いていらしたけれど、すぐに私の保護をかってでてくださった。
しばらくはダヴィ殿下の館でお世話になることにしたの」
片手でグラントの手を探した。
すぐに包まれて握り返す。
「おばあさまは公爵の事情を知っていて心配しているけれど。
ダヴィ殿下が、この館を建て直したのは十年ほど前だから今の造りを知らないだろうって」
「そういうふうに説得したの?」
「グラントは従僕に挨拶すれば通れる」
「ありがたい」
椅子に座り直した。
「殿下は今日体調を崩されているから、面会はお薬の時間に行きましょう」
シェリーの言葉に、やはりそうかと肩が落ちる。
「アリアはまだ出てこない?」
シーツを被って寝ているような本を見やった。
シェリーは首を振る。
「ウィラード公爵という方のこと、話を聞いたりした?」
「五歳で都を追われた方だと。
王族が接触することは禁じられていて、ダヴィ殿下は彼がどんな生活をしていたかは知らない」
「ホルスト卿は、悔しかったけど森の生活には馴染んでたそうだよ。
巻き添えを食う形になったお二人はどうだったんだろう。
都の貴族と親交があるような感じだった」
グラントの言葉にシェリーも頷いた。
「私のこと、子どもの時に都の貴族から聞いて知っていたって。
都の貴族だけじゃない。
外の伯爵たちとも交流があったようなことをおっしゃっていた」
「ヘーレ公はその外の伯爵たちをまとめようとしてるんだ。
まだ力のないラグラスを誘ってる」
北の荒地は磐石。
あの機動力と火力に勝てる組織なんて思いつかない。
「ウィラード卿はジェロディを快く思っていない。
それに……」
なんと言ったらいいか迷って口を閉じた。
彼はシェリーに期待している。
会ったこともない親戚に。
同じ不遇を経験している彼女に寄せる、執心。
グラントに先を越された。
「許しを待つのをやめるという意味は」
不安の広がる表情でシェリーはグラントの方を見る。
「あの冬、公爵は兵を動かそうとしたとおっしゃった。
私をヴァルトに招くつもりであったともおっしゃった」
「そう……」
では先日の訪問は、連れて行こうとしたのかもしれなかった。
森へ。
祖母の木なら気配を追わせずに遂行できる。
あの表情が思い浮かんだ。
シェリーの傍らに立つウィラードの表情は。
共に行けると確信があるような…。
二年前の冬なら可能だった。
公爵の城へ招かれたとしても。
シェリーは拒否しなかっただろうとグラントは思う。
彼女とあの冬に出会ったのがウィラードであったら。
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その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ
よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。
剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。
しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。
それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。
「期待外れだ」
「国の恥晒しめ」
掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。 だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。
『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』
彼だけが気づいた真実。
それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。
これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。
【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。
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