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宣言 #1
しおりを挟む「零央くん!」
「……あ、教授」
救急外来の待合室に、榊教授が駆け込んできた。
「初琉はっ?」
「まだ、検査中です」
息が上がっている。きっと、駐車場から走ってこられたんだろう。
「お電話でも説明した通り、十束さんが――」
まず長椅子に座っていただいて、俺にわかる限りの説明をした。見つけた時の様子や、介抱してくれたカフェの店員に聞いた話も含めて。
「そうか。最近は調子が良かったのに……」
俺が、初琉が倒れた時に鼻血を出していたらしいと話した時の教授の反応は、かなりなものだった。それに続けての、この言葉。
痛ましかった初琉の姿と十束の態度。主治医だと十束が名乗っていたことで察しはついてはいたが、初琉が何かの疾患を抱えていることは、もう明白だ。
「教授、教えてください。初琉さんは……いえ、初琉さんの病気について知りたいんです。お願いします。どうか、僕に教えてください」
「零央くん。それは……」
「お願いします!」
俺が『初琉の病気』と断言したことで、教授は、一瞬、言い淀んだ。が、頭を下げたまま重ねて懇願した俺に降ってきたのは、大きな溜め息。
その吐き出す吐息の長さに、ひやりとする。赤の他人が踏み込みすぎてしまったかと。
そっと頭を上げると、逆に頭を下げられてしまった。「零央くん、済まない」という言葉とともに。
「……済まない。君の真摯な気持ちは、充分に受け取ってはいる。だが、今、私の口から伝えることは出来ない。“今は”、だ。どうかわかってくれ、零央くん」
声が、出せなかった。あまりにも苦渋に満ちた声色に、胸を突かれたんだ。
教授の膝の上で握りしめられた拳が、小刻みに震えてるのを見てしまったせいもある。
一介の学生に――――自分の娘に言い寄っている男に、こんな風に頭を下げることがどれほどのことか。それくらいは、俺にもわかる。
「教授、どうか頭を……」
「榊さん。診察室へどうぞ」
「はい!」
タイミングがいいのか悪いのか。俺がやっと声を発した途端、診察室から看護師が顔を見せた。
教授の姿が消えた診察室のドアを見つめ、そこに思い描くのは初琉の姿。
何もなければいい。そう願う俺の手も、先ほどの教授と同じように固く握りしめられ、震えてしまっている。
――ブブブッ
ポケットの中でスマホが振動する音で、物思いは途切れる。画面に表示された名前に、慌てて外に出た。相手は、連絡することすら、すっかり忘れていた飯田。
『――わかった。じゃ、後で住所を連絡してくれ。明日中に発送するから』
「悪いな。それと、あの女のことも……悪かった」
飯田の車に置きっぱなしだった俺の荷物を宅配便で発送してくれるという飯田に、置き去りにする形になった女のことも謝罪する。
『あー、なかなかの泣きっぷりだったけどな。でも、気にすんな。たまちゃんが上手く取りなしてくれてるからさ』
「恩に着る。じゃ、また東京で」
電話を切り、足早に病院内に戻る途中、最後に口に出したひと言が、もう一度、頭をよぎった。
“また東京で”。
十二月になれば、俺は東京に戻らなければいけない。それまでに、はっきりさせなければいけないこと。片づけなければいけないことが、山積みだ。
それらは全て、初琉に関わることに繋がっていると言っても過言じゃない。
が、榊教授と再度、話をさせていただける機会が果たしてあるのか。センシティブな内容だけに、きっかけが難しい。
教授の苦悩した様子と、血色を失った初琉の顔を順に思い返しては、俺に残された時間の少なさに、焦りだけが募った。
「――じゃ、零央くん。少しの間、頼むよ」
「はい。お気をつけて」
ドアの外で教授を見送ってから、病室に戻る。
そっとベッド脇に腰掛ければ、静かに眠る初琉の顔がすぐ目の前にある。検査の結果、しばらく入院することになった。
『零央くん。いったん家に戻って必要なものを取ってくるから、その間、初琉についていてくれないか?
教授に頼まれたから、こうして付き添っているわけなんだが、眠ったままの初琉を眺めるだけの時間はどうにも落ち着かない。
今、いるのは観察室。看護ステーションのすぐ隣の病室のため、看護師がひっきりなしに入室していたが、諸々の処置はひとまず終わったのか、出入りは途絶えてる。
十束も、救急外来から病棟に移動した直後に来て教授と話していたきり、顔を見せていない。
いったい、何の病気なのか。今の状態は、初琉にとってどういうものなのか。
初琉のことを何も知らず、何も出来ず。情けない思いでいっぱいの俺は、規則的な呼吸を繰り返す姿をただ見つめ、声をかけることしか思いつかない。
「初琉? 目、覚ませよ。起きろ……起きてくれ」
目を開けてくれと、それだけを願う俺の前で、長い睫毛がぴくりと動いた。
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