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第五章
君に、捕らわる 【12−3】
しおりを挟むふと、気づけば。いつの間にか、三人の会話は、それぞれが買った土産物の話にスライドしていた。
しんしんと降り続く雪を、その身に受ける俺たち。その中で、雪の白と戯れながら透明な笑顔が向けられる。
なぁ。俺には、もうその笑みしか見えないよ?
白く染められた世界の中。時が止まったかのように、目が奪われていく。音すらも消えていく。ただ、彼女だけを見つめて。そうして、込み上げてくる愛しさに、きゅうっと胸が疼く。
けど、見つめるだけじゃ足りない。全然、足りないんだ。
その想いが、俺を突き動かす。想いと衝動に、素直に身を任せ、手を差し出した。
「涼香。そろそろ中に入ろう。エレベーターの前まで送るから」
来て? ここまで。俺のところまで。誰の前でも、恥ずかしがったりなんかしないで。ただ、俺だけを見てほしい。
俺の呼びかけに、それまで賑やかに話していた全員が、一瞬で口を噤んだ。
即座にビクンと背すじを伸ばして反応した彼女は、そのまま固まってしまったかのように動かない。
「え? 土岐くん、今」
「うん。涼香ちゃんのこと、呼び捨てにしてなかった?」
小声で顔を見合わせた二人が、俺と彼女を交互に見てくる。が、こっちが優先だ。深く突っ込みが入る前に、もう一度呼びかける。
「涼香? 行くよ?」
この手を取りに来て? お願いだから。
嫌がられたら、どうしよう。拒絶されたら、どうしよう。そんな不安に苛まれて、差し出した手が震えそうになるのを、手首にぐっと力を入れて堪える。
緊張のあまり、表情筋が上手くコントロール出来ない。きっと無表情だ。だから? だから手を取ってはくれない?
「は、はい」
長い沈黙の後、諦めかけて手を下ろす寸前。ギギギ、と、音がしそうなくらいの動きで、こちらを向いた彼女と視線が絡む。そのまま、一歩を踏み出した姿を見つめる。距離にして、約三メートル。サクサクと彼女が雪を踏む音だけが聞こえてくる。
降る雪の、白く美しい世界。静謐な白をバックに、俺だけを見て、愛しい姿が近づいてくる。差し出した手に、ピンクの手袋がそっと乗った。
――花びらが落ちてきた。俺の手の中に。
魂に刻みつけられた、あの花吹雪の日以来。焦げるほどに渇望して、手に入れたいと望んだ花だ。
今、この手の中に本当に掴めた気がして。手のひらにおさめた可愛らしい手袋ごと、ぎゅっと包み込んだ。
「秋田、後でな。――行こうか」
しんと静まった中。秋田にだけ声をかけて、涼香の手を引いて歩き出した。俺の声にこくんっと頷き、素直についてきてくれる姿に、自然と笑みが零れる。
「え、土岐くんと涼香ちゃん? ええっ?」
「きゃーっ!」
軽く振り返った涼香が小さく手を振ったことで、秋田たちの叫び声が揃って上がった。その声を受けて、真っ赤になった顔を俯いて隠そうとするのが、また可愛らしい。が——。
「涼香? 下、向かないで、顔、見せて」
もうすぐ別れないといけないんだから。顔、見ていたいんだよ。
「足、安静にしとくんだよ?」
「うん」
「これ、渡しとくよ。いざという時のための痛み止め薬。痛みが酷くなったり、眠れなかったら、我慢しないで飲んでね」
「ありがと」
エレベーターの手前。彰さんのお父さんが涼香の分だけ処方してくれた痛み止めをポケットから出して、繋いでいた手のひらを上向けて乗せた。手は離さずに。
それを反対側の手で、きゅっと包み込むように掴んで、彼女が俺を見上げてくれる。
紅潮した頬と、かすかに潤みを見せる瞳が愛しすぎて。堪らなく名残惜しい気持ちにさせられる。
ロビーには何人か祥徳の生徒が居るんだが、どうやら見えていないのか、真っ直ぐに俺だけを見つめてくれてる。
もちろん、俺的には何の問題もない。もの問いたげに揺れる光を、じっと見つめ返す。
「どうしたの?」
「えと、その……妹、さんのお話が、まだ……」
あぁ、歌鈴の話が途中だったな。
が、それにしても、ひどく強張った表情で、声も小さく萎んでいくようなのが気になる。どうした? 何か不安でもあるのか?
「話の続きでしょ? 忘れてないよ。明日、話すよ。――全部」
「私、聞かせてもらってもいいの?」
「もちろん。でも林業体験の見学の合間にだから、サボってるとバレないように協力してね」
「あっ、うん。了解です!」
それまでの硬い表情から、花が綻ぶようにパァッと、笑顔が零れた。
愛らしく透明な笑み。性格の良さが滲み出てる、包み込まれるような温かさ。それが、笑顔を向けられるだけで俺の中に広がっていく。
この手に捕まえたいと願っていたけれど、きっと逆なんだな。俺のほうが、より強く捕らわれてるんだ。
そんな君だから。君になら、全部話せるよ。
「じゃあ。また、明日」
「うん。また、明日ね!」
——また、明日。
明日の約束が出来ることの幸せ。
その幸せを、胸が軋む程の想いで、じっくりと噛みしめる。
涼香。これからはずっと、俺とこの約束をしよう。
「またね」
明日も変わらない笑顔で会おう。その笑みで俺をずっと捕まえていてほしい。
君にだけ、捕らわれていたいんだ。
ずっと君だけだ。
捕らえて、捕らわれて。ずっとずっと、離れない。
10
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