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ボタンの代わりに
しおりを挟む「いっちゃーん!」
可能性があるのは、後はここだけ。
いっちゃんが部長を務めてた、弓道部の部室。きっとここにいる。
「あっ! うわーん、ほんとにいたー!」
絶対いると思ってドアを開けたけど、探してた人が本当にいたから込み上げてくるものを抑えられない。
「いっちゃぁーん……うっ……うぅっ」
「あ? 何だよ、お前。入ってくるなり、いきなり泣いてんじゃねぇよ」
やっと、見つけたぁ。
「だって、いっちゃんがいないから……急にいなくなるから、すごく探したんだよ」
「そうか。ちょっと野暮用があったんだよ」
野暮用っ?
「そそ、その野暮用って何っ? ここにはもう誰もいないけど、誰かがいたの? どちらの誰と、何をどうやって過ごしてたのっ?」
「何だ。その、具体的なようで抽象的な質問は」
『野暮用』といえばアレのことだと親切な先輩がさっき教えてくれてたけど、野暮用の中身が気になって食いつけば、呆れたような声を発した相手が、くるりとこちらを向いた。それまで、部室の机の上でお行儀悪く胡座をかいて窓の外を眺めていた人と、数時間ぶりに視線が合った。
「いっちゃん……」
「チカ?」
「ど、して?」
「ん? どうした?」
勝手に身体が動いた。
「どうした、はチカの台詞だよ!」
気づけば、いっちゃんの学ランの裾を握りしめて、思いっきり引っ張っていた。
「うおっ! 何だ?」
「何だ、もチカの台詞だよ。なんでっ! どうして制服のボタンが無いのっ?」
学ランのボタンが! 無い!
「ボタン! ボタンはっ? なんで、袖口の物まで無くなってるのぉーっ?」
嘘でしょ? こんなことある? ボタンというボタン全部、綺麗さっぱり消えて無くなってる!
「あ? 欲しいって言うヤツがいたから、やった」
「酷い! チカだって欲しかったのに!」
「知らねぇよ。なら、先に言っとけよ」
「だって! 卒業式の後にお花を渡して、そこで貰おうと計画してたんだもん!」
ここで初めて、ガーベラのブーケのことを思い出した。握りしめたまま走り回ったから、ラッピングはしわしわ、花びらもいくつか飛んで、茎もしなしな。とてもじゃないけど、プレゼントには出来ない。
「うぅっ……お花はめちゃめちゃになっちゃうし、ボタンは一個も残ってないし! 最悪だよっ。うわーん! チカのお別れ計画がぁ!」
掴んだ学ランの裾をぎゅっと握りしめて、左右にブンブン振り回してしまう。
「一個くらい残しといてくれてもいいじゃないっ。いっちゃん、酷いよ」
「無くなったもんは仕方ねぇだろ」
「だってぇ」
しつこく裾を引っ張ってグチグチと続けてしまう。だって、第二ボタンと引き換えにブーケを渡して、『さよなら、初恋』にしようと決めてたんだから。これじゃ、またチカはこの恋心をしばらく引きずることになるよ?
「いっちゃんの馬鹿ぁ」
「はあぁ……ボタンはな、礼の代わりなんだよ」
恋心の幕引きを自分で出来ないのは、チカが弱いから。なのに、自分勝手な理由で罵倒してしまったチカに、髪をかきあげながら溜息をついた相手がぼそりと呟いた。
「御礼?」
何の?
「今日の式、母さんが出席したろ? 式典途中で気分が悪くなった時のために出入り口近くの席取りをしたりとか、まぁいろいろ、卒業生の俺が動けないぶん、弓道部の後輩女子に諸々のヘルプを頼んだんだ。そしたら、そいつら全員がこの御礼は学ランのボタンを貰うだけでいいって言ったから、さっき渡した」
「初琉ちゃんのため、だったの?」
「母さんには言うなよ?」
うわ、いっちゃん、照れてる。珍しい。目を泳がせてお口をモゴモゴさせてるよ。ふふっ、ちょっと可愛い。
「言わない。初琉ちゃんにも他の誰にも言わないよ。秘密にしとくね」
そうだったんだ。御礼の品の代わりだったのかぁ。てっきり、告白されたり、思い出にくださいとか言われたりして、適当にホイホイあげちゃったのかと思ったよ。
いっちゃんって、無愛想だし口は悪いし、お世辞にも正義感なんてこれっぽっちも持ち合わせてない、捻じ曲がった性格してるけど、早くに亡くなったお父さんの代わりに二人分の愛情を注いでいっちゃんを育てたお母さんのことは、とても大事にしてる。
お母さんの初琉ちゃんは血液の難病を患ってて、療養入院を繰り返してるから余計になんだろうけど、いっちゃんの親孝行な一面はチカがいっちゃんを大好きな理由のひとつだ。
「そっかぁ。チカも記念にボタン欲しかったけど、初琉ちゃんのための御礼なら仕方ないね。でも、たとえ御礼って名目でも、いっちゃんの第二ボタンを貰えた子は幸せ者だよ。ちょっとだけ……」
羨ましいし妬けちゃう、と続けそうになったけど、それは心の中だけにとどめる。『単なる幼馴染のチカ』は、軽口でもそんなこと言える立場じゃないもん。
「チカ」
「え?」
何?
不意に、腕を持ち上げられた。いっちゃんの手がチカの手首にかかって——。
「いっちゃん?」
今までなかった重みをそこに感じてる。これは……。
「やる」
「えっ?」
「お前にやる。ボタンの代わりだ」
「え? え? チカに? 嘘っ」
「嘘でわざわざ嵌めたりするかよ。ボタンの代わりっつったけど、もともと、卒業式が終わったら渡そうと思ってた。お前、海外でパティシエの修業するつもりなんだろ? それ、時差機能付きだからな」
「いっちゃーん」
胸がいっぱいになって名前しか呼べない。
今まで、いっちゃんの左手首に嵌まってるところをずっと見てきた、それ。いっちゃん愛用の腕時計が、チカの手首に……。
これ、現実なんだ。しかも、もともとチカにくれるつもりだったって言ってた。嬉しい。
「あの、いいの? チカはすごく嬉しいけど、いっちゃん、この時計、大事にしてたの、チカ、知ってるよ?」
「お前なら大事に使うだろ?」
「そりゃ、もちろん、そうだけど!」
「なら、いい。今日からお前が持ち主だ」
滅多に聞かない穏やかな声色が鼓膜を撫でる。わずかに口元を綻ばせ、チカの手首におさまった腕時計を中指でチョンと突く仕草に、ぎゅんっと胸が高鳴った。
忙しく跳ねる鼓動をそのままに、眼前の人と目を合わせる。
「いっちゃん、ありがと。大切にするよ。ずっとずーっと、大事に使い続けるからね!」
「あぁ」
この誓い、ほんとだよ?
自分の手首に嵌まってることがまだ信じられない腕時計をじっと見つめる。ほんのわずか、いっちゃんの温もりがまだ感じられるベルト部分をそっと撫でてみる。
正直なところ、第二ボタンのことは惜しかったなって思う。けど、それ以上の物を貰えた。パティシエになりたいっていうチカの夢をこういう形で応援してくれてるんだ。嬉しいな。
いつの日か、ウィーンに旅立つその時、この時計がチカの御守りになる。ただの幼馴染なのに、こんなに良くしてもらっちゃって、どうしよう。
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