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第三章

2 アクシデント再び

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「あっ、高城くん。今から部活?」
 足取り重く、のろのろと特別教室棟へ向かう途中、聞き慣れた声が僕を呼びとめた。
「はい、そうです」
「頑張ってね。今日も聴きにいくから」
「ありがとうございます」
「私たち皆、高城くんを応援してるからねーっ」
 最後の声にはにっこり笑いながらの無言の会釈だけを返し、キラキラ笑顔の一団から離れた。歩くスピードを意識して速めることに努める。
 普段なら少しくらいは雑談を交わすんだけど、最近はこんな感じで、出来るだけ早く彼女たちから離れるようにしてる。
 華やかで明るい集団に囲まれての談笑は慣れたものだけど、今の僕には結構きついものがあるからだ。

「おぉ、今日も女子たちに大人気だなぁ。高城香椎くんは」
「……そんなことないですよ」
 いつの間に後ろを歩いていたのか、感心と揶揄を織り交ぜた口調が飛んできた。
「謙遜するなよ。誰もが認めるコーラス部のアイドルだろ? 実際、他校にも高城のファンは大勢いるって聞いたぞ」
「単なる噂をいかにも真実のように教師が口にしていいんですか? 島津先生」
 知ってる声だから振り向く必要は無いけれど、相手は教師。ちらりと斜め上を見上げ、過去、何度も聞かれた質問に、淡々と質問で返すということをした。
 甚だ不本意ながら、『他校にも熱心なファンがいるコーラス部のアイドル』という肩書きを知らない間につけられた当人として。

「単なる噂か? 『その天使のような歌声は誰もが聴き惚れずにはいられない、コーラス部のアイドル。美しい歌声もさることながら、中性的な容姿と、ぷっくりとした涙袋の下の泣きボクロにキュンときまくりなお姉さま方がファンクラブを結成して熱烈に応援中。がんばってぇ! 高城香椎くん! 僕たちの麗しのセイレーン。僕らは皆、君に夢中だっ!』と、ここに書いてあるぞ。すごく可愛い写真付きで」
「なんですか、それ! ちょっと見せてくださいっ」
「新聞部のクリスマス特別号だ。さっき部員に渡された。音楽室に掲示してほしいらしい」
 ほら、と手渡された大判の紙に書かれた文章を急いで目で追うと、島津先生が言った通りのことがそこに書かれてあった。
 セイレーンって! 美しい歌声で船乗りを惑わして海に引きずり込む妖魔のことじゃん。褒め言葉になってないじゃん!

 おまけに、もっと物申したいのは、『すごく可愛い写真付きで』と付け加えられた写真だ。明らかに盗撮。
 A2サイズの紙面一面にデカデカと書かれた記事の内容にも、写真の中の僕にも眩暈がしてくる。
 いつ撮ったんだよ、これ。自分でも引くくらいの満面の笑顔じゃん。
 こんなの、陸上部の練習見学に行って秀次くんを見てる時に決まってる。いったい、誰がこれを……。
 ぼ、僕の唯一の聖域に誰が踏み込んだ?
 新聞部か? 新聞部だな? 新聞部めぇぇぇぇ……!
 絶対、許さないぞっ!

「ん? 高城、大丈夫か? 気のせいか顔色が悪いぞ」
「大丈夫、です。記事の内容に眩暈がしただけです」
 会いたいけど会えない。謝りたいのに、秀次くんの前に顔を出す勇気が出ない。その苦悩に身を焦がしてる真っ最中の僕に、彼を見つめて全開の笑みをおっぴろげてる自分の写真を突きつけられてクラクラしてるだけですよ。心配いらな……。
「あ、あれ?」
「おいっ、どうしたっ?」
 どうしたのかな? 僕にもわからない。いきなり身体が傾いたんだ。
「あの捻挫か? まだ痛むのか?」
「何、言ってる、の?」
 先生が何か言ってるけど、何も聞こえない。
 耳鳴りが酷くて……キーンって音しか聞こえない。鼓膜が塞がれたみたいな変な感じ。
 僕、どうなっちゃったの? 怖いよ。助けて、秀次くん。
 助けて。

「しっかりしろ! 高城っ!」
 身体が浮いたような気がした。そんな気がした。でも、何も見えない。真っ暗だ。
「しゅ、じ……」
 暗闇の中、大好きな人の顔がぱぁっと明るく浮かんだ。僕に手を伸ばして微笑んでくれてる。
 怒ってないの? 良かったぁ。

「うれし……だい、すき」
 僕を包む闇をはらってくれた優しい笑みに安心した直後、何も見えなくなった。


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