お守り屋のダナ

端木 子恭

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お守り屋

迷子のシルフ

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 もう、何年も前。
 遊びに出かけたダナは迷子になった。
 妖精の世界の入口が見えるところで遊んでいたはず。
 なのに気が付けばそれは閉じてしまっていた。
 
 キノコに腰かけてダナはしゅんとなっていた。

 腰まである赤毛の髪の毛をひとすじ指先に巻き付けて、泣くのをこらえていた。
 
 もう夜になりそう。
 このままではきのこと一緒に動物に食べられてしまうかも。
 もしくは人間にきのこごと採集されてしまうかも。
 もっと怖いのは、怪物に出会うこと。

 妄想を自分でかき立ててはぐるぐると髪を巻いた。

 草がザッザッと音を立てる。
 動物か?人間か?怪物か?
 ダナは草が動くたびに肩を硬直させてそちらを見た。
 いい加減、目玉の血管が切れそうなほどあちこちを凝視する。
 頭を振りすぎてクラクラしてきた。

 疲れた。

 しおしおと腰かけていたキノコに突っ伏す。
 羽が力なくぱた、ぱたと動いた。
 小さな妖精には限界がきていた。
 もう絶望的である。
 
「どうしたの?」

 突然人間の声がした。
 甲高い悲鳴を上げたダナを、「平気平気」と撫でる人間がいる。

「こわい人間じゃないよ」

 人間は突然吹きつけた風に目を細めた。
 女の子だった。

風の妖精シルフなんだね。病気になったの?
 …いま食べてるの毒キノコだから、やめた方がいいよ」
「ハッ」

 とんでもないものに座っていたと知る。
 すばやく離れたダナは、その人間の手に飛びついた。
 女の子は口を開けて笑う。

「今夜はうちにおいでよ。泊めてあげる」

 だいたいの事情は察した様子でそう提案された。
 髪をひっつめに束ねたその子は優しそうににこにこわらっている。
 たぶん、本当に悪い人間じゃない。

「おねがいしまぁす…」

 半べそでお願いした。


 助けてくれたのはサラさんという。
 たらいのお風呂で一息つきながらダナは自己紹介した。

「私はダナです。
 今日は妖精の国への入口が近くに開いたので遊びに来ていました。
 気が付いたら入口が消えていて、帰れなくなっていて…」
「つまり迷子なの?」
「……、です」

 のばしていた足をきゅっと縮めて頷く。

「妖精の国への入口は気まぐれなので、もう次いつどこに開くか分かりません」

 サラはふんふんと相槌を打ちながらダナの髪に櫛を通した。
 一日遊んでいただけあって枝やら小石やらがたくさん絡まっている。

「ひとりで帰れないの?」

 スプーンでダナの髪を湿らせると石鹸をつけた。
 小さな頭を優しく掻いて泡立てる。

「帰れません」

 至れり尽くせりの待遇にうっとり目を閉じながらダナは溜息と共にそう答えた。

 ダナの故郷は海の真ん中。
 風の起こるところに存在している。

 けれどそこまでの道のりは過酷で、体力と運に自信のある者しか自力の帰還は望めなかった。

「とても遠い所なんです」
 
 石鹸の香りに安らぐ。
 先ほどまでは食べられるか、収穫されるか、殺されるかという未来しか見えなかったのに。
 なんという幸せなことだろう。

「それはかわいそうに…」

 サラは何か自分の事のように悲し気な表情をした。 
 ダナはおや、と家の中を見回す。
 そういえばこの家は、つい最近までもっと人間がいたような気配がした。
 まだその頃の楽しかった空気が漂っている。
 サラの表情の中には、家族との別れが入っているようだ。

「サラさんはこの家に一人で住んでいるの?」

 髪を濯ぐサラに聞いてみた。

「そう。人間は私ひとり。
 両親は3年前に亡くなっちゃって。
 おじいちゃんと暮らしていたんだけど、そのおじいちゃんも先月亡くなったの」
「そんな…」

 なんというタイミングで来てしまったのか。
 ダナはこの人間の女の子の人生最悪の時にご面倒おかけしに来たことを知った。

「今日は獲物も1匹も取れなくて、良いことがないと思ってたけど。
 ダナが泊まってくれて、私は嬉しいよ」

 ダナの気遣う視線にサラはにこにこ笑ってそう言う。

「お風呂が終わったら紅茶を淹れるね。
 ダナは飲める?」
「はい」

 お湯から引き揚げられ、タオルでくるくる巻かれた。
 掌に乗せられた芋虫状態でダナはどこかへ運ばれる。
 棚の中の小さな化粧台セットの前に座らせてくれた。

「これはなんですか?」

 驚いて尋ねた。
 ちょうど良いサイズの家具が突然来たシルフに供されるなんて感動だった。

 すぽんと両腕を抜いて化粧台を触る。

「以前にも妖精が住んでいたんですか?」

 髪の毛を別のタオルで拭いているサラを見上げた。

「私が小さいころに使ってたお人形のだよ。
 大きさが合っていてよかった。

 ダナ、自分の髪の毛の所に風を起こして。
 早く乾くから」
「はぁい」

 言われた通りに風を起こす。
 ふわんふわんとなびく髪を、サラは丁寧に梳いた。
 髪が乾くと海綿にきれいに巻き付けてくれる。

「ダナはきれいな巻き毛だね。うらやましい」

 サラは明るい色のまっすぐな髪の毛だった。

「服はどんなのにする?」

 人形の洋服をいくつか示して聞いてくれる。
 ドレスっぽいものが多い。
 一枚布のワンピースがあったのでとりあえずそれを選んだ。

 ダナの世話が終わると、掌に乗せてテーブルに移す。
 
 サラのいれてくれた紅茶はいい匂いがした。
 人形用のティーカップにもらい、ダナはおかわりまでした。

 サラはこの時18歳だった。
 ダナは人間の時間で言うと何年生きているのか不明だったので同じ年という事にした。

 その夜は、心細いので人形用のベッドではなくサラのベッドで一緒に眠った。



  
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