上 下
9 / 18
3 ケルベロスとオルトロス

#1

しおりを挟む



「あれほど『来んな』っつったのに、なんでアンタ、ココにいんだ?」

 え、いっちゃん?

「アレの打ち合わせなら、慶太んトコで充分だろうが」

 え? 打ち合わせ? 『慶太くんトコ』って、何? なんのこと?

「しかも、俺の大事な場所で、ナニやらかしてくれてんだよ。ふざけんな、マジで。ああぁっ?」


――ゴギッ!

 いっちゃんが、恫喝と苛立ちの声の最後にダンッと右足で踏みしめたモノ。それがミシッという音を立てて、今、ご臨終の時を迎えた。

 伊織さんに振りおろし、殴りつけていた、店のメニューボードだ。

 でもチカの目線は、オープン早々儚く散ってしまった哀れなメニューボードからすぐに離れ、それを踏みつけている長い足を辿って、どす黒いオーラを放ってる背中へと移っていく。

 だって、この展開に、全然ついていけない。

 いっちゃん、伊織さんに『ココには来るな』って予め言ってたってこと?

 なんで? なんで、チカの店の話題を、いっちゃんと伊織さんがしてるの?

 それに、よくわかんないけど、ふたりの打ち合わせに慶太くんが絡んでて……。

 おまけに、いっちゃん。今、『俺の大事な場所』って、言ったよ?

 なんで? ソレって、まさかとは思うけど、チカの店のこと、なの?

 うあぁぁ! 何がどうして、どうなったら、そんなコトに……っ?


 だ、け、ど! ソレよりも、ナニよりも!

 問題なのは、目の前の展開っ!

 なぁんで、いっちゃんと伊織さんは、そんなに顔をくっつけ合ってお話ししてんのっ?

 鼻と鼻! 唇と唇! どう見ても、くっつく寸前じゃん!

「オラ、正直になれよ。楽になれるぞ? それとも、もっと仕置きされてぇのか? それでもいいが、今日の俺は加減とか出来ねぇがな」

 おまけに、いっちゃんの甘めの中低音の扇情フェロモンが爆発してる!

 しかも、ダンッて壁に押しつけられた伊織さんのお股に、いっちゃんの長い足がググイッと割り入れられてるよ!

 なぁんで、チカの目の前で、エロびーえるなシーンが繰り広げられてんのぉっ?

「ちょっ、いっちゃっ……」

「えぇー? だぁって、ソレには海よりも深ーいワケがあってぇー」

 脳内が疑問の絶叫で埋め尽くされ、某ムンクの叫びのようなポーズで壱琉の名を呼びかけたところに、怪しいドクターの間延びした声が割って入ってきた。

「でも面倒くさいから、ザックリひと言で説明しちゃうとぉ。ズバリ! 僕は、秋田くんの細胞が欲しかっただけなんでぇーすっ♪」


しおりを挟む

処理中です...