お守り屋のダナ

端木 子恭

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お守り屋の力

いのちの根幹

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 ジョエルが、夕方にまともな姿で店に出てきた。
 路地裏のごちゃごちゃはヒルがごみの回収屋を呼んで片付けている。

 捨てろって、お前の物のことか。

 昼間のうちに文句を言おうと思ってジョエルの部屋を開けた。
 しかしその整然とした様子に黙って扉を閉める。
 
 どきどきした。
 ジョエルはまた元のジョエルになったんじゃないかと期待してしまう。
 ただの気まぐれの可能性もあった。
 勝手に期待してはいけない。

 サラさんからお守りもらったー。

 そう言っていたジョエルを思い出した。

 サラのお守り。
 いつも売る前に魔法をかけている。
 ジョエルのには何か特別な魔法をかけたんだろうか?

 ヒルは2年前に招集を受けたことを後悔していた。
 あの時ジョエルはまだ1人にしてはいけなかった。
 
 苦しんだに違いない。
 心身の変調を1人でなんとかしようとしたに違いないのだ。

 ヒルは親友が苦しんでいる時に助けてやれなかった。


 その日、ジョエルは真面目に働いた。
 料理を頼む客が少なくなると、ヒルにさっさとあがれと言った。
 ヒルは借りていた本を読んで過ごした。



 次の日も店内はまともだった。
 洗い物は済ませてあったし、ちゃんと計算も終わっていた。
 ヒルはいよいよ気になって仕方ない。
 今日、サラが配達に訪れたら一番に聞いてみよう。

 何の魔法なんですか。

 ところが昼過ぎ、来客があった。
 直接の上司の上司の、その上司のご親戚のお嬢様。
 関係をたどってみるとものすごく遠い。

 親戚の領主のところに遊びに来た折、何度かヒルに遊んでもらった。

 家人はそのように説明する。
 そういえばよく小さい子たちが庭で遊んでいた。
 顔が怖くないヒルはつかまって遊んだこともある。
 それもジョエルが店をやると言い出す前のほんの短い期間だ。

 店を訪れたお嬢様は手に持った箱を見つめている。
 
 5年くらい前といえば、本当に子どもだったはずだ。
 その時何度か遊んでもらったヒルが忘れられなかったという。
 この度難しい戦争に行くというので何か贈り物をしたかったのだそうだ。

 戦に行かないことも、贈り物を断るのもしづらい状況に追い込まれている。
 ジョエルはどこかに出かけてしまった。
 
 受け取れないと言おうとしたら、家人の女性がものすごい形相でヒルを睨む。

 えー??

 ヒルは迫力に押されてしまった。
 なるべく会いたくないが、後から上司伝いに返してもらおう。

「ありがたくお受けいたします。お嬢様」

 ヒルは女の子の前に傅いて箱を受け取った。
 初々しい笑顔を見せた後、お嬢様は家人に促されて帰っていく。

 箱を持って2階に上がった。
 机の上で開けてみて、ヒルは目を瞠る。

 サラの店のお守りだ。

 ヒルはそのまま箱を持って出かけた。
 中隊長がやっている、郊外の農場を訪れる。
 事情を話し、お嬢様の親に返してもらうよう頼んだ。

 自分はあまりに身分が違うので直接会うことは難しい。

「直接返していいなら俺も行きますから、まずすぐ返したいって伝えてください」

 きれいな装飾の箱をぐいぐい押し付けられて、上司は困惑していた。
 野良仕事の休憩中になんか面倒な話を持ってこられている。
 
「もらっておけばいいだろう。お嬢様のご厚意なんだから」
「嫌です。これだけは受け取れません」
「なんて言って返せばいいんだ? 気に入らなかったって言えと?」
「どちらかというと気に入ってます。でも受け取れないんです。
 お嬢様の親には、結婚が決まってるとでも伝えてください」
「決まってるのか」

 中隊長が心底驚いたように聞いた。

「決まってません」

 ヒルが箱を押し付ける手に力を入れてきっぱり言う。

「でも好きな人はいます。
 これを受け取って戦場に持って行くのを見られたら、確実に誤解される」
「見せなきゃいいだろうが」
「絶対に見える人なんです」

 ヒルがここまで押し通そうとするのは珍しかった。
 中隊長はへええええ、と長く息を吐く。

「…分かった。いったん箱は預かって、上の人に相談してみる」
「お願いします。俺、店があるのでこれで失礼しますけど」

 ヒルは踵を返しながら上司を指す。

「早めに、お願いします」

 そう言い置くと早足で商店街の方へ戻っていった。

 

 店に着いた時にはもう夕方の客が来る時間だった。
 ヒルはちょっとだけ準備をしようと看板を出さずにキッチンへ立つ。

 ジョエルは店にいなかったが、エールの樽は新しいものに変わっていた。
 彼にできる準備は済ませたようである。

 ふと、何かの音が頭の上から聞こえて天井を振り仰いだ。

 手を止めて耳を澄ます。

 ゆったりと、確かめるように鳴る音。

「ジョエル」

 ヒルは作業を忘れてただそれを聞く。
 
 曲は彼がよく弾いてくれた曲だった。
 ふるさとの情景を懐かしむ歌。
 見事な演奏とは言い難いが、懐かしいジョエルの音だった。

  

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