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蜜月 -小麦と酵母亭-
しおりを挟む「ファナ、大切な話があるんだ。ここに座ってくれる?」
「えーっ?」
『えーっ?』って可愛いな、おい!
「えーと……はい、座りました」
もじもじしながら、でもファナが素直に座ったのは彼女の指定席。つまり、寝台に腰かけた僕の足の間。
想いが通じ合って初めて知ったけど、ファナが僕に隠してた『本当の姿』は、人狼族という秘密だけじゃなかった。
「シン? お話って、何?」
うっ、可愛いっ!
振り向き、肩越しに問いかけてくる無垢な翠緑の瞳にやられて胸が痛い。この、あどけなさ。犯罪だよ、犯罪!
妖艶な容姿から、きっと二十代後半に違いないと思い込んでいた恋人は、実は二十歳になったばかり。
僕よりも五つ年下だった。
もちろん、『小麦と酵母亭』を営んでる時のファナは、姉御肌の大酒飲みなんだけどー。
「あー、あのさ」
「うん、なぁに?」
僕とふたりきりの時は、少女のように幼く愛らしくなるんだよ。この落差、堪んないっ。
「言いそびれてたんだけど、僕が名乗った『シン』は通称なんだよ。真名《まな》は『シンラ』っていうんだ。ま、大差ないから呼びやすいほうで呼んで?」
「シンラ……うん、わかった。シンラって、綺麗な響きね」
「ふふっ。ありがとう」
本当は、シンラ=アル=カルス=ウルドゥクなんだけど。
そこまで言っちゃうと、僕たちが住んでる港町ルーンを内包してる王国『ウルドゥク』と同じ姓だってバレちゃうから言えない。
「ねぇ、シンラ? その刀、また貸してほしいんだけど、いい?」
「うん、いいよー」
モロヘイヤを刻むのにちょうど良いからって言われて、いつも貸してる僕の三日月刀が由緒ある太刀だってことも内緒だ。
「今日はモロヘイヤと羊肉の挟み揚げパンよ」
「わぁ、楽しみだ」
モロヘイヤの粘りで刀身がねっちょねちょになってる竜頭の装飾の太刀が、実は代々の王位継承権第一位、つまり王太子にのみ引き継がれてる宝刀だとも教えられない。
――今は、まだ。
「ファナ、キスしよ?」
「え? う、うん」
これは、種族と立場を超え、僕たち自身の手で掴み取った本気の恋。
最初で最後。唯一で永遠のその恋の味を互いの体温で確かめ合い、高め合う歓びをもう少し満喫し、堪能してから――。
-Fin-
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