精霊たちの姫巫女

明日葉

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第1章 婚約はそもそもなかったことにしましょう

1 初めての会話は、さようなら

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 導師に拾われ、今までは誰も教えてくれなかったことを教わった。
 力を制御すること、目的どおりに力を出し使うこと。

 若く、いや、若すぎるように見える導師だが、一度年齢を聞いて、セラフィナは聞かなかったことにした。
 拾われた時、セラフィナは腕と肋骨を折っていたらしい。危うく内臓にも損傷が出かねなかったとか。あの、幼なじみが庇ってくれた衝撃のせいかと思ったが、あの時は、完全に衝撃を受け止めてくれており、痛みもなかった。緊張状態のため気づかなかったことも考えられるが、おそらく、シンに抱えられた時だろう。あの時庇ってくれた幼なじみが無事なのか、それは今に至ってもわからない。すでに、10年が経過しようというのに。
 導師が拾った経緯は、導師が置いて行かせたらしい。とりあえず状況を見て取ったシンは、セラフィナが危ない状況におかれていることを感じ取ったのか、逃がそうとしてくれたのだ。ただ、加減ということを知らない強すぎる力は、セラフィナを傷つけてしまった。
 十分すぎるほど離れたところで、傷つき意識のないセラフィナを抱えて困っていたところに導師が通りかかったのだ。
「傷つけたいわけじゃないのに、触ると傷つけてしまう」
 そう言う、シンの顔も傷ついているようだったと導師は言っていた。
 親が勝手に決めた婚約者。しかも、それを言い出した者から攻められ、騙し討ちにあったというのに、助けてくれたと言うのか。
 ほんのりと芽生えた好意は、恋心だったのか。破棄されないままの婚約を訝しく思いながら、導師の元で5年を過ごした。沢山の書物を読ませてもらい、様々なことを教わり、そして、生きる術を学んだ。ただ、導師もじっとはしていない人で、課題を出すとしばらく留守にして、帰ってくると出来を確認して、という繰り返しだった。

 5年が経過したある日、迎えが来た。シンの国からだった。
 国に来て、生活をしてはどうか、と。父王がしたことを思えば、破格の扱いすぎて不安になる。
 旅先から帰ってきた導師に告げると、ほう、と、何やら愉快そうに笑った。そして、送り届けられ、放浪好きな導師は、さらりとセラフィナに別れを告げたのだ。たまには顔を見せに来てもいいが、いるかは分からないぞ、と言い置いて、その場から忽然と姿を消してしまった。
 そうやって置いて行かれた城にシンはいなかった。あの日、シンと一緒にいた国王が穏やかに出迎えてくれた。穏やかでありながら、その内実は彼自身も戦う者だ。見事なまでにそれを出さないことが、より一層強さの証と言えた。
 その王は、セラフィナを見て驚いたように目を瞠った。
「その髪の色と目の色は…」
 驚くのも無理はない、と、セラフィナは伏し目がちに微笑む。今、セラフィナは輝く銀の髪と、緑とも青ともつかない瞳の色をしている。あまりにも異なる外見に、別人と思われても仕方ない。
「わたしだと、わかってくださるのですか?」
「まとう気配が、同じですから」
 応じながら、そう言えばと思い返す。あの日、シンが言っていたのだ。髪の色は、変わるものなのか、と。これを目にしたのか、という納得はあった。
「なぜかは分からないんですが。でも、この姿であれば国の人がわたしを見ても、きっと気がつきませんね」
 その言葉に、国王の方が胸が痛くなる。あの戦いの後、この姫の父王の行方は知れない。王位は第1王子に継承され、そして、婚約を継続することで庇護を続けることとなっていた。
「シンは他の息子たちと同じように、辺境の守りに出ている。姫巫女、この国で生活し、この国を知ってもらいたくてお呼びしました」
 丁寧な物言いに、セラフィナは面食らう。そして、姫巫女という響きも初めて聞いた。精霊と通じ合う国の姫を、そう呼ぶ地域もあるのだと、彼は教えてくれる。
「これは、カナンといって、我が家の遠縁にあたります。姫巫女の護衛兼世話係として今後、側に置かせていただきたい」
 そう紹介された人に目を向ける。真っ黒な髪に褐色の肌、引き締まった体は筋肉質で、見るからにこの国の民族だった。ただ、目が優しく、微笑みかけている。背の高い彼女は、丁寧に腰を折ってセラフィナに名乗った。
 その瞬間から、いつも側にいてくれている。
 招かれた最初の1年、戦い方も教えてもらった。そして、1年が経っても、1度もシンは帰ってくる事はなく、その頃には辺境はそうそうあけられない地なのだということも学んでいた。

