花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

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第三章

冬の名残に【3】

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「――でね? ――なの」
 ……ん?
 あ、しまった。少し、うとうとしてしまったらしい。
 慌てて時計を確認するも、それほど時間は経っていない。ほんの十数分のようだ。
 甘い響きが心地いい彼女の声が、また耳に届いてくる。
「えっ、そうなんだぁ!」
 いつの間にか、秋田が立ち上がっている。俺がうっかり寝てしまった間に、前の座席の背もたれに両手をかけて、彼女と笹原と三人でずっと会話していたようだ。盛り上がっているのはいいが。頼むから、車酔いしないでくれよ?
「涼香ちゃん家の猫ちゃん、見たーい! ねっ、美也ちゃん!」
「うん。私も見たいな」
「画像あるよ。見る?」
 あの白い猫の話をしてたのか。エビゾウだな。
 エビゾウ……駄目だ。ここで吹き出したら駄目だ。堪えろ、俺!
「わぁっ、真っ白だぁ。可愛いっ」
「ほんと! ふわふわで可愛いねー」
「ありがと。こっちも見て?」
「えっ、二匹もいるー。やだ、可愛ーい! 瞳がすごく綺麗っ」
「どっちも可愛いねー。こっちの子は、オッドアイ? すごく綺麗ねぇ」
「そうなの! 右目が琥珀色で、左目がサファイア色なの。綺麗でしょ? 二人とも、私の大切な家族で友だちなの」
 本当に嬉しそうに、彼女の声が弾んでる。猫はもう一匹いたのか。
 それにしても、女子の笹原よりもいちいちテンションが高いのは、何とかならないのか? 秋田。まぁ、白藤さんが楽しそうだからいいが……。
「こっちの子も綺麗なブルーアイだね! この子たち、ペルシャ猫?」
「ううん。ターキッシュアンゴラって品種なの」
 ターキッシュTurkish。彼女の口から出た、ターキッシュという単語に反応する。俺の名前の由来である、トルコに関係してる猫なのか?
 彼女が大切にしている猫が、自分と少しでも関連があることを知って、思わず口元が緩む。こんな些細なことなのに……。
 自分がかなりの末期だと、実感した瞬間だ。


「ね、涼香ちゃん! この子たち、名前はなんていうの?」
 高いテンションを維持したまま、秋田が予想通りの質問をした。
「えっとね、二人とも女の子でね? こっちのオッドアイの子がエビゾウでっ、ブルーアイの子がキクノスケなの!」
 弾んだ彼女の声の後に、訪れた沈黙。わかる。わかるぞ、皆のその気持ち。どう見てもレアな、希少価値の高そうな猫に対して、どう反応していいかわからないんだろう。
 しかも、エビゾウたちは雌だったのか。エビゾウもキクノスケも雌……。
「ふはっ!」
 駄目だ! 俺が我慢できない!
「えぇっ? 土岐くん?」
 裏返った声が落ちてきた。驚愕の表情で、秋田が上から見下ろしてくる。
「ふふっ……」
 さて、どうするか。
 堪えきれずに吹き出してしまったが、この後始末をどうつけよう。猫の画像を見せてもらっていた秋田と笹原はともかく、名前しか聞こえていないはずの俺が急に吹き出したことで、微妙な空気になってしまった。
「土岐くん。今のチカたちの会話で笑ったの?」
 秋田が目を見開いたまま、尋ねてきた。笹原と顔を見合わせるように、彼女もこちらを振り返って見ている。
 恥ずかしそうな、泣きそうな表情。
 それは、そうだろう。機嫌よく猫の話をしていたのに、いきなり吹き出したヤツのせいで、会話が中断したんだから。
 編入の挨拶の時といい、俺はこんな表情をさせてばかりだな。笑ってほしいのに――。
「土岐くん?」
 ……あぁ。秋田に話しかけられていたんだったか。
 俺のせいで、また彼女の笑顔を曇らせてしまった。その罪悪感で胸が苦しい。
「何?」
「何って……今の会話で笑ったのって聞いたんだよ?」
 どう返そうか。悩みどころだ。
「私……土岐くんがそんな風に笑ってるところ、初めて見た」
「うんうん! そうなんだよ! チカもそこにびっくりしちゃって!」
 遠慮がちに笹原が話しかけてきて、それに秋田が同調する。
 お前ら、『初めて』は言いすぎだろ。俺だって血の通った人間。いくら中身は無愛想でも、見た目は穏やかと言われてるんだぞ? しかも、幼稚舎からのつき合いで、その反応はあんまりじゃないのか?
 せめて、『久しぶり』くらいにしといてくれ。ただでさえ、彼女が見てるんだぞ?
 そう。今、彼女に見られてるんだ。
 たぶん、良い印象で見られてるわけじゃない。わかってる。
 だが、さっきの失態をどうすればいいのか早く考えないといけないのに、どうしてもその顔を見つめてしまう。
「あの」
 目が離せなくて、どうしようかと考えあぐねていたら、小さな声で話しかけられた。
「あの……うるさくして、ごめんなさい」
 何だ? なぜ、俺は謝られてる?
「……いや、別に」
 思考がついていかなくて、ろくな返事が出来ない。
 そもそも、勝手に吹き出して話の腰を折ったのは俺なのに、なぜ謝られた?
 もしかして、俺が怒ってると思ったのか?吹き出した張本人なのに?
 一体どこをどうすれば、そんな結論に辿りつくのかわからないが、だからこその謝罪なんだろう。
 全然、読めない。どうやら、この子の思考回路についていくのは、なかなか骨が折れそうだ。
 表情は雄弁なのにな。
 あぁ、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくてもいいのに……笑ってほしい。笑ってくれないか?
「白藤さ……」
「あのっ、ほんとにごめんなさい!」
「え?」
 意を決して話しかけた俺の言葉は、当の相手に遮られて。謝罪の言葉を投げるなり前を向いてしまった彼女に再び話しかけることが出来るほど、今の俺はメンタルが強くない。
 いや、むしろ最悪な状態にまで落ちこんでいきそうだ。
 あぁ……最悪だ。


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