花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

文字の大きさ
57 / 69
第六章

花霞にたゆたう君に − memories −【2】

しおりを挟む



「……おい、歌鈴?」
 どうしたんだ?
「かっちゃん?」
 何で、こんな……。
「来てくれたの? 嬉しい」
「お前……」
 どうして。
「かっちゃん、会いたかった」
 お前、どうして、こんなに弱ってるんだ?
「ごめんね? せっかく……ケーキ、持ってきてくれたのに。私、食べられそうに、ない」
「もう、いい。喋るな」
 ひと言話そうとする度に、大きく呼吸しながら、やっと発声してる状態なのがわかる。
 調子が良くないとは聞いてたけど、実際に目にするまでは信じられなかった。
 本当に、何があったんだ? たった二ヶ月で、この変わりようは。
「ねぇ、ゆきちゃん、は?」
「幸音は、少し風邪気味だから。父さんとデイルームで待ってるよ」
「そう。残念だなぁ。一緒に、ローソク消したり……したかった、のに。あのね、かっちゃん、そこに……」
 震える指先が、床頭台の棚を指差した。
「クリスマスプレゼント、よ?」
 言われるままに棚から取り出したのは、小ぶりな赤いラッピングバッグ。
「あのね。ランチョンマット、なの。パパと、ママ……かっちゃんと、ゆきちゃん。皆のぶん、よ?」
 はぁ、と。大きく息を吐いた後。ふふっと、思い出したように微笑む。
「そうちゃん先生、に頼んでね。院内学級のミシン、を……ここに運んでもらった、の」
「歌鈴、もう……」
 もう、喋るな。
 そう言いたいのに、言えない。苦しそうなのはわかってるのに。さえぎることが出来ない。
「それから、ね。どれが、誰のかわかるようにね……刺繍で目印、つけたの」
「……ん。ありがとな」
「ゆきちゃん、のはね。雪だるま。それで……パパが、トナカイさん……ママが、イチゴ。かっちゃんは、サンタさん、だよ? ね? 皆に、ぴったりでしょ?」
「そうだな……なぁ、お前のは? 歌鈴のは、何の刺繍なんだ?」
「ふふっ……やっぱり、かっちゃんは、優しいねぇ。私のも……聞いてくれるんだもん、ねぇ」
 なぁ、歌鈴。そんな風にするなよ。そんな、泣き笑いのような表情。お前には似合わないぞ? いつもみたいに笑ってくれよ。
「私の、刺繍はね――」



『――かっちゃん、見て! キラキラしたお花が、たくさん降ってきてるー。まるで、神さまから私たちへの贈り物みたい! 綺麗ねぇ』

 いつだったか、歌鈴が言った言葉が不意に思い出された。
 小さな頃から病弱だった歌鈴だけれど、ずっと入院生活を送ってたわけでもなく。病状が落ち着いた時などは、半年や数ヶ月という期間、自宅に戻ることもあった。当時まだ存命だった祖母の住む信州に行ったのも、その頃だ。
 月明かりに照らされて、しんしんと降り積もる青白い雪を窓から眺めていた俺たちに、祖母が天花てんかについて話してくれた。
 天上界に咲き誇る、美しい花。雪が空から舞い降りる情景に神々しいその花々をなぞらえて、降る雪にその名を冠した人がいたこと。
 祖母の話を聞いても、俺にとっては雪が積もってればスキーで遊べるから嬉しい、程度の感覚しかなかったんだが。歌鈴は幻想的な情景と命名の理由がいたく気に入ったようで、『天上界からの贈り物』について、その後、何度も話題に出していた。
 冬の寒さは格別の奈良だが、雪は滅多に降らないという。
 が、今、窓から望める景色。そこには、透き通った薄蒼色の空と白い雲を背景に風花が舞っている。風に煽られて白い花が舞い踊っているかのように、小さな雪片が青空と一体化している。
 ――歌鈴。お前に見てもらいたくて、降ってるんじゃないのか? 天上界からの贈り物だぞ。見てみろよ。なぁ、一緒に見よう? 目、開けろよ。

