不幸連続コンボからの、猫と隣人に拾われてます

まと

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キッチンに立つと、足元に柔らかな毛並みがまとわりつき頬が緩む。
足元の方に視線を下ろせばマリエンヌが丸い頭をすりすりと撫でつけてきた。

「マリエンヌ、今夜は鮭のちらし寿司だよ」

そう声をかけると、鋭い瞳がきらりと輝いた。

「ふふ、楽しみにしてて~」

オレがそう言えば、返事をするように「にぁ~」と高い声が響く。
人間の食べるちらし寿司とは違って、いわゆるなんちゃって鮭のちらし寿司だけど、きっとマリエンヌは気に入ってくれるだろう。

「さてさて」

少量のオリーブオイルで鮭と卵を焼いて、炊いて冷ましたゴハンの上に乗せる。
小さく刻んだブロッコリーも一緒に。
かつおぶしもパラパラ。
もちろん調味料は使わない、なんちゃってちらし寿司だ。

「マリエンヌって米好きだよなぁ」

しゃがんで見つめれば、嬉しそうに太いしっぽをふるふる揺らすマリエンヌ。
顔はやっぱりイカツイ。
でもかわゆい。

「数日分のご飯は...ちゃんと冷凍しておくからね」

声に出すと、途端に現実味を帯びて胸が切なくなる。
それでもマリエンヌが健康で安心して暮らせるようにと、その願いだけはオレにもできることだと思った。

「さて、と」

次はめいじくんのご飯だ。
この間、彼がグラタン好きだと知りエビグラタンを作ることにした。
もちろん初めての挑戦だ。
誰かの為を思って作る料理はワクワクして楽しい。
レシピを片手に、材料を揃えて手順を確認する。
バターを溶かして小麦粉を加え、牛乳を少しずつ混ぜて……と、頭の中で手順を何度も繰り返す。

「なんだ、思ってたより難しくないかも?」

勝手に難しそうだと思い込んでいたけれど、意外にも順調に進む。
エビを炒め、ホワイトソースを絡めて耐熱皿に移すと、すでに香ばしい香りがキッチンに広がった。
チーズをたっぷりのせてオーブンへ。
焼き上がるまでの間、フランスパンの袋を開けて食べやすいサイズに切る。
そしてサラダ用に、カラフルな野菜を盛り付けた。
ドレッシングも手作りしてみようか。
初挑戦でも少しずつ形になっていく。
めいじくんが喜ぶ顔を想像するだけで、なんだか不思議な満足感がこみ上げてくる。
オーブンの扉をそっと開けると、熱気とともに更に濃厚な香りがふわりと広がった。
とろけたチーズが黄金色に輝き、ところどころこんがりと焼き色がついている。

「……我ながら美味しそう過ぎるぞ」

めいじくんが笑顔で食べてくれる光景を思い浮かべながら、俺はそっと深呼吸をした。



「美味しい...」

めいじくんが口元に笑みを浮かべ、フォークでひと口ひと口丁寧に味わってくれているのを、オレはぼぉっと見つめていた。
最後まで残さずきれいに食べるその所作に、思わず目が離せなくなる。
マリエンヌも満足気にペロリとごはんを食べてくれた。
ああ...やっぱりオレ、こういう時間にとてつもなく幸せを感じる。
手元のフランスパンをちぎる手も止めて、静かにその姿を目に焼き付けた。

食器を片付け終えると、めいじくんがふと立ち上がった。

「そうだ、今日ワイン貰ったんでのみません?」

「ワイン?」

めいじくんらしい唐突さに、少し笑みがこぼれた。

「お酒、少しは飲めるでしょう?」

軽く首をかしげながら、でも期待を含んだ瞳で見上げてくる。
最近忙しかっただろうから、軽くストレス発散でもしたいのかな?とオレはこくりと頷く。

「強くはないけどね」

俺が答えると、めいじくんは小さく頷いた。

「良いものらしいんで、どうせなら楓さんと飲みたいと思って。確かチーズもあったはず」

どうせならオレと...って、サラリと言われた言葉に照れてしまう。
めいじくんって本当に恥ずかしげもなく、こういうことを言えちゃうタイプだ。
マジで勘違いされると思う。

「じゃっ、じゃあオレ、ワイングラス用意するね」

ワインのお供になりそうなものを集めて、ソファに移動した。
めいじくんがグラスにワインを注いでくれる。
赤い液体がゆらりと光を受けて、深いルビー色に輝く。
大人になったんだなと26歳にして思う。

「めいじくん、なんかワインがめっちゃ似合うね」

「なんですかそれ」

ふっと笑って、「はいどうぞ」と目の前に置いてくれたワイングラス。
だって本当に似合うから。
焼酎や日本酒よりも...、いやそれはそれでありか。
色気もあるから和服なんか着て、お猪口を持って...、えっまるでCM?
総じて言えばなんでもアリなんだなぁ、イケメンって。
あれ、なんかオレ変態っぽい?

