花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
7 / 69
第三章

冬の名残に【4】

しおりを挟む



「あれぇ? 愛しの姫とは一緒じゃないのか?」
 途中のサービスエリアでの休憩時間。飲み物を買いに自販機コーナーに向かっていると、からかうような声色が横から飛んできた。
「見れば、わかるだろ」
「ふふっ。まあ、そうだけどさ。せっかく姫と同じ班になれたのに、もったいないじゃないか」
「うるさい」
「あ、土岐も飲む? どれでも選んでいいよ」
 高階はもうドリンクを手にしていて、というか、五、六本ほど入ったレジ袋を提げている。明らかに買いすぎだろ。
「全部ホットだけどね。あ、これは駄目だよ」
 駄目と言いながら持ち上げた蜂蜜とゆず入りのドリンク。言われるまでもなく、お前の好物を取ったりはしない。
「で? せっかくのチャンスを生かしきれないで、だんまりで見つめ続けてるだけなんだ?」
 余計な会話を挟みながら渡されたホットコーヒー。お望み通り、だんまりで受け取って飲む。
「全く。土岐らしくないねぇ。黙って足踏み状態だなんて」
「らしくない、か」
 はたからは、そう見えてるのか? 自分では全然わからないが。
 確かに、今まで取り組んできたスポーツとは、まるで勝手が違うのはわかる。
 なにせ、初めてなんだから。
 大切にしたいって思う相手も。その相手に嫌われたくないって思うのも。だから、さっきのことが胸に重苦しくのしかかってくる。
 失敗した。
 あんなに機嫌よく話してた彼女が、火が消えたように静かになって、笹原とそっと小声で会話するようになってしまった。
 三人で会話しづらくなったのか、座席に戻った秋田が静かに寄越してくる視線にも、いたたまれない気分だった。
 どうすれば、あの明るさを取り戻してくれるのか。何とかしたいのに、背中を向けられてしまった俺に、何が出来るのか。
 いくら考えても、まるでわからない。
 思いきって声をかけたとしても、俺のことなんて見てもくれないかもしれない。そう思うと、動けない。一歩が踏み出せない。
 そうだ。俺は、怖いんだ。だから、足踏み状態なのか?
「ふっ」
 そういうことか。
「何、笑ってんの? そんな余裕見せてる間に、横から誰かにかっ攫われても知らないよ?」
「それは困る」
「ははっ! 即答なんだ。じゃあ、もう解決済みじゃん」
 解決済み、か。
 にやりと笑った高階から視線を外して、もうひと口飲もうとした時、遠くに彼女の姿を見つけた。
 観覧車を見ようとしてるのか?
 ん?
「高階、悪い。もう行く。またな!」
「えっ、土岐?」
 高階が何か言ったような気がするが、走り出した俺には聞こえないし、どうでもいい。
 それよりも、なんであの子は独りなんだ?
 しかもバスが停車してる場所とは、反対方向に向かっていってる。不安そうにキョロキョロしながら。——それが意味することは明白で。
 くそっ!
 無駄に広いサービスエリアを恨みながら、全力で走った。



 もう少し。あと、ほんの少しで追いつける。小さな背中まで、数メートル。
 が、その時。唐突に、さっきのことが頭をよぎって、走っていた足が止まった。
 俺に向けられた後ろ姿が、さっきの彼女と重なって見える。
 前を向いたまま、二度と振り返ってくれなかった彼女。時折、見え隠れする横顔も沈んだものだった。
 その原因を作った俺が、今、声をかけたらどうなる? また泣きそうな顔が向けられるのか? それだけじゃなく、今度は完全に拒絶されるかもしれない。
 そう思ったら、一歩も動けなくなってしまった。
 口を開きかけては、また閉じて。その背中に向かって伸ばしかけた手は、途中で止まって力なく下りてくる。
 ぎゅっと握りしめた手が、俯いた俺の視界で震える。風が、目の前を横切るように吹き抜けていく。
 かすかに花の薫りをはらんではいるが、北風を思わせる冷たい風。まるで俺と彼女を隔てる壁のように、俺たちの間に吹きつけてくる。
 あぁ。何をしてるんだ。俺は。
 自嘲気味に空虚な笑いが浮かびかけた、その時。
「チカ……ちゃ……」
 小さな、震えるような声が飛んできた。
「白藤さんっ!」
 直後、身体が勝手に動いていた。
「きゃっ」
 一気に彼女との距離を詰めて、驚いて振り返ったその手首を掴む。
「えっ? と、土岐、くん?」
 まん丸に見開かれた目が俺を見つめて、小さな声で俺の名が紡がれる。
 どうしよう。何も考えずに、衝動に任せて掴んでしまったこの手を。
 この子が、他の男の名を縋るように呼ぶから、動いた。名前を呼んで、その手を掴んだ。
 弱々しい声が、俺を本能だけで動かしたんだ。
 それに、泣きそうな表情どころか! もう、しっかり泣いてるじゃないか! どうしたらいいんだ!
 濡れた睫毛が震えて、そこから透明な雫が、つうっと零れ落ちていく。
 反射的に動いた手が、頬に伸びる。
 潤んだ瞳から溢れたものを、親指でそっと拭った。

 ――泣かないで?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※特別編9が完結しました!(2026.3.6)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...