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第五章
君に、捕らわる 【6−1】
しおりを挟む「――雪。わりと積もったんだな」
窓に顔を近づけて、白で覆われた景色に向かって独りごちる。
吐息で曇った窓に手をかけて結露を拭うと、このロッジのオーナーらしき人が玄関前の雪掻きをしているのが見えた。
朝早くから大変だな。昨夜、保科先生と彼女を車で送ったのがこの人なんだろうか。
自分のせいで俺たちの夕食が遅れたことをとても気にしていた彼女の姿が思い出される。
足、痛いだろうな。夜中に疼いたりしなかっただろうか。
「おはよう、土岐くん。早起きだね」
「おはよう、秋田もな。昨日はお疲れ」
まだ寝てるヤツも居るから、声を潜めて挨拶を交わした。
手塚先生と一緒に武田の検査が終わるまで付き添っていた秋田は、昨夜遅くにロッジに戻ってきた。
「そんなに疲れてないよ。ずっと座ってただけだしね」
そう言ってふわりと微笑んではいるが、検査待ちというのは気疲れしただろう。
こんな風に相手に気遣わせないように、俺も接していきたいものだな。
「武田は、今朝の再検査で異常が無ければ退院出来るんだろう?」
「うん。何とも無ければいいんだけどね」
昨日、救急車で緊急搬送された武田は検査の結果、異常無しだった。
雪がクッションになって、落下の衝撃が和らいだようだ。雪のシーズンで本当に良かった。
が、頭部打撲の疑いがあるために、安静と観察目的でひと晩、入院となったそうだ。
意識もはっきりしていて、少しの擦り傷だけという軽傷のため、秋田と一緒に帰りたいとかなりごねたらしい。
それを宥めていて帰りが遅れたんだと、少し疲れた表情で秋田が言っていた。
武田も、俺や高階じゃなく、秋田相手だから我が儘を言ったんだろうが。無事に戻ってきたら言って聞かせないとな。
「涼香ちゃん……」
「え?」
何だ? 今の……。
おもむろに、秋田が発した彼女の名前。その響きが、雪景色を映した窓に反射して。緩く、後を引くように鼓膜を刺激する。
甘い余韻が彼女の笑顔を思い出させて、胸をきゅっと締めつけていく。
声を潜めて話しているはずなのに。秋田の澄んだ声のせいか。俺の耳がイカレてるのか。彼女の名前だからなのか。
まぁ、全部が当てはまるんだろうな。
名前を聞いただけで、こんなになって。朝から痛いな、俺。
「ねぇ、土岐くん。涼香ちゃん、今日のスキー講習はお休みかな?」
一旦、口を噤んだ秋田が、また静かに問いかけてきた。
「そうだな。昨日の今日だ。安静にしておいたほうがいいだろうな」
「だよね。じゃあ、土岐くん。ペアの相手が居なくなるんだけど、大丈夫?」
あぁ、そうか。
「別に、独りでも構わない」
そう、独りでも全然苦にならない。でも――。
「そう? でも、もし良かったらチカと美也ちゃんと三人で組まない?」
「あぁ……あ、いや、大丈夫だ。気遣ってもらって悪いな」
秋田の気遣いが嬉しくて一瞬悩んだが、断った。
蕎麦打ちの後、ホテルまで送った時の別れ際の彼女の表情が浮かんで。彼女が参加出来ないから他のメンバーと組むなんていうことは、どうしても出来なかったんだ。
「じゃあ、涼香ちゃんの回復待ちで、今日のところは一人で参加ってことにするね?」
「あぁ、それで頼む」
回復待ちと言っても、無理をするのは良くない。
今日どころか、明日も彼女の参加は見込めないだろう。
さっきから、胸が重苦しい。『明日、よろしくお願いします』と言ってくれた時の恥ずかしそうな笑みを思い出す。それに返事をした時の、俺の高揚も。
あぁ。どうやら俺は、自分で思っていた以上に楽しみにしていたようだ。彼女と二人で過ごせるはずだった、今日の時間を。
でも仕方ない。無理はさせられないし、痛い思いもさせたくないから。
ただ、顔が見られないのが残念なだけ。
そう。ほんの少し、寂しいと思ってしまうだけだ。
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