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第二章
チカの決意【1】
しおりを挟む「絶対に別れない、つもりなんだけど……」
うーん……うーん……どうしようぅぅ、っ。
「おい、チカ」
「はいっ」
「十日くらい前に届いた資料、どこやったか知らねぇか?」
「十日前のは書棚の左端に入ってたのを見たよ。寄木細工の写真集と、ドルイド教の考察本でしょ?」
「それそれ。やっぱ、お前に聞くのが一番早いな。サンキュ」
「いえいえー。あ、もう少ししたら書斎にコーヒー持っていくから」
「おう、待ってる」
あー、びっくりしたぁ。危ない、危ない。独り言には気をつけなくちゃ。
いったん止めていた手を再び動かし、テキパキと掃除を進めつつ、チカは自戒する。
お掃除ワイパーを持ったまま零していた苦悩は、幸いにも壱琉には聞かれていなかったようだが、ここは宮城邸。家主のテリトリーなのだから、彼に聞かれて困ることはお口チャックを心がけなければ。
「いっちゃん。コーヒー置いとくね」
「ん」
作業に集中している時の壱琉は、声も目線も返さない。が、今は資料を読み込んでいる時間だから、短く応答があった。
飲み物のためにスペースが空けられているサイドテーブルにカップをそっと置くと、大きな手がすぐにそこに伸びる。
「美味い」
チカが丁寧に淹れたコーヒーを、満足げに飲んでくれている。
よし、お掃除とコーヒーはオッケー。次はお買い物だ。
今は午後二時。壱琉は夕方まで作業に没頭するだろうから、ゆっくり夕食の支度ができる。
「さてさて、今日の夕飯は何にしようかなー?」
好き嫌いが多い壱琉のため、できるだけバランスの取れた食事を提供したいから、献立には気を使う。
父親が早逝し、女手ひとつで壱琉を育てた料理上手な母親は上手く工夫して彼に食べさせていたけれど。今は持病の治療のために関西の親類のもとに行ってしまったから、幼少時から宮城家で一緒にご飯を食べていたチカが、彼女からキッチンを預かっている。
大学に入学後、両親の許可を得て、週の半分は宮城邸に泊まり込みだ。
壱琉いわく、じいさんが趣味で建てた無駄にデザインに凝った骨董建築、宮城邸。神戸や横浜の異人館さながらの趣を感じさせる西洋館であるのに、自分のプラモデルコレクション以外は適当な扱いしかしない壱琉に管理させたら荒れ放題になってしまう。
普通に大学生活を送っていた間は、まだ良かった。が、前年、壱琉は某出版社の文学新人賞を受賞。その後、大学三年生のラノベ作家として華々しいデビューを飾った。
学生業の傍ら、締め切りに追われる宮城京先生は、スケジュールと健康管理、生活環境の整備をチカに任せて執筆に励む日々だ。
今日のように、どこにやったか記憶が曖昧な資料ひとつ探すのにもチカに頼っている始末。
つまり、毎日がラブラブで順風満帆。言うこと無しな壱琉との関係なのだが。それにもかかわらず、スーパーへの道のりを行くチカの表情は晴れない。
「はあぁ……」
十日前に届いた資料の行方を壱琉に尋ねられた直前、盛大に苦悩していた時と同じ顔つきに戻っている。
「きっと今日も切り出せないよ。言えない。いっちゃんには。ああぁ、どうしようっ」
明朗快活が長所のチカだが、内心の苦悩に参っている。
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