 そして、育てた導師に感化されたのか、セラフィナも旅に出ることを希望した。
「姫巫女…一度シンを呼び戻しますから」
「お忙しいのでしょうから、かまいません。別に、そのせいではありませんから。いろいろ、見て回りたいんです。わたしの世界はあまりに狭いので」
 文献から知る事はできても、実際の見聞はない。戦の民であるこの国は、年中、いつ何が起きてもすぐに必要とあれば戦いに赴く。男女問わず、国民の大半が戦いで糧を得ているのだ。つまり、戦利品が彼らの収入であり食糧の元でもある。それは必然的に戦いを求め続けることになる。
 旅を願い出ると同時にその話を国王とひたすらし続けた。自ら生産する必要性と、それによる国の安定について。国力が上がることについて。戦う者を減らすことになるが、比較して戦いが不得手なものもいるはずなのだ。
 そして、次の1年は、セラフィナがまずは、王都の者たちに、「生産すること」「奪うのではなく、対価をもって物を得ること」などを教えた。王命ではなく、進んでそれを理解し納得してもらえるよう、王としたようにひたすら、話し合いながら。
 その間中、カナンは側にいた。カナンがいることで、耳を傾けてもらうきっかけができた。強いものがえらいこの国で、カナンは強い上に王族に連なる人なのだ。

 そして、この都に来て2年が過ぎ、セラフィナは旅に出た。カナンと二人で。

 それから3年弱。
 この国だけでなく、他の国も見て回った。
 久しぶりに都に戻り、帰国の挨拶にとカナンと城に向かう。
「姫巫女、本当に気持ちは変わらないのですか?」
「変わらないよ。だって、シン殿下にとって、何の利もなく、むしろ障害にしかならないような婚約だもの」
 さらっと言うが、カナンはそっと唇を噛む。ほんとうに、あのバカ王子と怒鳴りつけたい思いだが、いないからそれもできない。
 導師の育て方なのか、実にさばさばした性格のお姫様だった。一緒にいて居心地が良く、そして彼女が言い出す事に意表を突かれた。戦い方を教えてと、最初は冗談かと思ったが、本気だった。この国で、自分の言葉をきちんと聞いてもらうのには、強くならないとと。言いたい事はわかる。分かるが。
(姫巫女の言うことなら、聞くのに。戦えなくても、守るからいいのに)
 ただそれも、存在を認められている今だからなのかも知れない。カナンの見る限り、姫巫女はシンに好意を抱いていた。だからこその、この行動になるわけだが。
 この国の民の中でも強い力を持つシン王子の身近にいられるものは限られる。触れた程度で大怪我をしたセラフィナほどではないにしても、何かの拍子に危険が伴うのだ。王家に連なる一族の中でもそれは限られ、幼い頃からシン王子の近くにいたのは、カナンとカナンの妹だった。そして、戦いを好む妹は、今もずっと側にいる。
 常に身近においている異性がいる。それは誤解を招いても仕方のない状況である上に、その情報をセラフィナの耳に入れた人間は、意図的にそう誤解されるように伝えたのだ。誰が言ったのかは知らないが。
「姫巫女、お変わりないようで良かった」
 カナンが考え事をしている間にも国王の前に通され、国王は心底嬉しそうにセラフィナを出迎える。王妃も一緒だ。2人にとっては、娘のような存在でもあるのだろう。敬いながら、慈しんでいる。
「陛下、ご無沙汰をいたしました。それで、失礼ついでに早速ですが、1つお願いがあります」
 決心が鈍らぬうちにとセラフィナは控えめに微笑んで口火を切る。
 何の話かと、国王夫妻はセラフィナとカナンの顔を見比べるが、カナンはそっと目をそらすしかない。そうしながら強い気配がこちらに向かっているのを感じ、扉を振り返る。それには気づかずセラフィナが話し始めるのと、扉口に大柄な青年が姿を見せたのは同時だった。
 今帰ったばかりという様子の、土埃を身にまとったシンに、カナンは驚きながら、睨まずにはいられない。
「シン殿下との婚約のお話、なかったこといしていただきたいのです」
「!?」
 入ってこようとしていたシンはその言葉を聞き信じられないものを見るように、自分の耳を疑うようにセラフィナを見る。
「姫巫女、なぜ」
「あのお約束は、一方的に陛下の国に負担をかけるものです。ただ、わたしが生まれた国への変わらぬ庇護を勝手ながら可能であればお願いしたいのです。わたしの心にかなう限り、陛下の求めに応じこの国にわたしは力をお貸ししますので」
 そう、それを条件にできるほど、セラフィナは強かった。腕力を持たずとも。
「あの国を?」
 あの国をなぜ、と思うが、それ以上に、セラフィナにそれを言い出させたことが不甲斐なくて仕方ない。国王は、入って来る前から存在には気づいていた息子に目を向ける。
「姫巫女がそう望まれるのであれば」
 何も言わない息子に諦めのため息をつき、国王はそう口にした。あとは自分でこの姫巫女の好意を再度得るしかないと、気づくのを期待するばかりだ。初めて会ったあの日、シンが隣国の姫に心奪われたのは、父にはすぐにわかった。セラフィナと顔を合わせる事はなくとも、かつてなく頻繁に、セラフィナが都にいる頃は顔を出していたのだ。結局この2人は、まともに会話したこともない。

 ようやく、セラフィナも背後の気配に気づいて振り返った。気配には敏感な方だし、精霊たちがすぐに知らせてくれるのだけれど。きっと、無条件に味方だと信じている彼に対し、全く警戒していないからこそ気づけないのだろうな、と切なくなる。
「殿下、さようなら」

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