【完結】魔物世界と太陽の鳥 ~魔法軍最強の俺はコロニー上層部が腐ってるので少女を連れて別のコロニーを目指す~

中島伊吹

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第6章 コロニー003

28話 「本当の家族」

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 薄ぼんやりする意識の中で、周囲を見渡す。



 辺りはもう夜が明けるような時間帯で、かなりの時間寝ていたのだと分かる。

 ミリーはもう先に行ってしまっただろうか。

 あんな事を言ってしまったのだから俺の事など忘れ、コロニー003に辿り着いていてもおかしくないと思ったが、少女はそこに居た。



「……先に行ってなかったのか」

「うん、だってここ、地上だよ?」



 どういう意味かと思ったが、少し遠くに魔物の死骸が転がっている事に気が付いた。



「カイ、気を抜きすぎ。私が薄情だったら死んでたね」

「返す言葉も無い」



 そこで少し会話が途切れた。

 このままうやむやにするのでは無く、ちゃんと向き合わなければ。

 その心情を胸に、口を開いた。



「……あんな事言って、悪かった。本心じゃ、ないんだ」

「分かってるよ。カイ、疲れてたんでしょ」



 嫌われてしまっただろうか。

 人は極限の時こそ本性を現すという。

 あれが自分の本性だと、認めたくは無かった。



「……カイがあの時言った通り、多分私は1人でも生きていけた。旅が出来たし、003まで辿り着けたのかもしれない。でもね、勇気が無かったんだよ。外で生きていく方法を何も知らなかったし、怖かった。だから、巻き込んでごめん」



 そうだ。当たり前の話だ。

 なぜ彼女に一人で生きて行けるだろなんて言葉をぶつけてしまったのか。

 俺は何度も地上に出て仕事をした事があって、この子はまだ子供だろうに。



 ミリーが灯したのであろう炎がぱちぱちと燃え、この空間にその音だけが響く。



「ねぇ、カイはなんで私を連れて旅してもいいなって、思ってくれたの?私は、何も返せないのに」



 少し唐突な質問だと思った。

 だが俺が呑気に寝ている間に聞きたいと思った事なら、答えてあげたいと思った。



「お前の境遇が、少し自分と重なる部分があったんだ」

「そっか。カイは、どんな境遇で育ったの?」

「……全部話そうとしたら、長い話になるぞ」

「いいよ、全部、聞きたい」



 ひとつ息をして、何から話そうかと考える。

 俺は婆さんとも出会う前、本当の家族と暮らしていた話からする事にした。

 話したくない事もあったが、ミリーになら理解してもらえる気がして。



「7歳の頃、俺はまだ内層で暮らしていた」

「生まれは外層じゃないの?」

「あぁ。内層の外れの方だったんだが、いたって普通の家族だった。

 母親が料理を作り、仕事から帰った父親と俺の3人で食卓を囲むような、ごく普通の家族。その頃はまだ、魔術にも目覚めていなかった」



 あの遠い日々の記憶を呼び戻すが、今となっては理想の生だった。



「ある日、新たな家族が出来るという話になった。弟か妹が出来ると分かって、名前は何にしようだの、服がどうだのなんて話で尽きなかった。4人の家族になり、その幸福がずっと続いていくのだと、信じていた」

「……それで、どうなったの」

「死んだよ。母親の方がな」

「……」



 炎が揺らめき、ミリーの表情が陰る。

 きっと俺だって、似たような顔をしているだろう。



「あそこじゃ珍しくない話だ。出産以降高熱が止まらず、あっけなく死んだ。難産による大量出血と、そこから弱った所に感染症が追い打ちをかけたらしい。俺は若かったからか、状況理解する事が出来なかった。

 そして俺達の残された家族は、全員外層に堕ちた」

「……え」

「母親の方の家柄が良くて内層に居れたような家庭だったんだ。たちまち食い繋げなくなり、人との繋がりも失い、当然のように外層に堕ちた。だがその頃は俺も父親も、たとえ絶望しようとも母親の残した家族を育て、生きていけると信じてやまなかった。

 ……だが、そうはならなかった。

 父親は徐々に、おかしくなっていった。母親を失ったショックと夢想していた未来との違いから、壊れていったんだろう。女を連れ、酒に溺れ、働かなくなっていった」



 今思えば、外層での仕事で何か理不尽とも向き合ったのだろう。

 こんな生活が永遠に続くのかと悟れば、狂いもする。



「そして父親は、最後には家に帰ってこなくなった。のちに聞いた話だが、内層の女を引っかけて内層民に舞い戻ったらしい。その過程で邪魔者だった俺達は外層に置き去りだった。俺は家でただ待ち続けたが、過ぎていく時間はまた家族を失ったのだと実感するのには十分だった」