 俺たちにクリスマスプレゼントを渡してくれた、あのクリスマスイブの日以来。日に日に衰弱した歌鈴は、あまり目を開けず、言葉を発することも少なくなっていた。
「歌鈴? 雪が……天花が、降ってるぞ」
 だが、話しかければ反応はあるんだ。
「歌鈴? 起きられるか?」
 耳元で、ゆっくりと声をかける。意識の奥底に訴えかけるように。少しすると、長い睫毛が小刻みに震えて、ゆっくりと目が開けられる。
「かっちゃ……」
 か細い声。歌鈴らしくない、儚い響きが零れる。
「夢、見てた」
「何の夢?」
「皆で……鬼ごっこして、るの。石舞台で」
「石舞台古墳か? ふっ。楽しそうだな」
「うん。楽しいの……すごーく楽しい、夢だった」
 こうして話していても、時々意識が混濁することがあるんだが、今日はそれがないようだ。
「ね。今日、何日?」
「一月六日だよ」
「そっか。冬休み、終わる……ねぇ」
「……あぁ」
 そう。終わってしまう。今夜、俺は東京に戻らなければいけない。これでも無理言って今日までずっとここにとどまってたんだが。
 本当なら、クリスマスの翌日に戻る予定だった。が、冬休みの間だけでもここに居たいと我が儘を言った俺に、十束先生が手を差し伸べてくれた。一人暮らしだから構わないと、家に泊めてくれてたんだ。でも、それも今日までだ。
「また、来るよ。約束したからな。榊先生の講演、俺と一緒に行くんだろ?」
「うん。約束、したもんね……楽しみ」
「俺も楽しみだ。絶対に行こうな」
 約束の言葉を、交互に紡ぐ。
 もしかしたら無理かもしれないって、頭のどこかでわかってるけど。それでも、これは〝二人の約束〟だから、口にする。

「そうだ。窓の外、見てみろよ。天花が降ってるぞ」
「う、ん……あんまり……よく、見えない、よ」
「身体、起こすか?」
「……ん」
 窓が見えやすいよう、ベッドの背もたれを起こしてやる。起き上がった姿勢を自分で維持出来ない歌鈴のために、横から背中に手を回してその身体を支えた。
 何度もこうして触れて、もう知っているはずなのに。掴んだ肩のあまりの薄さに、一瞬、声を失う。胸が締めつけられる。
「寒くないか?」
 胸の中に広がっていく言い知れない恐怖感で、冷たくなっていく指先。今にも震えだしてしまいそうなそれを誤魔化すように。手のひらに余裕で収まる細い肩を、小さくなった背中を撫でさすって。
 痛々しいくらいに痩せ細ってしまった身体を。そっと、本当にそっと、抱きしめた。
「あったかぁい」
「そうか? なら、ずっとこうしててやる」
 抱いた肩にほんの少しだけ力を入れて、もう片方の手で小さな歌鈴の手を覆うように包んだ。
 元々華奢なそれらは更に肉づきを失っていたけれど、触れた手の甲の滑らかな手触りは変わらない。そっと頬を擦り合わせて、しばらくそのまま、じっとしていた。俺の体温を分け与えるように。
「天花、見えてるか?」
「うん。綺麗……素敵ね。外に出たい、な。手のひらに、乗せたり……降ってくる雪、舐めてみたい」
「ん? 雪には大気中の汚染物質も含まれてるんだぞ?」
「もぉ……かっちゃんは、夢がないなぁ。彼女、には……そんな会話しちゃ、駄目よぉ」
 ふわりと笑いながら、力の入らない身体を俺に預けて。
「でも……そのまんまのかっちゃんを、好きに……なってくれる子。きっと、現れるよ? これは……その、おまじない」
 頬に、柔らかな感触があてられた。 
「ね。かっちゃん、お願い……私にも、おまじない……かけて? 私も……素敵な恋、したい」
「ん……わかった」
 少し身体をずらして、前髪に触れる。濃茶色の髪をサラリとかき分けて、指を差し込んで頭を支えた。
 昨日、歌鈴の希望でベッド上でシャンプーをした。「気持ち良い」と目を細めて嬉しそうにしてた様子が、思い出される。
「なぁ。また、シャンプーしてやろうか?」
「うん。かっちゃん……上手だから、好き」
「今度は、特別にヘッドスパもしてやろう」
「ふふっ。アロマオイルは……厳選して、ね?」
 久しぶりに見た、いたずらめいた笑み。キラキラと輝く瞳に見つめられて。力を取り戻したかのような光を見られたのが嬉しくて。本当に嬉しくて、愛おしくて。
「任せとけ」
 白く滑らかな頬に、愛情を込めて、そっと唇を押し当てた。
「よし。歌鈴にも、おまじないがかかったぞ」
「ありがと。嬉しい」
 穏やかな時間が、静かに過ぎていった。見つめ合って。微笑んで。密やかに会話を交わす。

「……んー。眠くなってきた、みたい」
 小さく欠伸をした歌鈴が手を伸ばしてきて。絡め合った指に、きゅっと力が込められた。
「かっちゃん、大好き。パパもママも、ゆきちゃん、も……みんな……大好き、よ」
 満足そうに微笑み、眠りについた。
 そして、この言葉を最後に、昏睡状態に入ってしまった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※特別編9が完結しました!(2026.3.6)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...