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第六章
花霞にたゆたう君に − memories −【1−1】
しおりを挟む「――ねぇ、かっちゃん」
「ん?」
「〝恋する〟って、どんな気持ちなのかな?」
頼まれてた小説を渡した後。じっと読み耽っていたのを中断したかと思えば、いきなりの質問がこれ。
「さぁ、どうだろ。俺も知らないからなぁ」
「かっちゃんてば……。ぜーんぜん、駄目じゃん。役に立たないねぇ。使えないよ。土岐奏人さん、マジ、駄目駄目!」
たった一人、俺を『かっちゃん』と呼ぶ相手に正直に答えれば、顔をしかめながらケチョンケチョンに貶された。
「おい、歌鈴。そこまで言わなくてもいいだろ」
「えー、言うよ! 当たり前じゃん。私、他に聞く相手がいないんだから! ちゃんと勉強しといてよー」
「わかった。何とか、する」
少し抗議するも。この横暴な甘えん坊に応えたくなる俺は、渋々ながらも了承してしまうんだ。
「よし、頼んだ! でも大丈夫かなぁ? かっちゃんてば、中一にもなって、彼女どころか、好きな子ひとり出来ないんだもんねー。オクテそうには全然見えないのにねぇ?」
パタッと、ベッドの背もたれに身を預け、流し目で見られるけれど。その目線の意味が、今ひとつわからない。
「歌鈴。出来るだけのことは努力してみるけど、無理だったらごめん。もしもの時のために、先に謝っとくな」
「もおぉぉ! 何、それ! 恋ってさぁ、『無理やり』『出来るだけ』『努力』してみるもんじゃないの! お願いだから、そういうの、やーめーてぇーっ!」
ガッシガシと髪をかき混ぜながら、ぶんぶんと首を振って叫ばれたが。何が悪かったんだ? さっぱりわからん。
「ねぇ、かっちゃん? もしかしなくても、今。『俺の何が悪かったんだ? さっぱりわからん』とか、思っちゃってるんでしょ?」
なぜ、それがわかるんだ?
「あのねぇ。私たち、双子なんだよ? 大抵のことはわかるってば」
大きく溜め息をつきながら。今度はガクッとうなだれてしまったから、何とか元気づけてやりたくて。
「歌鈴? 顔、上げろよ」
盛大に振り乱した為に顔に張りついた髪を一本一本、そっと外して耳にかけてやる。絹糸みたいに細くて、柔らかな手触りの濃茶色の髪。俺と全く同じ色。
頬にかかってた髪を耳にかけたことで、顔の輪郭が露わになる。青白く、透き通るような、血色の薄い肌だ。あまりに見慣れすぎて、この肌の色以外は歌鈴には似合わないんじゃないかとさえ思ってしまう。
が、痛々しい印象のその中で、長い睫毛に縁取られた目元だけが、瑞々しい生気を放っている。
煌々と輝いて、意志の強さが表れている感情豊かな瞳は、見ていて気持ちがいい。目元は、俺とよく似てる……らしい。
だが、表情が見えないと言われる俺とは違って、常に真逆な、明るい印象を与えてるんだ。
「かっちゃん……見すぎだって。そんなに見られたら、息詰まっちゃうよ」
「……ん? そんなに見てたか?」
息が詰まる程? 俺のせいで、疲れさせただろうか?
「えーと。一分くらい?」
「なんだ。焦ったじゃないか。俺たち、なかなか会えないんだからさ。少し見つめるくらいは、別にいいだろ?」
この前、歌鈴に会ったのは、もう三ヶ月以上も前だ。七夕の節句。そう、ちょうど、俺たちの誕生日だったよな。
「くわぁっ! それよ、それっ! かっちゃん、それだってば!」
え?
「妹の私ですら、うっかりドキドキしちゃう、それを使うのよっ!」
……は?
