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80日の道のり
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特急電車の中は頭がぼうっとなるくらい暖かい。
つむぎは毎日ちゃんと練習する気でいた。
スマホのファイルにはチェック欄もついていて、こなしたかどうか一目瞭然である。
小学生の時は大会までの練習メニューを紙に書いていたっけ。
こんなところもつむぎは変わっていない。
「大まかすぎ」
札幌までの1時間。
琉人はまずそう言った。
毎朝走る。60分以内。山までのコース。
ストレッチする。
会場を走る。3周。タイム計る。週1。
シンプルはいい。
けれど、目標までの筋道がなさすぎだ。
「亀、表彰されたいって言ってなかったか。
これだと多分出るだけで終わる」
「練習の仕方が分かんなかったんだよう。
ネットで入門者の運動メニューは見たけど。
これからメーターとか、調べていこうと思ってたの」
琉人の顔がものすごく呆れていたのだろう。
つむぎは口を尖らせて抗議した。
「その練習メニューって、やっぱりいろいろ数字出てきたんでねえの」
「出てきたけど、そういう機器は持ってないから。
そういうのなくてもできることはこれくらいだったの」
自転車の練習メニューはサイクルコンピュータの計測値をもとに作る。
琉人は部活のない日の自主練用にロードバイクを買ってもらった時、一緒に購入した。
心肺機能を計測するやつも欲しかったのだが、ヘルメットとどちらかと言われて諦めている。
「亀は自分がアベレージ25キロで走りたいんだろ。
今朝の感じだと平坦を10キロくらいで走ってる。
多分スピードが上がってくると足を止めてるんだ。
オートバイの方のバイク、見てみ。
ずっとエンジンかかってるんじゃない?
ちゃりんこはそれを人の足でやんのさ」
「ほーう」
琉人はやっぱり金棒だった。
鬼は感心して話を聞いている。
ファイルの上の段を足して、「ずっとこぐ」と入力した。
「ずっとこぐのも、ちゃんと数決めんだわ。
ママチャリで25キロ出した時、1分間に何回まわしたか知っとくの」
ふんふん。
25km/h の 〇〇回転/m
練習表はどんどん下に消えていく。
「レースの時に使っていいギアの数はなんぼよ?」
「キッズは3つまで」
「内変速って書いてる?」
「うん、書いてる」
「たぶん秋吉さんちで持ってんのかな。
亀のちゃりんこは?ギアついてる?」
「うん。3つ」
琉人はうーんうーんとしばらく唸る。
今日行こうと思っている店はいくつかあった。
つむぎは即決するタイプだから、急げば日暮れ前に帰ってこられるだろうか。
今の状態からあと約80日で目標を達成する。
3時間、交代で自転車を走らせ続ける。
道のりをちゃんと決めて、練習をすぐに始めた方がいいと思った。
「今日帰ったらまずソレ。日が暮れてなかったらやるべ」
帰ったらやること。
①
はたとつむぎの手が止まった。
「ソレとは」
「回転数決めだ」
①回転数を決める
「あとは?何したら80日で優勝できる?」
つむぎが気楽に言うと、琉人は「無知」と呟く。
「一日3回、コース変えて走る。
自転車を自分でメンテナンスする。
動画とか見てイメトレする。
筋トレする。あとは…」
「待って待って待って」
②3回/DAY 走る。3コース
③筋トレ
④メンテ
⑤イメトレ
「コースは俺や寛登が走ってる道教えてやるから。
まずはそっから行け。
俺ら速いからな。ぼーっとしてないで片側によって走れ」
「オッケー。了解」
「筋トレは、球技の部活の奴に聞いてもいいし、図書館に自転車用の筋トレの本あるわ」
「いいね、図書館ね」
「自転車は結構部品落ちたりするから。
自分で普段から知っとけ」
「分かった。各部名称」
「イメトレは、競輪とか、ロードレースとか、いろいろある。
動画サイト調べろ」
「おすすめは」
琉人はちょっと黙った。
つむぎがその顔を見て「あ」という口になる。
「好きなものはあるけど、教えたくないなー、という顔をしている」
「だってつまんねえもん」
1年前に経験した。
いまいち、全然、分かんない。という反応。
「興味がないやつからしたら、超絶つまらん」
フットサルとかサッカーの試合じゃないの?
