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特別な名 #5
しおりを挟む「なぁ、今のって。どういう意味だ?」
違和感ならいいが、悪寒は無いだろ。『ぞわっとした悪寒』は。
「んー? 何かね。宮城さんのキャラじゃないっていうか。ちゃんづけで呼ばれた時、うわぁ! って、背中がむず痒くなる感じがしたんよー」
「……っ」
“キャラじゃない”。当たってる。その通りだ。
よそ行きの笑顔と言葉遣い。それで、適当にあしらうつもりだった。だから? 違和感を抱いてたということは、最初から警戒されてたのか?
いや、そこまでは俺の考えすぎだろうか。
どちらにしても、ひと目で俺の本質を見抜かれてたことには変わりない。
「――でね――――いい?」
あ、しまった。途中、聞いてなかった。
「わりぃ。もう一回、言ってくれ」
「もう! 聞いてなかったん? しゃーないわねぇ。じゃあ、もう一回! 私も『零央』って、呼んでいい?」
「……っ」
何だ? この感覚は。
『零央』
初琉が口にした、俺の名。俺の名前、こんな響きだったか?
外交官の親父が、海外赴任中に現地で生まれた俺につけた名。
名づけの理由は聞いた気がするが、忘れた。零央なんて名前、全然好きじゃなかった。
小さい頃は、昭和の特撮変身ヒーローのパクリかと言われたし。親から聞いたと言って、ハリウッドスターのように『様』づけにされて、からかわれることもあったしな。
まぁ、そんなことを言ってきたヤツらは、そのこと自体を後悔させてやったけど。
それが、どうだ。
小鳥の鳴き声を思わせる、軽やかな初琉の声。その調べに乗せられると、こんなにも甘い感覚に変わるのか。
「あの、あかんかった? 気を悪くしたんなら、宮城さんって呼ぶけど」
あ……。
のろのろと立ち上がり、申し訳なさそうな顔を見せる相手に、キリッと胸が痛んだ。
勘違いさせた。俺の無言を、拒絶だと受け取ったんだ。
違う。違うんだ!
「いや、構わない。俺も、初琉って呼ぶしな」
待て、俺。もっと他に言いようがあるだろ。しかも、見せてるのは、かなりな仏頂面。こんなんじゃ……。
「ほんま? やったぁ! 『零央』ってすごく綺麗な響きやから、呼んでみたかったんよ! 嬉しいわぁ」
「……っ」
お前。何だ、それ。そんなの反則だろ。なんて顔で笑うんだよ、全く。
無色から、鮮やかな赤へ。
冷え切った闇から、燦然と輝く光源へと、一気に変貌した初琉。その、目も眩むほどの変化に、言葉が出てこない。
ふと、ある可能性が頭をよぎる。
榊家は、余っている客間を考古学の研究者に提供している。初琉自身も、さっきの会話でそのことを認めてるが。ということは、俺と同じように客間を何人もの学生が使ったっていうことで……。
そいつらも、初琉を可愛いって思ったりしたんだろうか。この目映い笑顔に胸を射抜かれて、告白したりしたんだろうか。
なぁ、その時、触られたりした?
こんな風に――。
「あ、あっ、あの! み、宮城さんっ?」
「んー? 何?」
気づけば、足を踏み出し、初琉の頭を撫でていた。手のひらに触れる、柔らかな髪の感触。それを、もっと感じてみたくて。
「違うだろ? 『零央』だ。呼んで? 俺の名前」
肩にかかる毛先を掬って指に絡め、ねだった。
呼んで? 呼んでくれよ、その声で。
「あ……零、央?」
あぁ、やっぱり、これだ。この声。この子の声で呼ばれたい。
「……ん。これから、そう呼べよ。ずっとだぞ? いいな? 初琉」
「うん……零央」
この声だけが、捕らえようのない疼きを伴って、俺を甘く縛っていくんだ。
――この日から、初琉の声に乗せられて届く俺の名は、特別なものとなった。
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