「...いただきます」

グラスを鼻先に近付けると、ふわりと上品な香りが立ち上った。
よく分からないけど、高級なものなんだろうなというのはなんとなーく分かる。
スーパーやコンビニの、千円以内で買えるモノとはまるで違うのだろうし。
まあ、あれはあれで美味しいけどね。
一生に一度であろう高級ワインを、恐る恐る口にしてみる。

「...うわ……のみやす……美味しっ……」

思わず声が漏れる。
柔らかく、でも濃厚な味わいが口いっぱいに広がる。

「本当だ。美味しいですね」

めいじくんも嬉しそうに微笑む。
今日のめいじくんは、いつもよりよく笑っている気がして嬉しい。  

「めいじくん、お酒好きなんだ」

「普段は眠くなるので控えてますけどね」

「あはは、眠くなるの?なんか可愛い」

「そうですか?楓さんには叶いません」

その言葉に、また顔が熱くなる。

「……う、またばかにして」

軽く睨むつもりが、どこか照れている自分に気付く。
でもめいじくんは、そんなオレの表情さえ楽しそうに見つめ返してくるのだ。
本当にやめて欲しい。
オレは勢いよくグラスをぐいっと空けると、まだ半分残っていたワインをおかわりする。
深紅の液体が喉を滑り落ち、ほんのり温かい余韻が胸に広がる。

「大丈夫ですか?これ、結構アルコール度数高めですけど」

めいじくんがほんの少しだけ心配そうにしてオレを見る。

「のもうって言ったのはめいじくんだよ?ほら、おかわりぃ」

「楓さん、もしかしてもう酔ってる?早くない?」

「酔ってない。酔ってないから聞け!オレはね、めいじくん、君に物申したいことがあるっ」

「ふふっ、なんですか?」

「あのね?めいじくんはね、少~し思わせぶりなとこあるよ?そんなんじゃ、勘違いする人いっぱいいると思うよ?」

「へえ、例えばどんなところが?」

「...例えばって、いや分かんないけどさぁ、なんかオレのこと甘やかしすぎ!優しすぎだし、なんかオレのことたまに女の子扱いするし」

いろいろ細かなことありすぎて、今はパッと言えないけど。

「女の子?」

「そう!いつもさりげなく重いもの持ってくれるし、一緒に外歩いてるとさりげなく車道側歩かせないようにするし、オレの好きな食べ物とか飲み物をさりげなく買ってきてくれるし、ふぅ、疲れたって言っただけですぐ休ませようとするし」

オレもう良い歳こいてる成人よ?
それも雇われの身だよ?
そこまでの扱いしてもらう必要ないのに、めいじくんはオレなんかに気遣う。
ふわふわしてるようで、めいじくんは意外と過保護なのだ。

「あといつもは淡々としてさ、涼しい顔して、なに考えてるか分かんない癖にさ?眼差しとか?たまになんか、ぐわっと捕まえられそうでこわいんだけど?!」

「ふうん、そうなんだ」

「そうなんだって....ほんと、ひとの気も知らないでさ。とーにーかーく、そういうのやめた方がいいよ。罪だよ、罪」

「誰にでもそうってわけじゃないけど?」

「...誰にでもそうだよ。莉央ちゃんにも鼻の下伸ばしてたじゃん」

鼻の下のばしてたのは冗談だけど、ニコニコしてた。
オレにするように。

「してたかな?」

「...してたさ」

「楓さんの大切なお客さんでしょう?そりゃあ多少愛想も良くないと」

「...」

「まず、そもそもタイプじゃないし」

「...ふ...ふぅん、本当に?」

「本当に」

それは良かったと、少しホッとする。
莉央ちゃん...、あの子だけは絶対だめだ。
オレもそうだけど、莉央ちゃんも施設長と繋がってる。
それにあんな性格でめいじくんと、マリエンヌが幸せになるとは思えない!

「莉央ちゃんだけはダメだよ...」

「それ、ヤキモチですか?」

「は...はあっ?!違うっ」

「だとしたら楓さんが莉央さんのこと好きなんですか?」

「それは絶対にない」

間髪いれずに即答した。
ありえない。
むしろ苦手なタイプだ。

「心配しないでください。オレはたった一人なので。ずっと」

「...たった一人...?ずっと...」

「はい」

グラスをそっと掲げ淡い琥珀色の液面を見つめるめいじくんの横顔は、どこか遠くを覗き込むように柔らかい。
その記憶のページをめくるような表情はやっぱり綺麗でイケメンだ。
そっか、めいじくん、好きな人いるんだ。
それも長い間ずっと...。
だったら尚更大丈夫だ。
めいじくんが、莉央ちゃに振り向くことはないんだ。
良かった、良かったのになぜか胸がチクチクと痛む。

「さっきの話だけど、優しいといえば楓さんでしょう?」

「...オレは全然優しくないよ。ただ臆病者なだけ。中身はドロッドロのぐっちゃぐちゃ。真っ黒なんだから」

「それは興味深いですね」

「あははっ、興味深いの?きっと見たらドン引くよ」

「むしろ嬉しいですけどね」

「え?」

「大切な人なら、全てを曝け出してくれた方が嬉しいから」

「...ははっ...またぁ」

心臓の鼓動だけがやけに大きく響いている気がする。
めいじくんの眼差しが、笑ってごまかそうとしたオレの胸の奥まで入り込む。

「オレは、どんな楓さんも大好きです」

「...うぅ...」

照れくさくて逃げ場をなくす。
視線を逸らした先にはグラスの縁に残る雫、その小さな煌めきにすら落ち着かなくなるくらい...頬がじんじん熱を帯びていた。

そんなこと、はじめて言われたよ。

ねえ、めいじくん。
オレが、どれだけ君に救われてるか分かる?
どれだけ嬉しいか分かる?
奪われてばかりのオレの人生に、いつもなにかを与えてくれる君。

「ああ、そっかぁ」

ようやく胸にストンと落ちる。

きっとめいじくんとは違う意味で、オレもめいじくんが大好きになってしまった。
よこしまで浅ましい、それは持ってはいけない感情だ。
だからこれ以上、気持ちが大きくなってしまわぬよう離れなきゃ。
なにより、疫病神のいるオレなんかが側にいちゃいけない。
密かに準備はしている。
いつだって出ていけるよう。
だから早く動かなくては。

オレのせいで、めいじくんとマリエンヌの平穏が壊れてしまうなんてこと...決してあってはならない。
もしそんなことがあれば、オレは死んでも自分を許せない。
きっと、邪魔なモノは消してオレも死ぬ。




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