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第三章
冬の名残に【4】
しおりを挟む「あれぇ? 愛しの姫とは一緒じゃないのか?」
途中のサービスエリアでの休憩時間。飲み物を買いに自販機コーナーに向かっていると、からかうような声色が横から飛んできた。
「見れば、わかるだろ」
「ふふっ。まあ、そうだけどさ。せっかく姫と同じ班になれたのに、もったいないじゃないか」
「うるさい」
「あ、土岐も飲む? どれでも選んでいいよ」
高階はもうドリンクを手にしていて、というか、五、六本ほど入ったレジ袋を提げている。明らかに買いすぎだろ。
「全部ホットだけどね。あ、これは駄目だよ」
駄目と言いながら持ち上げた蜂蜜とゆず入りのドリンク。言われるまでもなく、お前の好物を取ったりはしない。
「で? せっかくのチャンスを生かしきれないで、だんまりで見つめ続けてるだけなんだ?」
余計な会話を挟みながら渡されたホットコーヒー。お望み通り、だんまりで受け取って飲む。
「全く。土岐らしくないねぇ。黙って足踏み状態だなんて」
「らしくない、か」
傍からは、そう見えてるのか? 自分では全然わからないが。
確かに、今まで取り組んできたスポーツとは、まるで勝手が違うのはわかる。
なにせ、初めてなんだから。
大切にしたいって思う相手も。その相手に嫌われたくないって思うのも。だから、さっきのことが胸に重苦しくのしかかってくる。
失敗した。
あんなに機嫌よく話してた彼女が、火が消えたように静かになって、笹原とそっと小声で会話するようになってしまった。
三人で会話しづらくなったのか、座席に戻った秋田が静かに寄越してくる視線にも、いたたまれない気分だった。
どうすれば、あの明るさを取り戻してくれるのか。何とかしたいのに、背中を向けられてしまった俺に、何が出来るのか。
いくら考えても、まるでわからない。
思いきって声をかけたとしても、俺のことなんて見てもくれないかもしれない。そう思うと、動けない。一歩が踏み出せない。
そうだ。俺は、怖いんだ。だから、足踏み状態なのか?
「ふっ」
そういうことか。
「何、笑ってんの? そんな余裕見せてる間に、横から誰かにかっ攫われても知らないよ?」
「それは困る」
「ははっ! 即答なんだ。じゃあ、もう解決済みじゃん」
解決済み、か。
にやりと笑った高階から視線を外して、もうひと口飲もうとした時、遠くに彼女の姿を見つけた。
観覧車を見ようとしてるのか?
ん?
「高階、悪い。もう行く。またな!」
「えっ、土岐?」
高階が何か言ったような気がするが、走り出した俺には聞こえないし、どうでもいい。
それよりも、なんであの子は独りなんだ?
しかもバスが停車してる場所とは、反対方向に向かっていってる。不安そうにキョロキョロしながら。——それが意味することは明白で。
くそっ!
無駄に広いサービスエリアを恨みながら、全力で走った。
もう少し。あと、ほんの少しで追いつける。小さな背中まで、数メートル。
が、その時。唐突に、さっきのことが頭をよぎって、走っていた足が止まった。
俺に向けられた後ろ姿が、さっきの彼女と重なって見える。
前を向いたまま、二度と振り返ってくれなかった彼女。時折、見え隠れする横顔も沈んだものだった。
その原因を作った俺が、今、声をかけたらどうなる? また泣きそうな顔が向けられるのか? それだけじゃなく、今度は完全に拒絶されるかもしれない。
そう思ったら、一歩も動けなくなってしまった。
口を開きかけては、また閉じて。その背中に向かって伸ばしかけた手は、途中で止まって力なく下りてくる。
ぎゅっと握りしめた手が、俯いた俺の視界で震える。風が、目の前を横切るように吹き抜けていく。
かすかに花の薫りをはらんではいるが、北風を思わせる冷たい風。まるで俺と彼女を隔てる壁のように、俺たちの間に吹きつけてくる。
あぁ。何をしてるんだ。俺は。
自嘲気味に空虚な笑いが浮かびかけた、その時。
「チカ……ちゃ……」
小さな、震えるような声が飛んできた。
「白藤さんっ!」
直後、身体が勝手に動いていた。
「きゃっ」
一気に彼女との距離を詰めて、驚いて振り返ったその手首を掴む。
「えっ? と、土岐、くん?」
まん丸に見開かれた目が俺を見つめて、小さな声で俺の名が紡がれる。
どうしよう。何も考えずに、衝動に任せて掴んでしまったこの手を。
この子が、他の男の名を縋るように呼ぶから、動いた。名前を呼んで、その手を掴んだ。
弱々しい声が、俺を本能だけで動かしたんだ。
それに、泣きそうな表情どころか! もう、しっかり泣いてるじゃないか! どうしたらいいんだ!
濡れた睫毛が震えて、そこから透明な雫が、つうっと零れ落ちていく。
反射的に動いた手が、頬に伸びる。
潤んだ瞳から溢れたものを、親指でそっと拭った。
――泣かないで?
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