不幸連続コンボからの、猫と隣人に拾われてます

まと

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※残酷描写あり


「それ、どういう意味?」

澄みきった美しい瞳に吸い込まれそうになり、自然と自分の唇が動く。
欲しい、欲しい、欲しい――この男が、欲しいと。

「わ、私がめいじくんの側にいて、お手伝いしてあげる」

「君が?なぜ?」

私は自慢の長い睫を見せつけるよう、儚げに目を伏せた。

「……私の本当の両親、事故で亡くなったんです。それからは慣れない施設で過ごし、やっと預けられた先の家でも……そこに新しい子どもが生まれた途端、私はお払い箱。まるで幽霊のようにいないものとして扱われて育ったんです。いつも居場所がなくて、気づけば死んでしまいたいって思うようになって...」

 そこで私は小さく震える自分の肩を抱きしめるように腕を組んだ。

「……そんなときに救ってくれたのが、めいじさんの本だった。読んでいて自然と涙がでました。初めて君は生きていてもいいんだよ、幸せになってもいいんだよって言われた気がしたんです」

少しの本当と嘘を織り混ぜれば、それはリアルになる。
正直本なんて読まないけど、サラ読みはしたし大丈夫でしょ。
私偉い。
そもそも天澄めいじのことは、ビジュが良くて知ってたくらいだし。
あ、でも以前、好きなアイドルが出てるからって映画化したものは観たんだよね。
なんか難しくて寝ちゃったけど。

それより私、女優になれると思うんだけど?
流したいときに流れる涙は、私の武器でもあるし。
ポロポロと、クリスタルのように光る涙が頬を伝う。

「だから私は、あなたの役に立ちたいの! あなたのファンとして……ううん! あなたのことが好きだからっ」

言った!
恥ずかしさに顔を上げられない。
告白なんて、これが初めて。
どう?私って超健気だよね?
こんなはずじゃなかったけれど、デキは良い。
どちらにせよ私の告白を断る男なんていないだろうけど。

少しの間、静寂が胸の奥を押しつぶすように続いた。
私はドキドキしながら、めいじさんをそっと盗み見る。
ねえ嬉しい?
嬉しいでしょう?

「え?」

けれど、それは想像していた表情とは違った。驚きで目を見開く。
なぜならめいじさんは、堪えきれないとでも言うように口元に笑みを浮かべていたから。
その笑みはからかうようでいて、優しい。
けれど冷たくて残酷にも感じられる。
頭の奥がじんわりと熱を帯びる。
これはなにを意味するのだろうと、息をするのも忘れそうだった。
気持ちがはやる。

「だっ、だから、楓くんのことは悲しいけど、私が忘れさせて」

「ふっ、くくっ」

え...今、また笑われた?

「...なにが...そんなにおかしいの?」

「ごめん、面白くてつい。突然自分語りしだしたから...いやぁ、本当にポジティブで欲深いなって」

え、誰?この男。

視線は真っ直ぐこちらを射抜き、口元の笑みはからかうようで、でもやはりどこか優しさも帯びている。
でもそれが馬鹿にされているのだと、さすがに分かる。

「あんたの爪の垢でも煎じて、楓さんに飲ませようか」

「は...?」

「いや、それは汚いからやめておこう。な、マリエンヌ。楓さんがお腹壊しちゃうからさ」

頭を撫でられる化け猫が、返事をするように「なぁー」と鳴いた。

「な...に言ってんの?」

くすくすと笑う声が耳に障る。

「ま...まだ分かんないのっ?!楓くんはここには帰ってこないんだってば!それに、楓くんがここにいることを施設長が知れば必ずあなたの邪魔をするはず!なんせお金が大好きな人間だからね。アイツは決して楓くんを自由になんてしないんだから」

本だって書けなくなるかもよ?
施設長の執着は普通じゃないんだから。

「施設長って楓さんと君のいた施設の?」

「そうよ!楓くんをずっと苦しめてたヤツよ。アイツはずっと楓くんに執着してるの。だからこれからもずっと、生きている限りは楓くんに付きまとうはずよ。めいじさんだって、楓くんの側にいたら不幸になるんだから!」

「生きている限り...、へえ、でもその施設長はどこにいるの?」

「どこって...知らないわよ...」

私が聞きたいくらいよ。

「そんなに執着しているはずなのに、最近は全く姿を現さないね」

「...それは」

確かに変だとは思っていた。
あの施設長がこんなにも長い期間、私の前にも、楓くんの前にも姿を現さないだなんて。
だから面白くなかった。
楓くんの近所に住んでいても、平穏で幸せそうな顔しか見なくなってたから。