自転車レースとか全然分かんないよ。
始まったばかりのレースに「そんなことより」と言われた。
けっこう傷つく。
繊細な性格ではないのに。
つむぎは何も知らないから、気軽に聞くのだ。
「何さ。言ってみーって」
「ジロ」
嫌な顔して琉人は言った。
「ジロ・デ・イタリア。
イタリアのロードレース。5月の間やってる。
景色がちょうどいま時期の北海道みたいなんだ。
スプリント勝負の日とかあるから、スパートの仕方、見れる」
「へえ。分かった。あとで過去分見る」
じろ。とメモする。
「ひらがな…」
なんてことするんだ。
犬の名前みたい。
琉人は、たぶんデリカシーない枠にお互い納まっている相手を見た。
「あ、そうそう。さっき‘あとは…’って言ったじゃん。
何?あと大事なポイント」
あーそれ…。と琉人はつむぎのメモを覗く。
「ケガしない」
わりとはっきりした声で言った。
「ケガだけは絶対ダメ。絶対」
札幌駅から地下鉄に乗って、目的の自転車用品店を回る。
つむぎは思った通り即決していった。
昼ごはんだってコンビニで買って公園で食べようとか言う。
お店でランチしようとか、何かというとイオン行きたがったりしない。
寒いから一枚上着買っていい?と聞かれてちょっと身構えたが、これも駅ビルで即決していた。
つむぎはやっぱり、同級生の女子とちょっと違う。
普通の友達な感じがする。
必要なものはひと通りそろったが、2万円近くかかった。
ヘルメットはなかなかかっこいい。
細身のシルエットで、黒基調。
「つよそうだ、私」
ふふふ、と笑った。
なんで札幌?と聞かれ、旭川だと車ねえと不便っしょ、と返した。
「自転車慣れてきたら旭川の自転車屋さんも行くか。
割と近いよ。ママチャリでも1時間ちょいで行けると思う」
そう言うと、つむぎはなぜかびっくりした顔をしていた。
「そんな遠くまで行っちゃうんだ」
「慣れだって。慣れ」
首都圏の線路網を乗りこなしているつむぎの方が驚きなのだが。
人間って、やってないことはすごく感じるのかな。
「みんなすごいねえ」
本当にそう思っているような声が、口から出ていた。
つむぎは毎日ちゃんと練習する気でいた。
スマホのファイルにはチェック欄もついていて、こなしたかどうか一目瞭然である。
小学生の時は大会までの練習メニューを紙に書いていたっけ。
こんなところもつむぎは変わっていない。
「大まかすぎ」
札幌までの1時間。
琉人はまずそう言った。
毎朝走る。60分以内。山までのコース。
ストレッチする。
会場を走る。3周。タイム計る。週1。
シンプルはいい。
けれど、目標までの筋道がなさすぎだ。
「亀、表彰されたいって言ってなかったか。
これだと多分出るだけで終わる」
「練習の仕方が分かんなかったんだよう。
ネットで入門者の運動メニューは見たけど。
これからメーターとか、調べていこうと思ってたの」
琉人の顔がものすごく呆れていたのだろう。
つむぎは口を尖らせて抗議した。
「その練習メニューって、やっぱりいろいろ数字出てきたんでねえの」
「出てきたけど、そういう機器は持ってないから。
そういうのなくてもできることはこれくらいだったの」
自転車の練習メニューはサイクルコンピュータの計測値をもとに作る。
琉人は部活のない日の自主練用にロードバイクを買ってもらった時、一緒に購入した。
心肺機能を計測するやつも欲しかったのだが、ヘルメットとどちらかと言われて諦めている。
「亀は自分がアベレージ25キロで走りたいんだろ。
今朝の感じだと平坦を10キロくらいで走ってる。
多分スピードが上がってくると足を止めてるんだ。
オートバイの方のバイク、見てみ。
ずっとエンジンかかってるんじゃない?
