花待つ、春のうた

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愛四章

花待つ、春のうた【2】

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 手の甲を口元に当てたその子は私を見ずに横を向いてたけど、むしろ目線が合わなくて良かった。赤面が移りそう。いや、私の顔も相当熱いけれども。
「やべ、照れる。つーかさ、あんたのさっきのあれ、何? ブーケに顔埋めての、あれ。あんなの反則だろ。堅物女のくせにっ」
「何のこと? 私は……」
 ——ブー、ブブッ、ブブッ
「あ、ひかるからメッセージきた」
 大事な会話途中だとわかってるけど、スマホが鳴ったからそっちを優先する。私はやっぱり堅物女だ。

「『皆で写真撮影するから早く戻っといで』ですって」
「あんのデカ女。いっちばん良いとこで邪魔しくさって!」
「ふふっ。でも、一番大事なことはお互いに言えたわ。宇佐美くんも一緒に行きましょ。写真、撮りたい」
 拳を振り上げて怒る姿が可愛く思えたからか、一緒に写真を撮りたいと素直に言えた。
「チッ。まだ話はあるのに。これからのこととか、いろいろあるのに。あー、くそっ。ほら、行くぞ。鮎佳っ」
「あっ、ちょっと待って?」
「あ? 時間切れなんだろ?」
「そうなんだけど、少しだけ……あ、見つけた。白いスイートピーの花言葉は——」
「あっ、何、調べてんだよ!」
 ひかるに返信をし、ポケットにスマホを戻しかけたところで、ふと気づいた。花言葉は、花弁の色ごとで違うことに。スイートピーの花言葉は『旅立ち』だけど、白いスイートピーもそうだったかなと思ってしまったから、もう調べるしかない。

「ありがとう、宇佐美くん。素敵な卒業祝い、本当にありがとう」
「……っ。あんたなぁ、こういうのは、家に帰ってから調べるんだぞ。マジ、融通の利かない女だな。照れるだろうが」
「優しい思い出」
「いちいち言うな! 空気読め!」
「あははっ!」
 優しい思い出。宇佐美くんが選んでくれた白いスイートピーの花言葉。ブーケをくれた時に何か言いたげだったのは、この花言葉に関することだったのかな。聞いておけば良かった。

 ——ずっと苦しかった。痛くて切なかった。ひかるしか、私にはいなかった。
 でも、宇佐美くんが現れた。最初こそ、とんでもなく嫌な子だったけど、いつの間にか誰よりも〝私〟を理解してくれていた。
 私を、好きになってくれた。
 時間がかかったけど、私も同じ気持ちだと自覚できた。
 こんなことがあるんだ。こんな旅立ちの日を迎えることができるんだ。もしも叶うなら、真っ暗な泥の海で溺れてたあの頃の私に、このことを教えてやりたい。

「ねぇ? 優しい思い出、これからもどんどん増えるね」
「当たり前だろ。まずは、医学部のキャンパスで熱烈デートだ。彼氏持ちだってこと、ギンギンにアピールしとかねぇとな!」
 そんな暑苦しいアピール、どこに需要があるんだろう。ま、やりたいようにやればいい。
 小動物を思わせる可愛い系は見た目だけ。とてもしたたかで獰猛な私の彼氏は、止めたとしてもきっとキャンパスまでやって来るに違いない。
「食堂で一緒にご飯を食べましょうか」
「うん」
 些細なことでいい。楽しく嬉しく、優しい時間を共に作っていこう。たくさん重ねていこう。これは、たがえることのない、ふたりの未来誓い
 春まだき旅立ちの日。——一輪の花が、芳しく晴れやかに咲いた。





【了】
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