花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

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第五章

君に、捕らわる 【11−1】

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「あの、土岐くん? 私、眼鏡姿がって、さっき変なこと言っちゃって。あの、その……」
 あ、しまった。
 両手を振り、焦って話しかけてくる相手の様子で、わかった。俺が黙ったままだから、気を悪くしたと勘違いしたのだろうと。
「いや、変なことじゃないよ。嬉しかった」
「え? あ、そう?」
「うん」
「良かったぁ。サングラス姿もすごくカッコ良かったけど。私はこっちのほうが好きだから」
「え?」
「……あっ!」
 もう、この子は。本当に……どれだけ俺を揺さぶれば気が済むんだろう。どうしてやろうか。
 胸の奥の、一点。そこに、決して消えない火がつけられたような気がした。

「ねぇ。そんなに好き? 俺のこと」
「え? あの、えと……」
「ちゃんと言って? 聞きたい」
 ねぇ、わかってる? 揺さぶられて、それで終わりじゃないんだよ。男は。
 こんな風に煽っておいて。くすぐっておいて。ただで済ませるなんて、思ってないよね?
「いつから、俺のこと好き?」
 真っ赤になってしまった頬を、右手でするりと撫でて。左手で、うなじにかかる髪を掬って絡めた。
「あの、あの……」
 目線を外せないように、顔を近づける。
「教えて?」
 逃がさないよ?
「言ってくれないの?」
 頬から指を滑らせ、下唇に触れて、ゆっくりと親指の腹でなぞって駄目押しをした。
「……初めて逢った時からって。さっき言った、よ?」
 初めて逢った時? 転入の挨拶をした、始業式のあの時か。
 春のあの花吹雪の中。ひと目見て、忘れられない存在になったもう一度、逢いたくて堪らなくて。何度も家の前を走って、でも逢えなくて。そんな時に、転入生として俺の前に現れてくれた。あの時?
 再会出来た衝撃と喜びで、馬鹿みたいに反応してた俺を? 君の挨拶を遮って、ぶち壊しにした俺を? あの時から、好きになってくれたの?

 俺にとっては、まさに天にも昇る心地。有頂天にさせられる言葉だったが。彼女にとっては恥ずかしすぎる告白だったのか、それとも俺が調子に乗って苛めすぎてしまったのか。目元にじわりと滲んできた涙に、ひどく慌てた。
 しまった。やりすぎたか。
「ごめん。無理やり言わせて」
 そっと涙を拭って、目を合わせて謝る。
「あ、違うのっ。好きなのは、私だけじゃなかったんだって思ったら、嬉しくて。嬉しすぎて、ね?」
 ぷるぷると首を振って、真剣に伝えてくれる。あぁ、本当にこの子は。何度、俺の欲しい言葉をくれる気なんだろう。
 君、わかってないよね? そんなに甘やかしたら駄目なんだよ。男なんて馬鹿だから、簡単に調子に乗ってしまうじゃないか。
「ねぇ、キスしていい?」
「……えぇぇっ!? こ、ここでっ?」
 五秒ほど沈黙した後。左右を何度も見ながら、驚きの声があげられた。
 あ、気づいてはいたんだな。俺たちの少し横を滑っていくスキーヤーたちの存在に。
「駄目?」
 でも、俺には関係ない。むしろ、見せびらかしたい。俺の大好きな子が、俺に応えてくれているところを。

「だ、だ、だ、駄目っ……じゃないけど! 無理、ですっ」
 ふっ。どっちなんだ?
「どっち? しても、いいの? 駄目?」
 真っ赤になってしまったその頬に、指先を添えて。グーの形に握り込んだ手を、ぷるぷると震わせてる愛しい子に答えを促す。
 つ、と頬から顎に指を滑らせて。ほんの少しだけ力を入れて上向かせた。
 スキーウェアの襟元から、少しだけ覗いた、首筋。初めて見る、白い喉の艶めかしいラインに、心臓が跳ねる。ドキドキと疼くそれを、何とか押し込めて。
「俺は、したいんだけど?」
 紅潮した頬に唇が触れるギリギリまで近づいて、囁いた。
「だ、だからぁ」
 すぐ近くから、弱りきった声が耳に届く。
「こ、ここじゃ……嫌、なのぉ」
 何だ、この破壊力は。朱に染まった頬と、うるうると揺れる瞳。薄桃色の唇は、かすかに震え続けて。そこから零れる白い吐息が俺の耳をくすぐった。

『ここじゃ、嫌』

 この言葉に込められた意味に、理性が飛びそうになる。
 けど、それよりも。大事にしたい気持ちのほうが勝る。彼女から告げられたのは、拒絶ではないのだから。
「ごめんね。俺、がっつきすぎてたね」
「え? あ、違うの。そういうつもりじゃ」
 大丈夫。俺を受け入れてくれてるって、ちゃんと伝わったよ。
「うん、わかってる。――ありがとう。嬉しいよ」
 自然に手が伸びて、小さなその肩をそっと抱き寄せていた。
 至福って、こういうことか。こんなに幸せな気持ちにさせてくれて、ありがとう。
「と、土岐くん? あの……」
「もう少し、じっとしてて? あと少しだけ」
 もぞもぞと居心地悪そうに動く相手を腕に閉じ込めて。穏やかな、優しい気分に浸る。
 けど、このままで済ませたくない男心もわかってくれないかな?


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