「なんか変じゃない?それって」

「別に、変じゃない...だってあのATMはいつだってふらふらして...」

「あははっ、ATMって言ってたんだ」

「あっ、違っ、それは」

「凄いな。……生まれついての悪人は」

「酷い!私が悪人?私のことなにも知らないくせにっ!!私がどれだけ苦労して――っきゃ!」

ぐわん、と世界がひっくり返るように視界が揺れた。
頭が回らない。
建物ごと、足元の大地ごと、激しく軋みながら揺れている。
めまいのような感覚と、胃をひっくり返されるような吐き気。

「知らないよ、そんなの」







「……っ、は、はぁ……なに……ここ……」

瞼を押し開けると、そこはもう、めいじさんのマンションの一室ではなかった。
冷たい夜気が肌にまとわりつく。
月明かりに照らされたのは、ひび割れた石畳。
先ほどまで昼だったはずなのに。
背後にそびえるのは朽ち果てた鳥居、黒ずんだ木々に囲まれた古びた神社だった。

建物は半分崩れ落ち、注連縄は泥にまみれ、賽銭箱には苔がびっしりと這い上がっている。
足元からじわり、と湿った冷気が立ち上る。
視線を落とすとそこには、境内を侵食するように広がった池があった。

池と呼ぶには淀みすぎている。
水面は濃い墨汁のように黒く、どこまでも深く底が見えない。
それはまるで「沼」という言葉すら生ぬるい、異様な暗闇の塊。
かすかな風が吹き抜けるたび、ざわりざわりと誰かのうめくような声が耳をかすめる。
世界から切り離されたようだ。
恐ろしくて頭をかかえる。


「施設長、いるよ。ここに」

「!」

涼しげで囁くような声。
耳元で言われたような気がして、私は思わず身をすくめた。
恐る恐る顔を上げれば、すぐ側にめいじさんが立っていた。
その姿は光に照らされた彫像のように整っていて、息をのむほど美しい。
けれどその美しさはまるで夜に咲く毒花のようだ。
近づけば切り裂かれ、甘い香りに酔って二度と戻れない気がした。

「ど...どこなのよここっ!一体なにがどうなってるの?!」

声は震えているのに、足元はすでに凍りついたように動かない。
まわりの闇は濃くなるばかりで、木々も神社も息をひそめる。

「きゃんきゃん煩いよ」

ため息に怯えて、身体がビクッと大袈裟に跳ねる。
そういえばさっき、なんて言った?

「さっ...さっき、ここに...いるって、なにが...」

「ん?だから君の会いたがっていたATM?」

「...意味...分かんないんだけど」

「だからあ、この深い深い水の底に、君の会いたがってた施設長がいるよって話」

「っ、!!」

小さな声が笑う気配。
風もないのに池の水面が揺れた。
ぶく……ぶく……と気泡が浮かびあがり、鼻をつく鉄のような匂いが広がった気がした。
まさか、本当に?

