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硝子玉の瞳 #4
しおりを挟む「――茎を切ったら、そこに鍬を深く入れてみて? もっと深く! 手に当たったら、引っ張ってみてくれる?」
「こ、こうか?」
「そう、その下! そこに力を入れて、ぎゅっと持ち上げて!」
「……んっ! げっ、砂かかった!」
「あははっ! うん。上手、上手! へっぴり腰やけど」
「んだと、こら! 人にやらせといて、何言ってんだ」
「ふふっ。はい、次はこっちお願いしまーす」
「はい、わかりましたー」
それからは、ひたすら明るく振る舞う初琉に合わせて、無心に芋掘りをした。
自分でも不思議だ。女相手に、ここまで素で接することが出来てる自分が不思議で仕方ない。
しかも、陽射しに負けないくらいの明るさでペラペラ喋ってるとか。芋を両手にぶら下げて砂まみれで笑ってるとか。こんな俺の姿を飯田が見たら、何て言うだろう。
俺が女相手に饒舌になる時といえば、社交辞令でごまかす時か、適当に遊ぶ時だけだったのにな。
「なぁ。この芋、なんて種類なんだ? 里芋じゃねぇだろ?」
「セレベスよ。見たことない?」
「知らね。初めて見た。煮っころがしの里芋より、でけぇな」
「“小芋さん”とは、ちょっと食感が違うわよ。ほな、夕飯を楽しみにしててね?」
芋についた土を軽く落としながら、親しげな笑みが向けられる。
老いた祖母の負担を減らすために、夕飯は自分が中心になって作っているんだと、芋掘りの間に教えてくれていた。
その時の表情も、どこか寂しげで、話を聞きながら落ち着かない気分になった。
なぜか、それを打ち消したくなった俺は、からかうように話しかける。
「お前。『小芋さん』って……芋に『さん』づけするのか? 面白ぇヤツだな」
「え? お芋さんて言わへん?」
「言わねーよ。食うのは、好きだけどな。煮っころがしとか」
「ぷっ! なんか、似合わへんわ。宮城さんがお芋さん好きやなんて」
吹き出し、「ないない」と右手をリズミカルに振るという、俺への失礼な意思表示がなされた。
「あー、でも煮っころがしって、なんかスマートな言い方やね。都会的な感じがするわ」
と思えば、うんうんと納得する素振りも見せる。向けられた笑みに親しみが見えるものだから、気づけばまた話しかけていた。
「ん? この辺じゃ、煮っころがしって言わねぇのか?」
芋料理なんて、どこでも一緒じゃねぇの?
「私らは『小芋さんの炊いたん』って、言うんよ?」
「タイタン? 何だ、それ。何語? 神話の人?」
「あははっ! 真顔で聞き返さんといて! 面白すぎるー!」
わからねぇから真剣に質問したんだが、顔をくしゃっと歪めた爆笑がそれに返された。
「『炊いたん』は、『炊いたもの』。煮物って意味。衛星の名前とちゃうよ!」
なるほど、煮物か。というか、ひーひー笑いながら目尻に浮かんだ雫をタオルで拭ってるコイツ。タイタンが土星の衛星ってことは知ってんのかよ。
俺が『神話の人?』って聞いたから、神話の巨人族から命名された衛星と即座に結びつけたんだな。侮れねぇ。
おまけに、可愛い。
涙を拭ってるタオルは、農協の名称入りのキャラクターもの。「汗拭きタオルは必須」だと言って、農夫よろしく首にかけていた。小さな両手は、芋の土で汚れてる。
化粧っ気の薄い、長靴が似合う田舎娘だ。
だが、その姿を途轍もなく可愛いと思ってしまった。
幼さの残る開けっぴろげな笑顔を、いつの間にか、ぼーっと見つめてる自分がいる。それに気づいてしまった。
俺は、どうしてしまったんだろう。異変が起きている。とんでもなく、おかしな状態になっている。
「おい、いつまで笑ってんだよ」
「ごめーん! あははっ!」
「ふはっ! 別にいいけどよ」
本当に、おかしい。『可愛い、愛らしい』と思う姿を見てるうち、別の想いがそこから湧き出てきていることにも気づいたんだ。
生まれて初めて知る、この想い。もどかしい疼き。これを表す感情の名は――。
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