6 / 17
第二章
花言葉の疼き【1】
しおりを挟む最近のアプリは、本当に便利だ。
スマホで画像をアップするだけで、花の名前がわかる。花弁の色や数、生息地、果ては育て方や花言葉まで教えてくれる。
「はぁ……」
弱々しく重い溜息が、夜陰に落ちた。
乃亜が見つめている液晶画面だけが、彼の部屋で明るい光を放っている。
ゆるりと首を振り、スマホのディスプレイに指を滑らせた。購入した時から一度も変えていないデフォルトの待受画面の上に、再びの溜息が降る。
「この恋に気づいて、だって?」
乾いた声が、リナリアの花言葉を紡いだ。
リナリア。別名、姫金魚草。細い茎に、ぷくっと丸い小さな花が密集しているパステルカラーの花。
乃亜の手元にあるリナリアの花弁の色は、白と紫だ。間違って誰かが花に接触することがないよう、職場のトイレで吐き出したものをポリ袋に密閉して持ち帰ってきた。
数日前、自宅で吐いた花はもう捨ててしまったが、ピンクとオレンジ色の花弁だった。
同じ種類の花を二度続けて吐いてしまえば、その花のことを知りたくなるのは当然。持ち帰った花の写真を撮って調べることにした。
名前も知らない、小さく愛らしい花はリナリアという名称で、赤と黄色の花弁を持つ種類もあるらしい。
そして花言葉は、——この恋に気づいて。
どうか、気づいて。僕の想いに。
それは、とうとう自覚してしまった乃亜の本心。
けれど、その反面、気づかれたくないとも思う。
こんな、同性に対する邪な想いを自分が抱いてることは彼には知られたくない。絶対に隠し通さなくては。
「うっ」
金髪のカメラマンの美しいブルーグレーの瞳を思い浮かべた時、また吐き気が襲ってきた。
嘔吐の苦しみとともに溢れたもの。新たに吐き出した花は、リナリアではなかった。
緩く照明を落とした室内でも、わかる。目に鮮やかなオレンジ色の花弁のそれは、乃亜でも知っている花、カーネーション。
口をすすぎ、気休めの吐き気止め薬を飲んでから、また写真を撮る。研究職の性で、気になった事柄は調べなければ気が済まないようだ。
「熱烈な、愛」
オレンジのカーネーションの花言葉を示すアプリ画面を見つめたまま、眩暈を覚えた。何度もそのワードを目線でなぞってしまう。
こじれた恋情が花の形となって身から出てくるのが、花吐き病だ。そうなれば、花言葉は重要な意味を持つのではないか?
十日前と今日、リナリアを吐いた。さっきはカーネーション。そして、ほんの二時間前、帰宅した際にはラベンダーを一輪。
香りの強い薄紫の小花、ラベンダーの花言葉は、——あなたを待っています。
「ははっ。もう、どうしようもないな」
2
あなたにおすすめの小説
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~
中岡 始
BL
「人生詰んだおっさん、拾われた先で年下に愛される話」
仕事を失い、妻にも捨てられ、酒に溺れる日々を送る倉持修一(42)。
「俺の人生、もう終わったな」――そう思いながら泥酔し、公園のベンチで寝落ちした夜、声をかけてきたのはかつての後輩・高坂蓮(29)だった。
「久しぶりですね、倉持さん」
涼しげな顔でそう告げた蓮は、今ではカフェ『Lotus』のオーナーとなり、修一を半ば強引にバイトへと誘う。仕方なく働き始める修一だったが、店の女性客から「ダンディで素敵」と予想外の人気を得る。
だが、問題は別のところにあった。
蓮が、妙に距離が近い。
じっと見つめる、手を握る、さらには嫉妬までしてくる。
「倉持さんは、俺以外の人にそんなに優しくしないでください」
……待て、こいつ、本気で俺に惚れてるのか?
冗談だと思いたい修一だったが、蓮の想いは一切揺らがない。
「俺は、ずっと前から倉持さんが好きでした」
過去の傷と、自分への自信のなさから逃げ続ける修一。
けれど、蓮はどこまでも追いかけてくる。
「もう逃げないでください」
その手を取ったとき、修一はようやく気づく。
この先も、蓮のそばにいる未来が――悪くないと思えるようになっていたことに。
執着系年下×人生詰んだおっさんの、不器用で甘いラブストーリー。
貴方へ贈る白い薔薇~思い出の中で
夏目奈緖
BL
亡くなった兄との思い出を回想する。故人になった15歳年上の兄への思慕。初恋の人。忘れられない匂いと思い出。黒崎圭一は黒崎家という古い体質の家の当主を父に持っている。愛人だった母との同居生活の中で、母から愛されず、孤独感を感じていた。そんな6歳の誕生日のある日、自分に兄がいることを知る。それが15歳年上の異母兄の拓海だった。拓海の腕に抱かれ、忘れられない匂いを感じる。それは温もりと、甘えても良いという安心感だった。そして、兄との死別、その後、幸せになっているという報告をしたい。亡くなった兄に寄せる圭一の物語。「恋人はメリーゴーランド少年だった」も併せてどうぞよろしくお願いいたします。
想いの名残は淡雪に溶けて
叶けい
BL
大阪から東京本社の営業部に異動になって三年目になる佐伯怜二。付き合っていたはずの"カレシ"は音信不通、なのに職場に溢れるのは幸せなカップルの話ばかり。
そんな時、入社時から面倒を見ている新人の三浦匠海に、ふとしたきっかけでご飯を作ってあげるように。発言も行動も何もかも直球な匠海に振り回されるうち、望みなんて無いのに芽生えた恋心。…もう、傷つきたくなんかないのに。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる