14 / 29
第四章
ふたりの時間【2】
しおりを挟む「あ、また降ってる」
さぁっという風音に乗せられた甘く芳しい香りに顔を上げれば、糸のように細かな雨が曇天の中で舞っていた。
そぼ降る秋霖が運んできたのは、金木犀の甘い薫香。開け放たれた窓の向こうで長雨にしっとりと濡れている橙色の花びらが、教室の中へと届けてくれている。
冷ややかな風と、雨と花の匂い。そのどこにも残暑を思い出させるものは見当たらず。既に季節は移り変わり、深まる秋の濃度の中に私たちも溶け込んでいるのだと実感した。
「都築さん、準備物の保管についてなんだけど」
「あ、ベランダに大きめのダンボールを用意してあるから、そこにお願いできる?」
「了解」
それもそのはず、日付はもう十月下旬。学園祭まで、あと二日だ。
「都築さん。土岐、どこに行ったか知ってる?」
「土岐くんなら、視聴覚室だと思う。他のクラスの実行委員との打ち合わせに行くって言ってたから」
そして、実行委員として、かーくんとともに行動できるのも、残り数日。
予想していた通り、学園祭の準備に忙殺されていた三週間はあっという間に過ぎ去っていた。『ふたりの時間』もあるにはあったけど、色んなことに追われながらの事務的な打ち合わせに終始していたから、正直、恋心にけりをつけるどころじゃない。
『鮎佳。ここは一発、キュッと腹をくくってさ。さくっと告って、あっさり玉砕して、すっぱりと未練を断ち切っちゃおうよ。ねっ?』
ひかるからの身も蓋もない助言を実行する余裕とタイミングは、どこにもなかった。
『長く長く溜め込んだ想いだからこそ、さくっと終わらせるべきだよ。そのほうが、これ以上引きずらずに済む。鮎佳にしてみたら、すごく痛いだろうけどね』
うん、わかってる。
ひかるがアドバイスに込めてくれた真意は、ちゃんとわかってる。ずっと引きずってきた想いだからこそ、〝終わり〟はあっさりと迎えるべき。そう言ってくれた時のひかるの表情は、私と同じ痛みを共有してくれていた。
『まぁ、告られた土岐くんはすごく戸惑うだろうし、断るにしても多少は複雑な気持ちになることは否めないよね』
それも、わかってる。私にとっては、自分の気持ちにけりをつけるための告白だけど、かーくんにとっては後味の悪い事柄のひとつになるだろうってことも。
『それでも、一歩前に踏み出すために、ここで頑張ろうよ。大丈夫。何があっても私は鮎佳の味方だからさ。安心して、ざっくりすっぱり、華麗にふられてきちゃえ!』
「……ふふっ。ひかるの励ましは、いつも本当に独特なんだから」
秋の深まりを教えてくれる金木犀の香りに包まれながら、ひっそりと笑った。二日後の学園祭に向け、慌ただしさしかない教室の片隅で、ひとり、手作業をしながら。
何があっても味方でいてくれる、愛してくれてる親友が、私にはいる――――ふたりも。
その友情がくれる幸せを、少しの胸の痛みとともに噛みしめる。喜びと相反するそれは、『怖い』という感情。ちくちくと刺すような胸の痛みを、私に与えてきている。
告白すれば、もう単なる幼なじみですら、いられなくなるから。
前を向いて歩いていくためのこの決断は、同時に、彼が私に持ってくれていた幼なじみとしての感情と信頼を全て失うということに繋がる。それを思うと、とても怖くて、つらい。けれど――。
「都築。今、いいか?」
「あ……」
かーくん……。
「……何? 土岐くん」
物思いに沈んでいた原因の相手からの、唐突な呼びかけ。大きく跳ねた鼓動を抑えながら、そのことを気づかれないよう平静を装って振り向けば、見慣れた無表情が私を見おろしていた。
「手を止めさせて済まない。学年会で打ち合わせてきた内容について説明したいんだが」
「あっ、はい!」
すぐに、立ち上がった。かーくんが周囲を見回し、「あっちでやるか?」と、持っていたペンでベランダを指したから。
場所移動を促された理由は、準備作業でばたついている教室内を避けるためだ。
「あのっ、土岐くん? ベランダじゃなくて、他の場所にしない? ベランダも準備物の出し入れが頻繁で、きっと落ち着かないし」
だから、かーくんのその気遣いに乗った形で、新たな場所移動をすかさず提案した。かーくんの声を聞いた途端に不意に湧き上がってきた〝ある思いつき〟を、どうしても実行したくなって。
「別に構わないが。そんなに長い説明にはならないぞ?」
「うん、わかってる。でも私も当日の段取りの最終確認をしっかりしておきたいし。少しだけでいいから、教室以外の場所に移動して打ち合わせしたいの。駄目かな?」
駄目かと尋ねながらも、作業中の物を手早く片づけてバッグを持ち、外に出るつもりだと暗に示した。こんな無理強いのような強引なこと、かーくん相手にしたことない。
だけど、脳内を占めてしまった思いに突き動かされてるから、止まれない。
どこでもいい。ここじゃない、どこか。そこに行って――。
「わかった。じゃあ、カフェテリアはどうだ? この時間なら利用者も少ないだろうし、その後、体育館に移動すれば最終確認も一度にできる」
「そうね。それがいい。じゃあ、行きましょう」
行動に無駄がなく、提案とともに身を翻したかーくんに続いて教室を出た。
カフェテリア。そこでいい。そこで、自ら断ち切ろう。そうする。
先に立って歩くかーくんの姿勢の良い後ろ姿を早足で追いながら、ともに向かっていく。自分で決めた、終わりの場所へと。
ふふっ。私ったら、おかしい。すごく。
ついさっきまで告白のタイミングを見失っていたのに、自分でも驚くほどの行動力だ。
思いつきで急いで告白するみたいだけど、そうじゃない。今しかない。そんな気がする。
だから、今日で終わりにしよう。
開け放たれた廊下の窓。歩んでいく視線の向こうに、さっきまで雨雲に閉じられていた空が見える。いつの間にか雨は止み、流れゆく雲間から夕焼け色の陽射しが地上へと真っ直ぐに伸びていた。
その天候の変化に、知らず、口元が緩む。カフェテリアへの歩みも、次第に変わっていく。きびきびしたものから、羽根のように軽いものへと。
私の決意を天が後押ししてくれているような、そんなポジティブな感覚に浸りながら足を速め、かーくんの隣に並んでみた。
終末に向かっているというのに、妙に晴れやかな気分で。
0
あなたにおすすめの小説
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる