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第三章
絶望と希望【6】
しおりを挟む「あ、でも、一つだけ聞かせて? いっちゃんにとってチカが希望だっていう理由は聞いたけど、絶望でもあるって言ったのは、どうして?」
「あぁ、あれか。聞きたいか?」
「うん」
再び、長身の恋人に包まれながらチカが問うたのは、先ほど彼を混乱に陥れた壱琉の発言について。『お前は俺の希望の象徴だ。が、同時に絶望でもある』という言葉の真意を聞いておくべきだと思った。
「仕方ねぇな。二度と言わねぇから、今、しっかりと聞いとけよ」
端麗な容貌を歪めた恋人が渋々といった風に溜息をついたから、本来は言うつもりは無かったことを教えてくれるのだとわかる。自分がこのタイミングで尋ねたからだ。
「はい、お願いします」
「絶望っつーのはな——」
ドSで自分勝手、気まぐれな壱琉の特別扱いにニコニコで待つチカの前髪が、不意に優しく梳かれた。薄茶色の髪を一房、くるんっと絡めた長い指の持ち主は、静かに言葉を継ぐ。
「何年後でもいい。俺が自分の未来を想像した時、必ずお前に傍にいてもらいたい。が、もしもそれが叶わなければ、その時点で俺の未来図は終了だ。その可能性を思って、『お前は俺の希望であり、絶望』と位置づけたってわけだ。以上。説明終了」
「いっちゃん……」
色めいた中低音が紡いだ告白に、チカは胸を震わせた。唯我独尊を地で行く壱琉が、まさか自分と同じ〝別れの恐怖〟を想像していたとは、と。
「だから、行けよ」
「え?」
「ウィーンに行け。さっさと行って、七、八年後くらいに帰って来ればいい。俺のところに」
「い、いっちゃ……」
「あー、けどさ。最低でも年に一回は俺から会いに行くから。気を緩めて浮気とかしてたら許さねぇぞ」
何それ。浮気なんかしないよ。と反論したいのに声が出てこない。込み上げてきた熱い塊が喉を塞いでしまったから。
「連絡なしでいきなり会いに行くからな。だから——それまで、いい子で待ってろ」
「いっ、いっちゃーん」
海外に出るほうの自分が〝待つ側〟になるのか。というツッコミも返せない。
「よしよし。そうやって、俺だけにしがみつくんだぞ。いつ会いに行っても、俺のチカでいろ。わかったか?」
「うん……うんっ。いい子で待ってるから、絶対に会いにきてっ」
チカに帰国させるよりも自らがウィーンに出向くほうが早いとの判断。壱琉なりの遠距離恋愛の不安解消策が嬉しくて堪らないから、チカは素直に受け入れた。
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