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第六章
風のゆくえ【4−2】
しおりを挟む「あー、でもさ。あんた、土岐先輩を見送った後、泣いてたじゃん。だから、告るの失敗したせいだって思ったんだ」
「あれは……」
笑いを引っ込めた神妙な表情が向けられたけれど、歌鈴のことを知らない相手には説明しにくい。だから、声が途中でしぼんだ。
「見てるこっちがびっくりするくらい、いきなりボロ泣きし始めてさ。そしたら、なんか急に『見てらんねぇ!』って気になって。で、ここまで引っ張ってきちまった」
男子にしておくのは惜しい、黒目がちな大きな瞳。長い睫毛に縁取られたそれが、私の表情を窺うように、ゆらりと揺れる。
「怪力女には牽制されてたけど。やっぱ謝りたかったから、懲りずに何度も教室まで行ってた。だから今朝、すげぇ晴れやかな顔つきしてるって気づいたよ。で、『あぁ、とうとう告るんだ』って思った。ここひと月ずっと、あんたのことばかり見てたから、そう思った」
「ひと月って……じゃあ、部室の掃除をしたあの日から、ずっと?」
「あっ! かっ、勘違いすんなよ! 今のは、ただの感想なんだからな! あんたの表情観察の感想っ」
「あ、そう」
「んだよ。それだけかよ。『ストーカーか!』ってツッコミはなしかよ」
突っ込んでほしかったの? じゃあ――。
「『気が強いだけの平凡な地味女』のストーカー、楽しかった?」
「……っ、今それ言う? やな女だな」
「ふふっ。ちょっとだけ仕返しね……あ、アナウンス……生徒会の企画が始まるみたい」
少し残念そうな顔から、鼻の頭にしわを寄せた、めちゃめちゃ嫌そうな表情になった宇佐美くんを興味深く見ていたけど、生徒会主催の部活対抗企画の開始アナウンスが流れたから立ち上がった。
バスケ部が参加表明してるし、その会場でひかると待ち合わせだから、もう行かないと。
「いよいよメインイベントか。『仮想で妄想☆仮装コンテスト』だったっけ?」
「そうよ。私、応援に行かなくちゃ」
「俺も行くっつの。バスケ部も参加してんだから」
「一緒に行く?」
「あんたが嫌じゃなければ」
「じゃあ、行きましょう」
会場のグラウンドでひかると待ち合わせしてることは言わずに、一緒に歩き始める。
ふふっ。私、性格悪い。
でも、ひかると対面した時の宇佐美くんの顔を見てみたかったから、黙っておくことにした。何だか楽しそうって思って。
可愛い系の後輩から陰険小動物へと印象が変わっていた宇佐美くんだけれど、今、隣を歩いてるこの子のことは不思議と嫌いじゃない。
おかしな感覚だけど、植えつけられていた痛みと苦手意識は綺麗さっぱり消え失せている。
かなり横柄で、口が悪い。そんな素顔を包み隠さずに私に見せてきてると、伝わってくるからだろうか。
会話を交わすことなく黙々とグラウンドへと向かう私たちの足元を照らすのは、もう太陽じゃない。ほんの少ししか時間は経ってないはずなのに、いつの間にか夕陽は姿を隠し、空に残った雲をオレンジ色の残照が美しく輝かせている。
昼間とは違う、格段に温度が下がった秋風が、ひゅうっと音を立てて私たちの間を吹き抜けていった。
この風は、どこまで吹いていくんだろう。
ふと、そんなことを思った。初めてのことだ。
今までの私は、過ぎ去った日々と、自分の足元しか見ていなかった。冷え切った闇の中に自らを閉じ込め、そこから見える他人の幸せを羨んでいた。
けれど、視点を変えさえすれば、見えていなかったものが別の姿で浮かび上がってくるのだと知った。
両親、お姉さんたち、それから宇佐美くんも。
かーくんも、そうかな?
彼のことを思うと、やっぱり胸に疼痛が走る。まだしばらくは、みっともなく引きずる気がする。でも、それでいい。
私にはひかるがいる。歌鈴も見守ってくれてる。だから、大丈夫。
吹き抜ける風のゆくえは、誰も知らない。
でも、それに名前をつけ、色を施し、どんな想いを乗せるのかは、私の自由。少しだけ肩の力を抜いて、風の揺らぎに身を任せてみよう。そうしたら。
——どうして、その子なの?
この問いにも、すぐに答えを用意できるはず。
そう。きっと、すぐに。心からの笑みを添えて答えられる。
たゆたう想いを大事に抱え、しっかりと地に足をつけた『鮎佳』自身の言葉で。
「ねぇ、宇佐美くん?」
「あ?」
「今、私の手首をわりと強めに掴んできてるけど。行き先は同じなのに確保しておく必要ある? どうして?」
「あー、これは……なんとなく、だ」
「ふーん。なんとなく、か。わかった」
「うん」
「イベント会場に着くまで、でいい?」
「ああ……まぁ、それでいい。俺は優しいからな。最初から飛ばしたりしない。手加減しといてやるよ」
「飛ばし……手加減? 何の?」
「……黙って歩け」
【了】
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