ちゃりんこはそれを人の足でやんのさ」
「ほーう」
琉人はやっぱり金棒だった。
鬼は感心して話を聞いている。
ファイルの上の段を足して、「ずっとこぐ」と入力した。
「ずっとこぐのも、ちゃんと数決めんだわ。
ママチャリで25キロ出した時、1分間に何回まわしたか知っとくの」
ふんふん。
25km/h の 〇〇回転/m
練習表はどんどん下に消えていく。
「レースの時に使っていいギアの数はなんぼよ?」
「キッズは3つまで」
「内変速って書いてる?」
「うん、書いてる」
「たぶん秋吉さんちで持ってんのかな。
亀のちゃりんこは?ギアついてる?」
「うん。3つ」
琉人はうーんうーんとしばらく唸る。
今日行こうと思っている店はいくつかあった。
つむぎは即決するタイプだから、急げば日暮れ前に帰ってこられるだろうか。
今の状態からあと約80日で目標を達成する。
3時間、交代で自転車を走らせ続ける。
道のりをちゃんと決めて、練習をすぐに始めた方がいいと思った。
「今日帰ったらまずソレ。日が暮れてなかったらやるべ」
帰ったらやること。
①
はたとつむぎの手が止まった。
「ソレとは」
「回転数決めだ」
①回転数を決める
「あとは?何したら80日で優勝できる?」
つむぎが気楽に言うと、琉人は「無知」と呟く。
「一日3回、コース変えて走る。
自転車を自分でメンテナンスする。
動画とか見てイメトレする。
筋トレする。あとは…」
「待って待って待って」
②3回/DAY 走る。3コース
③筋トレ
④メンテ
⑤イメトレ
「コースは俺や寛登が走ってる道教えてやるから。
まずはそっから行け。
俺ら速いからな。ぼーっとしてないで片側によって走れ」
「オッケー。了解」
「筋トレは、球技の部活の奴に聞いてもいいし、図書館に自転車用の筋トレの本あるわ」
「いいね、図書館ね」
「自転車は結構部品落ちたりするから。
自分で普段から知っとけ」
「分かった。各部名称」
「イメトレは、競輪とか、ロードレースとか、いろいろある。
動画サイト調べろ」
「おすすめは」
琉人はちょっと黙った。
つむぎがその顔を見て「あ」という口になる。
「好きなものはあるけど、教えたくないなー、という顔をしている」
「だってつまんねえもん」
1年前に経験した。
いまいち、全然、分かんない。という反応。
「興味がないやつからしたら、超絶つまらん」
フットサルとかサッカーの試合じゃないの?
自転車レースとか全然分かんないよ。
始まったばかりのレースに「そんなことより」と言われた。
けっこう傷つく。
繊細な性格ではないのに。
つむぎは何も知らないから、気軽に聞くのだ。
「何さ。言ってみーって」
「ジロ」
嫌な顔して琉人は言った。
「ジロ・デ・イタリア。
イタリアのロードレース。5月の間やってる。
景色がちょうどいま時期の北海道みたいなんだ。
スプリント勝負の日とかあるから、スパートの仕方、見れる」
「へえ。分かった。あとで過去分見る」
じろ。とメモする。
「ひらがな…」
なんてことするんだ。
犬の名前みたい。
琉人は、たぶんデリカシーない枠にお互い納まっている相手を見た。
「あ、そうそう。さっき‘あとは…’って言ったじゃん。
何?あと大事なポイント」
あーそれ…。と琉人はつむぎのメモを覗く。
「ケガしない」
わりとはっきりした声で言った。
「ケガだけは絶対ダメ。絶対」
札幌駅から地下鉄に乗って、目的の自転車用品店を回る。
つむぎは思った通り即決していった。
昼ごはんだってコンビニで買って公園で食べようとか言う。
お店でランチしようとか、何かというとイオン行きたがったりしない。
寒いから一枚上着買っていい?と聞かれてちょっと身構えたが、これも駅ビルで即決していた。
つむぎはやっぱり、同級生の女子とちょっと違う。
普通の友達な感じがする。
必要なものはひと通りそろったが、2万円近くかかった。
ヘルメットはなかなかかっこいい。
細身のシルエットで、黒基調。
「つよそうだ、私」
ふふふ、と笑った。
なんで札幌?と聞かれ、旭川だと車ねえと不便っしょ、と返した。
「自転車慣れてきたら旭川の自転車屋さんも行くか。
割と近いよ。ママチャリでも1時間ちょいで行けると思う」
そう言うと、つむぎはなぜかびっくりした顔をしていた。
「そんな遠くまで行っちゃうんだ」
「慣れだって。慣れ」
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