「かっちゃんはさ。今みたいに、もっと笑えばいいと思うの! そしたら、彼女なんてすぐに出来ちゃうよ」
ベッドに預けていた身体を起こしたかと思えば、俺の服を掴んで喚いた挙げ句、わけのわからん極論をぶち上げられた。
「あ、もちろん、誰彼構わずとかは駄目よ? かっちゃんが好きになった女の子限定に、なんだからね?」
にっこり笑いながら。すっと、服から手が離れて。
「この眼鏡、よく似合ってる。藍色のフレームとサイドのチェック柄が、私的にポイントが高かったんだよね」
指先で眼鏡のフレームに触れて、そこにかかってた髪を軽くかき上げられる。
「あぁ、大事に使ってるよ。歌鈴が選んでくれたものだからな」
前回会いに来た時、歌鈴が誕生日プレゼントにと選んでくれた眼鏡。それまでずっと黒縁だったから正直違和感があったが、今はもう慣れた。
ずっと入院生活を余儀なくされている歌鈴が、主治医に外出許可を貰って一緒に出かけた先は、眼鏡店と考古学博物館だった。
歌鈴は、家族と離れて、奈良で療養生活を送っている。
「かっちゃんは表情が硬いし、あんまり笑わないしさ。まぁ、そういうストイックなとこが喜ばれるパターンもあるにはあるけどねー。でも、やっぱり人好きはしないから、黒縁眼鏡よりはお洒落フレームが良いのよ」
うーん。これ、九割は悪口としか思えないんだが……可愛い妹がニコニコしてるから、まぁ良しとするか。
「どうせ、気を許した相手にも滅多に笑いかけたりしてないんでしょ? チカちゃんや慎ちゃんとは、どんな会話してるの?」
「ん? 秋田と武田か? 別に普通だけど。剣道やバスケ部絡みの会話とか。アイツらの趣味の話を聞かされたりとか、かな」
「あははっ! やっぱ、聞かされる側なのね! かっちゃんてさ。ぶすーっとと黙ってることが多いのに、なぜか性格の明るい人たちが周りに集まってくるよねー。なんでだろうねぇ?」
表情を大きく崩して吹き出した後。俺の前髪を梳いて丁寧に整えながら、静かな微笑に変わる。
綺麗な、本当に綺麗な笑みだと思った。穏やかで温かくて、優しくて。そして、胸がきゅうっと痛くなる。
歌鈴が静かに語る時。俺に向ける笑みは、いつもそんな印象だ。
「あっ、そうだ! 教えてほしいとこがあるんだった! ねぇ、かっちゃん。そこのバッグ取って?」
「ん。これか?」
「ありがと。あのね? 数学なんだけど。この問題が――」
じっと絡んでいた目線が不意に外れたかと思えば、今度は勉強を教えろとせがまれる。忙しないヤツだ。
「――あぁ! なるほど! かっちゃん、すごいね。ものすごくわかりやすかったー。ありがとね」
「もうすぐ試験か?」
「そうなの。テストは嫌いだけど、頑張るんだぁ」
この病院には院内学級が設けられていて、歌鈴もこの地域の公立中学校のシラバスに沿った授業を受けている。体調が悪い時は、担当教諭が病室に来て授業をしてくれるらしい。
が、歌鈴はよほどのことがない限り、院内学級に出向いて授業を受けるんだと母さんが言っていた。
「そういえば、十束先生もたまに教えてくれるんだって言ってなかったか?」
十束壮吾先生。父さんの友達で、父さんが信頼して歌鈴を預けている、この病院の医師だ。
「うーん。そうちゃん先生も勤務時間外に教えてくれる時があるんだけど。忙しい人だしさ。主治医に甘えてるって他の子たちに思われたくないから、私からは質問しないの」
主治医になる前から、歌鈴のことをめちゃめちゃ可愛がってた十束先生だ。歌鈴がひと言頼めば、当直明けでもいそいそと来ると思うんだが。強引に人を振り回すところがある反面、こんな風に遠慮するところもある。
もっと甘えればいいのに。
俺が、いつでも来られる距離にいられたなら。どんな我が儘だって、何だって聞いてやるのに。
「歌鈴。何か、俺にやってほしいことはないか? たまには我が儘言ってみろよ」
「えー? 何、突然。私、いつも我が儘言ってる自覚あるのになぁ」
自分でも、唐突すぎる台詞だとはわかっていたけれど。でも、言わずにはいられなくて。
「何でもいいぞ? 言えよ。何でも聞いてやるから」
歌鈴が持っていたシャーペンを奪って、その目の前でくるくると回しながら笑ってみせた。
「えー、いいの? うーんとね。なら、ひとつだけお願いがあるかな。年が明けたらなんだけどね。また考古学博物館に一緒に行ってほしいの」
「見たい展示があるのか?」
「うん。去年のね、発掘調査の報告展示があるんだって! 見たいよね! ワクワクするよね!めちゃめちゃ楽しみだよねっ」
「ふっ。わかった。一緒に行こうな?」
最初は戸惑った表情で、遠慮がちにしてたくせに。すぐに、笑顔全開のウキウキした仕草で話しかけてくる。
双子と言っても、二卵性だから全く同じとか、そっくりというわけじゃない。けど、兄妹だし。いろんな部分はやっぱり同じだ、似てるなと、納得してしまうものだ。
そんな、自分に似てる相手の笑顔を『可愛い』と思ってしまう俺は、どこかおかしいんだろうか。
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