「……カイはお父さんの事、恨んでるの?」

「内層の頃は、いたって普通の父親だった。だから奴を狂わせたのは、こんなにも無情な世界だ。恨んでいた時期もあったが、今は大して気にしていない」

「そっか」



 太陽の鳥が数羽、近くに見えた。

 危険性のある魔物が居ない事を確認し、またミリーに視線を戻す。

 もうすぐ本物の太陽が昇る時間帯だろう。



「最後に残ったのは喋れもしない赤子一人だった。俺は寝息を立てる赤子を背中に抱え、生きようとした。だがそれも上手くはいかなかった。

 同情してくれる奴もいたが、十分な仕事をこなす事なんか出来やしない。皆生きる事に必死なあの世界じゃ、俺達から目を背けた。

 それから、当然のように困窮した。食う物が無くなり、飢え死にまで至りそうになった。外層に堕ちるまではそんな事考えもしなかったが、外層にはそんな死体がいくらか転がっている。だからそれも、現実的な物に思えた。

 やがて俺は、妹に渡さなきゃいけない食料すら、食いつくした」

「……」

「仕方ないと思うかもしれないが、心の中には、俺が、この子を世話しなくてもいいんじゃないかと思うようになっていった。仕事を邪魔され、足手まといでしかないそいつが、わずらわしかった。

 それは憎しみに変わった。こいつのせいだってな。この子さえ生まれてこなければって」



 自分の喉から発せられた声が、少し震えていた。

 こんな事を誰かに話した事は無い。

 時が過ぎ、そんな弱さは捨てたと思っていたが、やはり自分に残った深い古傷であると感じる。



「最後の家族を殺して、俺は一人になった。それでも生活は困窮して、飢えに飢えた時、水の魔術に目覚めた。それを食料と交換してもらい続け、なんとか生きながらえた。

 その最中、外層に魔術師のガキが居ると聞きつけたらしい婆さんに拾われ、なんとか生活を立て直していったんだ」



 婆さんとの出会いは、今でも覚えている。

 ダボダボの服にこちらを値踏みするような目つき。



 俺は生意気なガキで、婆さんが饒舌な詐欺師だと信じて疑わなかった。

 だが最後には力量の差をまざまざと見せつけられ、連行。

 結果として婆さんは詐欺師なんかじゃなく、俺に魔術を教え、軍へ叩き込んでくれた。



「最初は内層民に戻りたいという一心で魔術を極め、婆さんに軍に入れられた。

 そこで大人になり、力を付けた。やがて、あの頃の自分を救えるほどの力と余裕を手に入れたいと思うようになった。それが、俺の信念で、やりたい事だった。

 お前と旅をする事にしたのは、その自己満足の一環みたいなもんだ」

「……そっか。グロムさんがカイはあんまり他の人と仲良くならないって言ってたけど、それも、そのせい?」

「あー……。まぁ、かもな。自分にそんな資格があるのかと、思うようになった」

「あるよ、絶対、ある。私が保証する。カイはただ、不運だっただけだよ」

「そうか。それは、嬉しい言葉だ」



 風を感じ、本物の太陽が目を覚ました。

 夜明けの暖かさと眩しさを感じ、自覚する。



 俺はずっと、こうしたかったのか。

 罪を隠していた事が、自分の背中に重くのしかかっていて。

 抱えきれないそれを、吐き出したかったのかもしれない。

 そう思えるくらいに、すがすがしい気分だった。



「私が指輪を家族の証って言ったの、嫌だった?」

「あの日は嫌というより……恐ろしかった。過去の罪を突き付けられる感覚が、少し怖かった」

「そっか……ごめん」



 ミリーは顔を俯かせて、指輪を見やる。

 俺も、聞いてみたい事があった。

 思えば、ヴァリウスからミリーを救い出した辺りからミリーは砕け、明るい顔を俺にも見せるようになった。



「なぁミリー、俺からも聞いていいか」

「うん、なに?」

「なぜまだ出会って日の浅い俺に、家族なんて言葉を使ったんだ」

「……カイは、お父さんに似てるなって、思ったから。ヴァリウスさんとの時にカイが必死に動いてくれてたって聞いて、本当に、優しい人なんだろうなって思ったの。

 わたしね、まだ言えない事もあるんだけど、カイの事をほんとに、本当の家族みたいに思ってるよ」



 魔法を隠していた件と、コロニー003に行きたくないと言った件だろう。

 少女の影になにがあるのかはまだ分からない。

 だがこんな話をしても家族という力強い言葉で肯定してくれる少女なら、信じてもいいんじゃないかと思えた。



「俺も、お前を本当の家族のように、思っている」

「うん……じゃあ、行こ。コロニー003に」



 ミリーは膝を伸ばし、足の痺れを気にした様子で立ち上がる。



「いいのか、ここ数日は逃げるように旅したから頭になかったが、コロニー003には行きたくないと言ってただろ」

「ん、いいよ。だってコロニー003に着いたら、カイに全部話せるから。今は怖いなって気持ち以上に、カイにちゃんと全部話したい」

「……そうか。なら行こう。コロニー003はすぐそこだ」

「うん」



 旅の始まりと同じように手を繋ぎ、先を見やる。

 この旅の終着地点に、もうすぐたどり着けそうだ。
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