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硝子玉の瞳 #1
しおりを挟む「……暑い」
残暑とか嘘だろ。真夏の暑さじゃねぇか。もうすぐ秋の彼岸だぞ?
じっとりと蒸れた空気の中を、かき分けるように歩く。
横手に見えるビニールハウスと、俺が感じてる外気温の差は大して無いんじゃないかとさえ思えてくるな。
それにしても遠い。まだ着きそうにない目的地に、暑さのせいもあって、既に気持ちが萎えている。
在籍する研究室の石川教授の紹介で、奈良県橿原市までやってきた。
今日から三ヶ月。十二月中旬までお世話になる下宿先は、考古学研究の第一人者である榊修造教授のお宅。
駅から徒歩二十分。調べたルート通りに歩いてるはずなんだが、全然それらしい家が見当たらねぇんだよなぁ。
ん? あー、あそこか?
緩いカーブを描く道の先、竹藪の向こうに、異様にデカい一軒家が見えてきた。8LDKの豪邸って話だから、あそこのはずだ。
「うわ、すっげ!」
間近で見ると迫力あるな。とにかく門構えがすげぇ。
これなら、学生の一人や二人、軽く引き受けられるな。今期、申し込んでるのは俺だけらしいけど。
榊教授のお宅には年頃の娘が二人いるのだと、石川教授から聞いた。
変に好かれても、後々面倒。だが、下宿期間は三ヶ月だ。教授にはお世話になるんだし、当たり障りのないように接しとくしかねぇか。
「――君が宮城くんか。息子から話は聞いてるよ。三ヶ月、気兼ねなく過ごしてほしい」
「はい、よろしくお願いします」
榊教授は不在だったが、教授のご両親は在宅されていた。
おー、この方が、あの榊晋作先生か。
榊教授の父、榊晋作先生も考古学研究の権威として有名な方だ。
尊敬してる先生に会えた高揚でハキハキと挨拶した俺に、孫娘を紹介しようと、先生が女の子を呼び寄せられた。
なんだろう。機嫌の悪いことでもあったのか、その子は少し仏頂面で近づいてくる。
ま、何でもいい。こっちはお世話になる身だ。当たり障りなく接するだけ。取りあえず、にこやかに挨拶だな。
「はじめまして、宮城零央です。今日から、こちらでお世話になります。よろしく」
「あー、はい。ここの娘の初琉です」
うわ、ちっせぇ娘だな。
小柄なのは廊下を歩いてくる姿で見て取れていたが、目前で見おろすと更に小さい。薄化粧してるが、高校生? 一年生くらいか?
「はるちゃん? よろしくね。高校生?」
「こっ、高校って……私! これでも! 短、大、生! です! よろしくね! 失礼な宮城さん! ふんっ!」
おぉ、すげぇ元気。
肩までの髪を派手に揺らして、ぷいっと回れ右。背中を向けて奥に入っていく姿を見送る。
「ふはっ! あははっ!」
よっぽど気分を害したんだな。がに股でドスドス歩く女なんて、初めて見たわ。パワフルすぎんだろ。
面白ぇ。
そう言えば、俺のよそ行きの笑顔にも何の反応も示さなかった。面白ぇな、あの子。
うん、すげぇ面白い。
「ふふっ。はーちゃんはねぇ、身長の話題には敏感なんよ。いつものことやから気にせんとってね、宮城くん」
一連のやり取りの間、傍らで静かに微笑んでいた榊教授のお母さんが、おっとりと取りなしてきた。
「あ、奥さん。すみません。うっかりご機嫌を損ねてしまったみたいで」
「あぁ、ええんよ。上の娘がおれば、もっと辛辣な物言いで身長のことをけなしたりするんやけど、今はおらへんからねぇ」
「え? 確か、お嬢さんはお二人いらっしゃるとお聞きしていたのですが」
「ええ。姉のほうは、大阪の大学に通っててね。向こうで寮生活をしてるんよ。せやから、今ここに住んでるのは、はーちゃんだけやの」
「あ、そうなんですか」
榊教授の奥様は早逝されたと聞いた。遺された娘を父親と老夫婦が溺愛してる構図ってとこか。
「あ、そうやわ。宮城くん。来て早々に悪いんやけど、ひとつ、お願い事をしてもええかしら?」
「……はい?」
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