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参
小さき童、稚鮎(ちあゆ)
しおりを挟む「――おーい、通頼ー! 邪魔するぞー。朱鷺丸を迎えにきたんだ」
「お邪魔いたします。通頼の蔵人様、あわびを迎えにまいりましたっ」
「あ……」
賀茂殿があまりにお気の毒なので頬の肉球痕にも薬を塗って差し上げていたところ、朗らかな声がふたつ、庭に響いてきた。
「いらっしゃいませ。建様。稚鮎殿」
にこやかに手を振っている長身の男性は、源建様。六位蔵人で、蔵人所での僕の先輩。
その建様と一緒に庭に現れた、みずら結いに水干姿の男児は、稚鮎殿。僕の上司、頭中将であられる藤原雅人様づきの童だ。
「いやぁ、通頼。いつも朱鷺丸が世話になって悪いなぁ」
「通頼の蔵人様。いつもあわびに良くしてくださり、厚く御礼申し上げます」
「いえ、とんでもない! こんなに可愛らしい猫ちゃんたちに遊びにきていただけて、僕、本当に嬉しいのです。御礼を申し上げるのは、僕のほうですっ。あ、ところで、建様は今日も光成様の代理ですか?」
『朱鷺丸を迎えにきた』と言われた時点で気づいていたが、一応お尋ねした。
朱鷺丸殿の飼い主は、建様ではなく、大納言家の藤原光成様。おふたりはとても仲が良くて、頻繁にお互いの邸を訪ね合っていると聞くが、今日もそうなのか、と。
それなら、稚鮎殿と一緒に迎えに現れたことに納得できる。
あわび様と朱鷺丸殿、それぞれが家猫となっている頭中将様のお邸と大納言邸は、どちらも我が邸の近くなのだ。
「うん、そうなんだよ。光成、主上の御用で帥宮様のところに使いに行ってしまってなぁ。だから、私が朱鷺丸を迎えにきた。ところで、その木桶に入っている物は何だ?」
「あ、牛の乳から作った酪です。朱鷺丸殿たちに振る舞っていたのですが、良かったら建様と稚鮎殿も召し上がられませんか?」
「うん、いただくよ。旨そうだ」
「あの、稚鮎は……そのっ……」
ん? どうしたんだろう。
僕の誘いに破顔して頷いてくださった建様の横で、稚鮎殿が居心地悪そうにしている。
「どうしたのです? 牛の乳はお嫌いですか?」
「いえっ、嫌いではありません。ですが、稚鮎はそのような図々しいことは、出来ませんのでっ」
あぁ、なるほど。
童子特有の高い声で可愛らしく遠慮する姿に、きゅうっと胸を射抜かれながら、同時に納得する。
頭中将様に仕える身分だから、参議の邸で物を食べるようなことは出来ないと遠慮しているのだ。
うぅっ。まだ幼いのに、なんと、いじらしいのだろう。
僕が『稚鮎殿』と敬称をつけて呼ぶのも、最初はひどく遠慮していた稚鮎殿だ。
お友だちになってくれた猫ちゃんを『あわび様』と呼んでいるのだからと、そちらは納得してもらえたが。建様と一緒に酪を召し上がれ、というのは、無理な誘いだったかもしれな……。
「ぴよーんっ!」
「えっ?」
身分を気にしている稚鮎殿に強制することはできないと諦め、ならば持ち帰ってもらおうと思い直した、その時。僕の目の前を、珍妙な鳴き声を放つ白い影が横切っていった。
「わわっ、何なのっ?」
白い影は俯いてしまっていた稚鮎殿の肩に飛び乗り、薄桃色の頬をぺろぺろと舐め始める。
「ぴよん、ぴよーんっ」
童の肩で珍妙な鳴き声を聞かせているのは、うずら丸殿だった。
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