「いやあっ!!」

「楓さんはね、凄く、凄く不幸なんだ」

這いつくばることに必死な私の上から、淡々とした声が湿った木霊のように響く。
目の前で微笑む彼が、確かにその声の主だ。

「どれだけ繰り返しても、それは変わらない」

「なにを……言って……」

「いつもお前達みたいな人間につけこまれ、弄ばれ、巻き込まれ……不幸になる運命なんだ」

その言葉は私を射抜いているのに、同時に私じゃない“誰か”へ語りかけているようで、背筋がぞわりと粟立つ。

「純白の魂は、闇にとって垂涎の的となりやすい。だから誰の目も届かない場所に隠して、閉じ込めてしまいたいところなんだけどね」

息を呑んだ。
この男の目に宿るのは楓くんへの慈悲ではない。
私には分かる。
深い底から泡のように浮かび上がる、冷ややで強い執着だ。

「……あんたが……施設長を殺したの?」

「うん」

あっさりと認めた。
語尾に♪がつきそうだ。
微笑みは崩れず、むしろ楽しげに。

「我慢出来なくて」

「...我慢?」

「あの変態、金だけじゃなく楓さんの身体まで狙い始めてさ」

一瞬、微笑が闇に沈む。

「そんなの気持ち悪いし、許されないよね」

「......そんなことで……?」

「そんなこと?」目の前の男はゆっくりと首を傾け、空気を変え薄く笑った。

「...まあいいや。そういえば君、人を使ってアパートに火をつけさせたよね」

「っ……!」

「火をつけた時間帯を考えると、殺す気まではなかったんだろうけど...危ないだろ?あの日楓さんは色々あって、午前中にはアパートの近くにいたんだ」

肩をすくめ、口元に軽い笑みを浮かべて男は言う。

「施設長も現れないしでイラついてムシャクシャしてた?まあ、大事なATMだもんね」

ははっと嗤う声とともに、ぐっと瞳を覗き込まれる。
冷たく鋭い視線が突き刺さり、身体中に鳥肌が立つ。

「でもさあ?ヤツよりも、お前の方がよっぽど醜くてイカれてるよなぁ?」

「...っ」

醜い?
イカれてる?
誰が?
この可愛くて誰からも愛されるこの私が?
醜いのは施設長で、イカれてるのはあんたでしょう?

「……ふっ……、あはっ……あははっ!」

でも、そうかもね。
私もそうかもしれないって、たった今思った。
だって全然面白くなかった。
楓ってば、あまりにも平穏で幸せそうな顔しかしなくなったから。

ねえ楓くん。
苦労しながらも、ちっぽけな当たり前を幸せに思うのが楓くんでしょう?
孤独で、誰にも愛されることを期待してないのが楓くんでしょう?
死んだように生きて、またいつ来るか分からない不幸に怯えて暮らすのが楓くんでしょう?

施設長を使って苦しめさせていたけど、それも出来なくて住むところをなくさせた。
私が受け入れて、楓くんを飼ってあげようと思ったから。
でも目の前の男が突然、かっ拐っていっちゃったのは誤算だったな。
でも分かるよ。
素敵すぎて、私も目の前のこの男が欲しくなっちゃったから。
欲しいものは、全部欲しいの。

「苦しむ楓くんの顔が、一番のご馳走だったの。それは小さな頃からずっと。...あの善人面に虫唾がはしりながらも」

ゾクリとしちゃうくらい。

「だから生まれながらの悪だって言ったんだ。...それがゆえ...彼の最後に手をかけるのは、いつだってお前だったから」

低く、怒りを抑えた声が空気を震わせる。

「いつ、だって?」

いつっていつ?
私はまだ楓くんになにもしていない。
いや、したけど...最後まではまだ。
でもなんだか否定出来ない。
なぜだかいつだって、楓くんがこんなにも憎くてめちゃくちゃにしてやりたいから。

「言ったよな?楓さんの側にいるとオレが不幸になるって」

「言った...」

「でもそれは違うよ」

私は魂の抜けたような顔をのろり、目の前の男にむけた。

「オレの手を取らなかったから、楓さんはいつの時代も不幸なんだ」

「...」

「自分の人生を静かに生きればいいものを...どうしてこんなにも、あの人に執着するかなぁ。そんなの、オレだけで充分なのにさ」

すっと、闇を裂くように白い腕が伸びてきた。
その肌には墨のように濃い黒文字が刻まれている。
古びた呪文の断片のようでいて、どの国の言葉にも見えない。
なぜだろう。
初めて見るのに、初めてじゃない。

グッと容赦なく額を掴まれる。

「...っ!わ...わたしも殺すつもり?や、やめて!あっ...このっ...悪魔!!化け物っ!!!触るなっ」

「そう言われた時代もあったな。神だって、良い神ばかりじゃないのに」

「...!」

金色に光る目が恐ろしくて目が離せない。
息が詰まる。
そして悟る。

ああ、私はこの手に何度も殺された。

時代を変えて、場所を変えて。
死ぬたびに忘れて、けれどこうして出会うたびに思い出す。

すぐ後ろは真っ黒な深い闇。
施設長の沈む...いや、施設長だけじゃないだろう。
楓くんを不幸にしたばかりに積まれた、沢山の屍が。

ギリギリと食い込む額から、血がたらりと流れてくる。
もう、どうにもならない。
楓くんが私から逃げられないように、私もこの男から逃げられないのだ。

「つぎ...は必...ず...コロシテ...アゲル」

苦しみながらも、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
なぜならいつだって私は、楓くんの元へ。

「大丈夫。もうお前達は用済みで、次なんてないから」

「......?」

「永遠にバイバイ、それとこれまでありがとう」

ありがとう?
なにが?

「少しは汚さなきゃ、手に入らない魂もあるんだよ」

私は目を見開く。
コイツ、頭のネジぶっ飛びすぎ。
私達を何度も利用してきたのか。


でも、まあいっか。

「...あははっ」

だって結局楓くんって、永遠に不幸じゃん。


ばっしゃーん。




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