5 / 69
第三章
冬の名残に【2】
しおりを挟む「土岐くん。座席はチカと隣でいい?」
「どこでもいい」
バスに乗り込む前に秋田が尋ねてきたが、本当にどこでもいい。まあ、出来れば彼女の近くがいいけど。
「じゃあ、チカたちの班は左側の前から四列目から六列目になるんだけど、前から山田くんと明石さん。美也ちゃんと涼香ちゃん。で、土岐くんとチカでいい?」
班のメンバー全員が頷いた。
まあ、妥当なところだな。山田と明石はつき合ってるから隣同士になりたいだろうし、彼女は笹原か秋田がいいんだろう。
仮に、秋田と彼女が隣になったとして、俺とじゃ笹原が気の毒だしな。ずっと無言で通せる自信があるし。
「ねぇ、チカちゃん。途中で休憩するサービスエリアって観覧車があるんだって!」
「あ、そうだよ。でも十五分しか時間がないから、残念ながら乗れないけどね」
「うぅー。そうだよねー。本当に残念っ」
「プライベートで来るしかないねぇ。お父さんにお願いしてみたら? この方面は温泉も多いし」
「だよねー。美也ちゃんはプライベートで来たことある?」
「私は、従兄のお兄さんたちと――」
笹原と談笑する彼女を座席の隙間から眺める。
だけでなく。時折、というか頻繁に振り向いては秋田に話しかける彼女を正面から堂々と見ることが出来るという、俺得なこの状況。
何だ、これ。楽しすぎる。
たまに、そんな俺を横目で見てくる秋田の視線は気づかないふりでスルーだ。
「あの、土岐、くん? これ、良かったら、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
男子と話すのは緊張するのか、片言が可愛すぎる彼女から飴をもらった。
女子校から共学にいきなり編入ともなれば、戸惑うこともあるだろう。
が、この飴、どうするべきか。
せっかく俺にくれたんだから、すぐに舐めるべきか? それとも、記念にとっておくか? もしくは——。
手のひらに乗せたまま、あれこれと悩んでしまう。
「土岐くん。飴、舐めないの?」
秋田が余計なことを聞いてきた。
馬鹿! 彼女に聞こえただろうが!
「いや、舐める」
秋田を睨みながら口に入れた飴は、サイダー味だった。しゅわっと、泡が弾けるような感触と懐かしい甘味。
あぁ、甘いな。
いつも胸に渦巻いている想いに重ね、ゆっくりと、味わう。
そういえば、と、班の顔合わせで自己紹介した時のことを思い出した。
「――じゃあ、皆、白藤涼香ちゃんに自己紹介してね」
始業式から数日後。ホームルームで学年行事の簡単な説明と、班決めが行われた。
俺を誘いにきた後、当たり前のように班長を引き受けた秋田に促されて、それぞれが自己紹介していった。
一人一人に丁寧に頭を下げて名前を復唱する彼女を微笑ましく見守っているうちに、俺の番になった。
「土岐奏人です」
「土岐、くん? もしかして土岐桔梗の土岐って書くの?」
知ってるのか? 意外に博識な彼女に驚きながらも肯定する。
「そう。その土岐だよ」
「わぁ、綺麗なお名前ねっ」
それまでも剣道で知り合った年配の人からも同じように聞かれたことがあるのに。この子から言われたってだけで、なんでこんなに、というくらい鼓動が跳ねた。
「それからっ、下の名前も素敵ね!」
心臓を鷲掴みにされたような衝撃が襲ってきた。
息が苦しい。ドクドクと跳ね続ける鼓動を持て余した。
「あ、駄目だよ。土岐は、下の名前で呼ばれることを嫌がるからさ」
なんて返そうかと脳内をフル稼働させていると山田が余計な口を挟んできた。
おい、山田。お前、もう黙れ。
「あっ。そ、そうなの? ごめんなさい。あの、私……」
一気に萎れて小さくなってしまった彼女に、途轍もない罪悪感を感じた。
「涼香ちゃん。同じ班なんだから、皆とはゆっくり仲良くなっていけばいいんだよ? 取りあえず顔と名字を覚えようね?」
「……うん。ありがと、チカちゃん」
空気の読める秋田に感謝していいのか、妬むべきなのか、悶々と悩んでしまった。
彼女に名前を褒められた時の、あの息苦しいほどの胸の高鳴り。血が沸騰したようなあの感覚は、今でもまざまざと思い出すことが出来る。
俺の名前は、トルコ語で〝翼〟という意味を持つ。両親が新婚旅行で訪れたトルコの思い出から、つけられた名だ。
初等科の低学年の頃だったか。学校の授業で、自分の名前の意味や、名づけの由来を発表することになり、両親に尋ねて教えてもらった。
名づけの由来を聞かされたその時。俺は自分の名、『かなと』という響きに、特別な何かを感じた。
理由は、今でもわからない。
漠然とだが、『自分の特別な人だけに、名前で呼んでもらいたい』と、強く思ったことだけは、はっきりと覚えてるんだ。
だが、その頃までは幼稚舎からの延長で、下の名前で呼ばれることが多かった。
女子の中には、母親が俺を呼ぶ時の真似で、『かーくん』と呼ぶヤツもいたし、『かなとくん』とも呼ばれていた。
が、どうしても譲れなかった俺は、名字で呼ばないと返事をしない、相手をしないという強硬手段に出て、無理やり名字呼びに変更させたんだ。
男連中は、低学年の頃には既に名字の呼び捨てで呼び合うように変わっていたから、何の問題もなくて助かった。
そんな経緯を経て、今の人間関係を築いてきた俺だが、今ではもうひとつわかっていることがある。
いや、わかっていても口に出したくない、が正解なんだが。
俺の母は、トルコ料理が得意で、特に手羽を使った料理は絶品だ。
そして、手羽も『KANAT』と表記されることも知っているが、これについては、両親に尋ねたことはない。
うん……全くもってトルコ語は奥が深いな。
笹原と楽しげに話している彼女の声が、俺の耳まで届いてくる。
軽やかで愛らしい、心地よい声音。この声で名前を呼んでもらったら、俺は一体どんな気持ちになるんだろう。
そんな未来が果たしてあり得るのか。
いや、未来は自分で引き寄せるものだな。
彼女に近づきたい。今より、もっと。誰よりも。
ふと目を瞑ると、出逢ってからずっと見てきた彼女のいろんな表情が浮かんでくる。
猫に笑いかけていた、花の精のような笑顔。自己紹介を俺が途切れさせてしまった時の、泣きそうな顔。
秋田や笹原と話している時の、屈託のない明るさ。
俺に話しかける時の、強張った表情。
どれも可愛くて、愛おしい。静かに見守ってあげたいと思う。
でも、その全てを独占したいとも思うんだ。
こんな自分を初めて知った。迸るような感情を自分が持っていたことに、初めて気づいた。
悪くない。
そうだ。こんな俺もいたんだと気づくのは、悪くない気分だ。
10
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編9が完結しました!(2026.3.6)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる