妖(あや)し瞳の、艶姿

冴月希衣@商業BL販売中

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散ずる桔梗に、宿る声 【五】

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「光成……様?」


「はい、何でしょう!」


 止まらない勢いのまま、取りすがった相手からの呼びかけにも、声が張り上がる。


 真守殿は、なぜ私をじっと見ているのだろう。建殿を、早く助けてほしいのにっ。


 ほら、このように白目をむいて、お顔からも血の気が引いてしまわれ……。


「今、『大切な方』と、おっしゃられましたか? でも光成様は、その蔵人様のことを『いつも迷惑をかけられている単なる同僚 』と、ご説明なされていたはずでは?」


「……っ」


 建殿の傷を見る素振りすらなく、ただ私を見つめてくるだけの真守殿に焦れ、苛つき始めていた思考だったが、一気に止まった。


「……うっ……」


 呼吸も、止まる。


「そそっ、それはっ……ででででっ、ですねっ! あのののっ……」


 次いで、どもりも止まらない。


 わっ、私としたことが! 何ということを口走っていたのか!


 やっと、気づいた。自分の失態に。


 頭に血が上って、胸に秘めてきた想いを自ら晒してしまっていたのだ。


「たたっ、建殿っ? 今のやり取りはっ……あの、そのっ……!」


 本人の目の前で!


「……うっ……うぅ、っ」


 が、慌てて弁解をしようと目線をやった建殿は、私など見ることもなく、白目をむいたまま頼りない呻き声をこぼしているという、ひどい有り様で。


「建殿っ?」


 それで、はっとした。私のことより建殿だ。自らの失態にうろたえている場合ではない。


「真守殿! 私の発言のことなど、どうでもよいです。傷のお手当てを早く! 妖《あやかし》につけられた傷なのですよっ!」


 この方の傷を、先に何とかしなければ!


「あ……そ、そうですね。では、ちょうど良いことに叔父上が戻ってこられているので、“あの方法”を試しましょう」


「何か、良い手立てがあるのですか?」


「はい。妖猫の爪に実際に毒の作用があるかどうかは不明ですが、念のための処置です」


 再び必死で取りすがった真守殿が発した言葉の内容。“あの方法”と、やけにもったいぶった言い方が気になるが、本当に折り良く、基射様が戻ってこられた。


 妖猫を式神とともに追っておられたのだ。


 そして、「取り逃がしてしまった」と悔しげにされている基射様に、真守殿が事の次第を説明するのを待った。


「その方法なら、建殿の傷は無事に癒えるのですよねっ? 基射様! 真守殿!」


 けれど、失神しておられるように見受けられる建殿の様子がどうにも気になり、私は堪え性がなくなる。


 おとなしく待ってなどいられない。催促するように念押しし、おふたりの名を呼んでしまう。


 早く、早く!  早く、建殿を痛みから解放してやってください!


「うむ。では、傷口を土佐に舐めさせよう」


「と……さ? な……舐め……?」


 しかし、勢い込んで待っていた私を振り返った基射様のお言葉に、一気に声がしぼむ。『土佐』と言えば……。


「基射様? 土佐、とおっしゃいますと、あの、そちらの式神様、ですよね?」


 基射様ともども妖猫の追跡から戻り、今は基射様の足元で座っている大きな犬をまじまじと見てしまう。


 基射様は、今、なんとおっしゃった? 『土佐に、舐めさせよう』とおっしゃらなかったか?


 建殿の傷口を? この式神に?


 狗神《いぬがみ》というだけあって、普通の犬よりも大きな身体つきの妖《あやかし》。


 獲物を見据えるような金色の瞳に、鋭い牙。その顔つきからは、見る者を怯えさせるに充分な獰猛さだけが見てとれる。


 こんな恐ろしい様相の式神が、建殿の首筋に触れるというのか?


 大丈夫、だろうか。もし、間違って噛みつかれでもしたら……建殿は……建殿は……。


「そうだ。この土佐は、狗神。妖《あやかし》につけられた傷なら、こいつに舐めさせれば良い。――おい、土佐」


「おっ、お待ちください!」



――ざっ!


 基射様が式神へ呼びかける声を耳にした途端、弾けるように動いていた。


 無意識だった。


 両手を広げ、建殿を守るように、その前に立つ。続いて、唇が勝手に動いていた。


「しっ、式神様に舐めていただくくらいなら、私が舐めますっ!」



――ひゅうっ


 本能のままに叫びを発した直後、さやかな風の音が耳元を吹き抜けていった。


 その音を追う耳に、自らの荒い呼吸だけが飛び込んでくる。


 次第に整う呼吸。ぎゅっと閉じていた目も開ける。


「はあぁ……」


 目を開けると、響いていった叫びの欠片が残る空間で、深い溜め息をつく真守殿の姿を見た。そうして、勝ち気な大きな瞳と、目が合う。


「あのぅ、光成様? 申し上げにくいことを敢えて申し上げますが。その傷は、徒人《ただびと》が舐めても治りはしないと思われるのですが」


「……っ!」


「ねぇ、そうですよね? 叔父上」


「あ……あ……」


 あ、しまっ……しまった。私としたことが、またもや大変な失態をっ。


「あぁ。言いにくいが、源《げんの》蔵人殿の傷は、妖《あやかし》の傷だからな」


「あ、あの……」


 わ、わかっております。それは、わかっていたのですが!


「そうですよねぇ。ここはやはり、式神である土佐の出番ですよね。光成様のご友情を無にするようで、ほんっとうに気が引けますが、ここは土佐! ですよねっ」


「あ……う……っ」


 ああぁ、真守殿。それ以上は、もう……もう、ご勘弁ください。


 光成、居たたまれませんんん……っ。


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